058話「成長した親友」
訓練場まで三人で来た私たちは、出遅れのような気分だった。広々とした訓練場では、すでに訓練という名の限りなく戦闘に近い行為が行われていた。戦っているのはバーゲルドライン先輩とセルスス先輩だ。
「───はぁぁっ!!!」
セルスス先輩がバーゲルドライン先輩の氷結を超えて斬りかかる。その右手には真剣が握られており、大ジャンプ斬りを仕掛けようとしている。
「……!」
バーゲルドライン先輩が鋭い眼光を向けると同時に、すでに外れて地面を凍り付かせていた氷結晶が鋭い針となり、彼女を守るような動きを見せる。しかし、それらを強引に砕け散らせるほどセルスス先輩の動きは速く、その身軽さからは想像もつかないほどのパワーを感じさせた。
「っ」
紙一重の動きで回避するバーゲルドライン先輩は、手刀を構えて臨戦体制に入る。セルスス先輩の動きに合わせるように一歩先を読み、獲物を持った相手に対して互角の近接戦を繰り広げる。
手と刃の衝突のはずだが、どちらも刃こぼれせず、まるで金属同士がぶつかり合ったかのような音が訓練場に響き渡る。バーゲルドライン先輩の手は、まるで鋼でできているかのように見えて仕方がなかった。
「!」
バーゲルドライン先輩の手刀が、セルスス先輩の武器を弾き飛ばした。よく見てみれば、その手は氷に包まれており、魔術的な保護を通して金属にも勝る強度を得ていることがわかる。
「っぶな!」
「いいえ、後手です。」
「!」
セルスス先輩は、もう片方の手に構えた盾で即座にパリィを行い、鋭い氷の一撃を弾き返す。しかしバーゲルドライン先輩は、腕の延長線上に鋭い氷結の金切り刃を形成し、そのまま刺突体勢でセルスス先輩の腹部へと向かう。
「ぬおぁっ!!?」
それすらもギリギリで見切ったセルスス先輩は、空中へと打ち上げられながらも、なおバーゲルドライン先輩を見据えていた。
「逃しません。」
「こっちだってな!」
セルスス先輩の腕に取り付けられたワイヤーが、バーゲルドライン先輩を一回転させたのち、空中へと持ち上げる。魔術行使による一瞬の隙を狙った大胆な作戦である。
「氷刀」
「バーストエンジンッ!!」
氷が割れる音と爆発音が同時に巻き起こり、先輩二人は爆炎の中に消えた。空中から氷の破片が散り散りになりながら地面へと突き刺さり落下していく中、同じ地平の先で咳き込む声が聞こえてきた。
「けほ、本当に無茶な技を。」
「相手は、最悪こうでもしないと生き残れないのが相手ってわけだよ。わかってんだろ?」
「ええ。二度はありません。」
互いに再び臨戦体制へと戻る。爆発の規模や戦闘の過激さから息を切らしてもおかしくはない。だが先輩二人は、息どころか、まるで準備運動すら始めていないかのような面持ちで睨み合っている。
私は次の瞬間に起こる戦いに、そっと唾を飲み込んだ。
「はい、ストップ。二人ともおやめください。」
「副隊長。」
「クリスで結構です。何度も言わせないでください、セルススさん。バーストエンジンは便利ですが、使いすぎると腕が丸ごと焼き焦げてしまいます。治癒魔術や治癒魔法では、促進的な回復しかできませんから。」
「でも───」
「一週間前だからと安堵するくらいなら、1ヶ月前くらいから行ってください。テスト勉強を遅れて始めた受験生でもないんですから……。」
「………はい。」
「それとバーゲルドラインさん。氷手刀の際、工程をすっ飛ばしましたわね。」
「それは……」
「魔術は工程を挟まないと、壊れる危険性もあります。壊れたら、貴方の氷どころか腕まで持っていかれます。当て感に頼ってやってはいけません。緊急時ならまだしも、できるだけその辺りは気をつけていただかないと。」
「はい。」
クリスの指摘はもっともだった。私が見ている限り、二人の弱点の露出はコンマ1秒にも満たない。すなわち、本当に一瞬しか生まれない弱点である。だが、それすらも埋められないのであれば、未来はない。
クリスの言葉の重みからは、そんな覚悟が感じ取れた。
「………皆さん、この一週間は自身の弱点を埋めることだけに専念してください。正しいやり方で、正しい戦法で、それでいて臨機応変に対応するためには、何が必要かを各々取捨選択する必要がございます。互いに見つめ合って指摘するのもよし、違和感や対処法を思いつかない時は相談する。私たちはチームで仲間です。頼らないことがないように、よしなに。」
『はい!』
「……それでは、私たちも始めましょうか?」
「………え、私?」
「はい。皆さんがこうも集まっているのです。私とラナさんの戦いぶりくらい、見せたくありませんか?」
「それは……」
この大勢の先輩方がいる前なら、自分だけでは見えなかった弱点も、もしかしたら見つかるかもしれない。そう思うと、クリスの言葉を否定することはできなかった。
「じゃあ、一戦だけ。」
「はい。それでは皆さん、ラナさんと私の欠点をどうか見つけられるよう、力を貸してください。」
「───副隊長、弱点なんてありますか?」
「ありますわよ。見つけてくださいね。」
「───副隊長ー! 手加減してやってくださいね。」
「ラナさんは、手加減なんて必要としませんよー。」
私ではなく、クリスに対しての応援が多い気がする。それもそのはずだ。全員と関わりを持っているという点では、私よりもクリスの方が歴が長い。年功序列のようなものを感じる。
(同い年なんだけどね。)
だが、そんなことよりも今は目の前のことである。相手はクリス。油断はできない。その気になれば、この訓練場を焼け野原にしてしまうかもしれない。そんな覚悟を持って、私は武器に手をかけ構える。
「見たことない型だ。」
「引き抜かないのか?」
剣を扱う先輩たちは、こぞって疑問に思う。当然だ。私自身、この型は自分だけしか扱えないものだと思っている。そして、これを扱う者は他にはいないことも自覚している。
「ラナさん、初手から抜刀術は殺意が高くありません?」
「クリスの方こそ、なにを準備しているの?」
「それはもちろん、相手がラナさんであっても、ぶっ飛ばす準備です。」
微笑みかけるその笑顔に、殺意も驚異も感じない。しかし私の直感は常に警戒している。クリスが次の瞬間に最大火力を叩き込んでくることを。
問題は、その速度と威力だ。こちらの技によって相殺できるクラスであれば問題ないが、そうでないなら、いろいろと考えを巡らせておかなければならない。
「…………さて、始めましょうか────イフェルノ・ダウンフォード!」
(魔術による全体攻撃ッ!!)
ひしひしと体に伝わってくる炎熱の気配から、その技はこの一帯を焼け野原どころか更地にできるほどの威力だと察する。発動から地面への着弾まで、おおよそ5秒程度。まだ遅い方で助かったと安堵しつつ、私は最大火力の抜刀術を脳内で選択し、斬りかかる。
(プラノード抜刀術─────タケミカヅチ──)
対魔術に特化させた圧殺技。発動される魔法の一撃に強力な衝撃を与え、直ちにそれを伝って発動源である魔術式にダメージを与える。
魔術は、魔術式と結びついて初めて発動される。魔術式からもたらされる方程式と供給エネルギーを断てば、最終的に「発動しなかった」という結果が先行し、魔術は成立しなくなる。
これが後手に回る魔術の現象。不可解でありながら、世界としては成立している事象の一つである。
「フレイム・アーカーズ、イプシロン・フォルベス……ツインアクター、スピリットフレア!!」
二つの熱線が織り交ぜられた赤熱球体が姿を現す。先ほどの初撃と同じく、明らかなオーバーダメージを誇る魔術。
加えてクリスが行ったのは、「ツイン」と呼ばれる重化合成魔術の一つだ。二つの魔術を精密な操作で合成し、強力な一撃を作り出す。
(完全に私を試しに来ている。)
ならば、こちらもそれに相対するまでだ。
(プラノード抜刀術───真・キリサメ───)
合成魔術の特性として、魔術式による供給が行われない。そのため、そのエネルギーは発動された対象の核に存在する。
あらゆる防御障害を突破し、核だけを砕くことができるキリサメを、さらに改良・発展させた真・キリサメは、これにうってつけだった。
刃が焼け溶けるよりも早く、振るうリーチを身体強化で補いながら突っ切る。発動された魔術の球体は黒く染まり、一瞬にしてボロボロと音を立てて消えていった。
「っ!」
クリスの方を向き直り、鞘から剣を引き抜こうとしたその時。クリスはすでに魔術をやめ、近接戦闘へと移行していた。両手は紅蓮に燃え、こちらにフルストレートを放とうと、距離と体勢を整えている。
紙一重でそれを回避し、刀を抜いてクリスの攻撃に対して本気の受け流しと反撃を繰り広げる。拳と刀だというのに、バーゲルドライン先輩の時と同じく、金属同士が激しくぶつかり合う音が四つの耳を介して響き渡る。
まるでハンマーで鉄を鍛えるかのようなリズムを、高速で刻んでいるかのようだ。
クリスの拳を捉えられているのは、ひとえに身体強化を動体視力に回しているからだった。そうでなければ、これほど速い拳を見切ることはできない。
「ファイアー・コーズ!」
熱炎線が正面から放たれ、刀で防御して耐え切る。周囲は超高温となり、触れれば火傷では済まされない。身体強化による防御で、かろうじて凌いではいるが、これでは防戦一方だ。
「──インフェルノ・ブラスト!」
「────真・ライキリッ!」
防御を捨て、攻撃に転じる。相手の熱線がこちらに届くよりも早く抜刀し、一撃を叩き込む。
これまで私は、クリスを傷つけないという前提で戦っていたが、この時ばかりはそれを撤廃した。
炎の中を一閃が突き抜け、すべてを過去へ流すかのような超速の感覚に入る。その先にいるクリスは、なおもダメ押しの高火力魔術を構えていた。
私はその術式を斬り剥ぎ、クリスを追い抜く。
そして、間もなくして、そっと刀を鞘に収める。勝負は決した。
「お見事─────っ。」
「……さすがに、防御までは考えられなかったみたいだね?」
振り返った私は見た。クリスは腹部を押さえたまま、膝をついていた。
ライキリの際、術式を切ると同時に、クリスの腹部へ渾身の一撃を叩き込んでいたのだ。普段、私は両手で刀を振るう癖がある。それを逆手に取り、意識が刀に向いた瞬間を狙って打撃を加えた。
結果はこの通り。クリスは気づくことすらできず、遅れてやってきた打撃の痛みに敗北を喫した。
「ライキリ、以前よりも速くなりましたね。こちらの動体視力の限界を感じましたわ。ラナさん、あなたはどこまで見えていましたか?」
「全部見えていたよ。そして、それに追いつく体が、今の私だから。」
「友達として、誇らしいですわ。こんなにも強い人が隣にいることが。」
「私だって、クリスが前より危なっかしくなってて、ちょっと安心したよ。」
「ラナさんのライキリを、もっと見積もっていたら、最高火力を出せていたのですがね。」
「それ、私も防げる?」
「はい。おそらく、お父様も全力の一歩手前でなければ難しいですから。」
それはもう防げないのでは、と思いつつ、私はクリスに肩を貸して立ち上がらせる。
訓練場は騒然としていた。何が起きたのか理解できない顔をした先輩たちと、複雑そうに安堵しているナリタテンマの姿がそこにはあった。
「クリス、もしかして?」
「ふふ、これは少しお説教が入るかもしれませんね。」




