059話「後が怖いとは。」
クリスはナリタテンマから説教を受けた。理由はもちろん、周囲一帯を容易に焼け野原にする大魔術をおもちゃ感覚で連発したことにある。通常、あのような大掛かりな魔術を連発することはできない。だがクリスの天才的な魔術センスとナリタテンマにも匹敵するほどの戦闘能力がそれを可能にした。まさにかなり本気モードでの戦いだった。
正確には訓練のはずだが、私は戦っている間、本当に命の危険を感じるほど危うい状況だったとこの体が何よりも記憶している。拳銃で対応できるクラスでなければ、とっくのとうに死んでいたかもしれない。訓練生時代は苦しくて死ぬかもしれない過酷な訓練が続いていたが、こちらは訓練であっても普通に死ぬものを、なんとか生き残るためにやるのだと、ほとほと今ので実感した。
「プラノードちゃん、ありがとう。危うく死ぬところだったよ」
「いえ、なんとか斬れてよかったです」
「………うん、プラノードちゃんも、どうして斬れたのかな」
先輩の一人は私に感謝の言葉を述べつつも、まるで生きていることが不思議なような顔をしていた。もしかしたらの話なのかもしれないが、ここでは命をかける訓練なんてのはなくて、ただクリスが今の一件であまりにもやりすぎただけなのかもしれない。そう思い直した。
なぜなら、先ほどまで活気にあふれていた先輩たちは、みんな死んだような瞳になっていたからだ。何が起こったかは、何も見ていないことにしようと、自分の常識を守るためのプロテクターをメンタルに貼って、その場から退場している人がほとんどだった。
(……ともかく、なんとかなってよかったー)
クリスは私が無理なことはしないというが、実際のところ無理を承知で、なんとかしなければ死んでもおかしくないものを連発してくる、が正しい。こんなおかしい訓練は正直ゴリゴリである。
連発で最強クラスの技を使ったせいで疲労感が凄まじいため、私も叱られているクリスを遠目に、その日は部屋に帰ってとりあえず休むことにした。
次の日、クリスは私の部屋に訪ねてきていた。プリエルも連れておらず、珍しく一人であった。しかしその顔は、どこかやつれていたというか、疲れているように見えた。
「もしかして、夜通し説教されてたの?」
「はい。まぁ自業自得なので、文句なんて言えませんがね」
そう言ってクリスは、珍しく完全に脱力しながら椅子へともたれかかった。いつもの上品さは、気苦労からか発揮されていない。
「昨日は申し訳ないことをしました。舞い上がっていたとしても、やはりあのレベルの大魔術は行使するべきではありませんでした」
「うん。それはそうだね………」
私はクリスのために紅茶を用意し始める。プリエルがいつもやっているように、とはいかないものの、自分も紅茶くらいは入れられる知識がある。棚にあるカップを取り出して紅茶を注ぎ、疲れ果てたクリスの前に置く。
「ありがとうございます」
「もしかして、あれでナリタテンマを?」
「ええ。何重にも隠匿を重ねての初見殺しとして。もっとも、ラナさんのように本気でスパッと斬られてしまって、不発に終わってしまいましたが」
「……クリス、あれいくつ重ねたの?」
「高火力炎魔術40と、その他バフ合わせて160式重ねています」
飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになった。クリスの言っている160式は、現状限界とも言われる魔術の最大重複発動数である70式を大きく逸脱した数だからだ。普通ならば50式重ねるだけでも、魔力負荷と魔術神経が悲鳴を上げるはずだ。だがそれを何も臆せず放つというところを見るに。
「……クリス、前より本当に強くなったね」
という、なんともありがちだが、それしか形容できない褒め言葉を言うしかなくなる。
「どうも。ですが、やはり速度重視にしているせいか、5秒の着弾までの時間が生まれるのがネックなのですよね」
「……それ、絶対に人に向けちゃダメな部類だよね」
「そうですね。ラナさんとお父様以外に向けたら、そもそも防がれるや消される以前に、この辺りが更地化します。大体、城下町まで消し飛ぶクラスの魔術ですから」
「……異界には、そういった類が?」
「断定はできません。ので、奥の手です。そもそも『こんなはずじゃなかった』と言って負けるお方は、想像不足なのですから」
「クリスらしいね」
「ええ」
「他にも魔術を使っていたよね? オリジナル?」
「ほとんどがオリジナルです。既存の炎魔術を発展改良して、兎にも角にも使い勝手と連射性など、全ての面で強化しています。扱いは無詠唱により省略も含めているので、汎用性は高くありません。教科書には載せられないというやつです」
(普通なら、魔術一つ作るのにも10年かかるはずなんだけどな)
さすがはナリタクリス。あの勇者の血を引いているだけあって、何もかも成長具合が規格外だ。
「先ほどから私の話ばかりですが、ラナさんの話も聞かせてください」
「え、」
「なんです、あの技?」
「なんですって、プラノード抜刀術だけど」
「いいえ、そこではありません。……もしかして気づいていないかもですが、ラナさん、あなたの技はすでに技としてのランクを逸脱しています」
「え、それはどういう」
「そのまんまです。物理干渉はともかくとして、それで魔術式の発動核を斬るとは、どういうことですか?」
「…………それは、斬らなきゃって」
「はい?」
「自分でもよくわからないんですけど、その、斬らなきゃいけないなって思ったら、斬れて」
「……根性論ということで?」
「うん」
そうとしか言えない。私はただ単純に技を極限まで鍛えてきただけで、何か目標を持ってとか、コツがいるとか、そういったことは考えてきていない。ただ自分の体を通してそれが行えるのなら、それまでやり続けるという簡単なことだ。ゴールが見えていて、足があるのならそこまで走るのとなんら変わらない。
「……呆れましたよ」
「ご、ごめんなさい」
「いえ、私も大概ですが、ラナさんももしかしたら純粋な剣術では、お父様以上かもしれません」
「ナリタテンマ以上……いやいや! そんなことないでしょう」
「いいえ。お父様も気づいたはずですよ。ラナさんは間違いなくおかしいです。普通、獣人族と人間族のハーフだとしても、そのレベルには到達し得ない。……お父様は、まだ何か隠していますね」
「隠しているって?」
「それはもちろん、ラナさんのお父様のことです」
「お父様の?」
「ラナさんのお母様はごくごく普通の獣人族。となると、問題があるのはお父様しかありません」
「………私は普通だと思うけど」
「ラナさんの普通は時に変でありますので、この際何も言いません」
「え、酷くない? 今の」
「隠しているのは何か理由があってのことのはずですし。それに……そうですね。普通ですか」
「…………何かわかりそう?」
ややこしい話を紅茶の味で誤魔化そうと、私はクリスに目を向け続ける。しかしクリスは動かず考えるのみ。そして、しばらく経ったところで。
「………やっぱりわかりません。でもぶっちゃけた話、ラナさんの能力は、お父様の勇者の力があったとしても、どこか変ですわ」
「そうなの?」
「ええ。今のラナさんは、お父様と同じランク。私もお父様に追いつきそうではありますが、完全に届くとは言い難いです」
「………(私もそんなではないと思うけどなぁ)」
「この話はここまでにしましょうか。結論が見えない話は意味ないですから」
「あ、うん(あっさり引いた)」
「すみません。私はお父様の罰で、城全体の魔術防御を一週間、手直ししなければならないので。紅茶、ごちそうさまでした」
「うん、またね!」
「はい、また!」
クリスは部屋を出ていった。私は空になった二つのティーカップを綺麗に洗いながら、自分のことを考えた。意識したことはないけど、私の父親は元勇者だったんだな、と思う。でも本当に、本当に疑問なのが。
(どうして、勇者をやめたんだろう。どうして、勇者をやめて)
そこの疑問だけは、どうしても尽きなかった。




