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057話「大遠征の幕開け」




 異界探索部隊。突如として世界で巻き起こった失踪事件を、別次元からの干渉および侵略と仮定したとき、これを修正、もしくは通常のバランスへと戻すため設立された部隊。

 よってこの隊に所属する者は、人類代表としてこれに立ち向かう。


 人の手によって作られる新たな時代の先駆けとなる者たちの集まり。


 これこそが異界探索部隊を象徴し、刻まれる文言である。そしてその部隊の大隊に所属した私は、初めての大遠征へと臨むこととなった。


 春が過ぎ、季節は夏に傾く頃。大隊は一つの大規模作戦を決行することとなった。今まで小隊との連携を積極的に行い、異界の探査に乗り出ていたこの大隊だが、今年度の入隊人数により、今まで不可能域であった大隊のみでの探索活動が解禁されることとなった。

 私の初任務は、これにつくことだった。


 異界の先では、誰の助けもない自分たちの力で道を切り開き、自分たちの力で失われたものを取り戻すために奮闘する。向こう側の悪鬼羅刹が集う地で、命懸けの日々を繰り返すこととなるだろう。


 「……」


 こうして自室の浴槽にて身を沈めていると、気分が高揚する。それと同時に、そこはかとなく安心するのだ。私はたった一人の時の方が若干辛い。だが、何かに包まれているような気分になる時は、こうして暖かい。

 当然の秘訣でありながら、そのありがたみを噛み締める。恐怖はない。だが逆に、それを覆す蛮勇も持ち合わせていない。そんな面持ちのまま、私は浴槽を出て拳を握り、進むのだ。


 「全員集まったようだな。」


 「はい、メンバーは確認済みです。みなさん遅刻しなかったようで何よりですね。」


 正装と重装備のナリタテンマ、そしてそれぞれが特注の装備品に身を包んだ私たち隊員が、ミーティングルームに集結していた。いつもは気を緩めている先輩たちも、この時ばかりは人が変わったように冷徹でありながら、真剣な面持ちで前を見据えている。


 「……それでは、今回の大規模作戦について通達を開始する。」


 「こちらをご覧ください。」


 慣れた操作を経て、ミーティングルーム内は一瞬の暗闇ののち、魔術開発によって進歩したプロジェクターが、真っ白なスクリーンに事細かに作られた地図を展開する。

 訓練生時代に幾度となく頭の中に叩き込んだ異界の地図、その発展版だ。


 「前回の遠征の際には、コアステッド隊との連携によって座標77Zまでの侵攻を可能とした。」


 異界の地図は大まかに、左から右へと明暗が続いている。右側に行けば行くほど真っ暗だ。まだ未探索の地があるということの何よりの証拠であり、また、明るくなっている地点には小型の写真が貼り付けられ、その様子が映し出されている。


 「ですが、物資の消耗などの理由で撤退いたしました。しかしながら、撤退時には安全確保や拠点の設立などを行っているため、ここまではスムーズに移動することができます。」


 「そのため、我々は今回、さらにその先の座標99A――ストームラビリンスを攻略する。」


 初めて聞く名前である。これは訓練生時代には教えられていない、それすなわち大隊クラスでなければ知ることのできない、極秘的な地点の名称であることが窺えた。


 「ストームラビリンスについては、着いてから改めてご説明を。ストームラビリンスは、絶え間なく暴風域が続いている地帯であり、ある一時の時間帯を除いて、嵐が不規則に荒れています。しかし逆に言えば、ある一時は不思議なくらいに嵐が収まっているということになります。我々の目標は、これを突破、もしくは切除することです。」


 「対策についてだが、今回支給されるプロトタイプの防御魔術機がある。気休め程度であるため、各々の方法でこれを突破することになる。」


 「得意な防御手段を取れということです。この嵐は、魔術や魔法によるものではなく、超常的かつ干渉不可の特殊現象であるため、魔術・魔法の乱れが起きることはございません。」


 「座標99Aを超えた先にある、観測上での133GDが到達目標である。また、このストーム内では魔暴まぞうが闊歩しているため、視界不良の中での戦闘を警戒することとなる。」


 魔暴とは、異界にて発見された未知の敵生命体存在であり、外見的特徴は、生物の何かしらが欠損した存在という、なんともあやふやな者である。

 例によって、口が欠損したタイプ、目が欠損したタイプ、胴体が欠損したタイプなど、種類は多岐に渡るが、いずれも生命活動をしており、どういう原理でこれらが活動できているのかは調査中とのこと。


 「加えて、ストームは収まっている時がありません。通常風速は観測では150ノット、最大風速は346ノットとなります。普通に足が離れるどころか、ストームに含まれる大地片によって肉体が切り刻まれます。」


 「この領域内で戦闘行動が起こる可能性があるため、各隊員は注意して臨むように。回復魔術・魔法が使える者は、積極的な行動を頼む。」


 「それと、アレを言っておく必要がありますね。異界の中を自由に飛び回る魔暴まぞう、ブレクトルコクーンに気をつけてください。」


 ブレクトルコクーン。噂でしか記されていない、異界探索部隊を一度壊滅まで追いやった魔暴。


 「ブレクトルコクーンを発見した場合、討伐ではなく、すぐさま撤退へと切り替える。また、奴の攻撃は回避が困難で、防御も困難なため、極力、瞬間転移系の魔術を使用することによって退場する。その際には、部隊散開の形を取る場合があるため、単騎でのランデブーポイントへの道や経路、その他情報を叩き込んでおいてくれ。」


 「怠ると、足元を掬われるどころではなく、命を持っていかれますからね。」


 「その他、道具として……」


 道具の説明が行われる。私たちが共有で身につけるタイプの、様々な生命維持に特化したアイテムや魔道具などの説明や使用方法だ。基本的に訓練生時代に使っていた物の改良版であることがほとんどであり、特殊な素材で作られているものもある。


 しかし、これだけの装備をしていても、私の気分はあまり優れていない。それは、おそらく万全な装備で挑んでも、異界では些事となり得てしまうことが多いからだと、私は考えている。


 「ブリーフィングは以上。この部隊は一週間後に出発予定だ。それぞれ準備を欠かすな。」


 「運動不足な方は、この期間中に是非とも感を取り戻してください。」


 ナリタテンマの厳粛な言葉の後に、クリスのちゃめっ気のある言葉で幕を閉じた。先輩たちは整えられた装備をそのままに、大勢が訓練場へ向かうこととなった。私も慢心せずに向かおうと思ったところ――


 「ラナさん、私もよろしいですか?」


 「クリス?」


 「やっぱり緊張するな……」


 「お父様、いい加減リーダーとして緊張とか言わないでください。」


 「仕方ないじゃないか。こっちは命を預かる立場になるんだ。人を率いるのはいいが、私はどちらかと言えば単独で行動するのが……」


 「それで、どうなりました?」


 「戦争が起きたな。この話はやめておくか。」


 ミーティングルームには、私たち三人しかいない。ナリタテンマの口調がいつにも増して砕けている点や、クリスが私の前だけで見せるような顔になっているところを見ると、先ほどまで張っていた緊張感からの解放で、なんだか複雑な気分である。


 「ラナさん、これから訓練ですから、私もご一緒しても?」


 「それはいいけど。」


 「それなら私も行くか。クリスに遅れを取らないようにしないとな。」


 (ナリタテンマが、訓練を。)


 「あら、言ってくれますわね。負けませんよ?」


 私は強気な二人とは対照的に、どこか距離を取りながらも、二人と共に訓練場へと向かっていった。




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