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056話「穏やかな日常」




 「ふぅ。」


朝5時、私は訓練生時代の時のような時間で起床する。自室の洗面所で顔を洗い、頭を起こして動きやすい服装に着替える。まだ朝日すら昇っていない真っ暗な時間に、私がすることはただ一つ、トレーニングだ。

基礎的な肉体強化トレーニングを30分。その後に大隊専用の訓練場に出て1時間、魔術・魔法・剣術の訓練を行う。少しずつだが確実に自身の穴を埋めるためのささやかな努力である。

それが終われば、かいた汗をシャワーで全て流し、大体7時になるので食堂に向かう。食堂にはすでに先輩たちか、もしくは食堂勤務の調理師の人が料理を作って待っている。


 「おー、おはよう。」


 「おはようございます。本日は?」


 「今日は朝からパンだ。外は冷えただろう? あとでスープつけるからね。」


 「ありがとうございます。」


食堂に一番乗りの私と調理師さんとの会話が始まる。毎朝この時間あたりに私とここで出会うので、もう顔を覚えてもらっている。それどころか、ささやかなサービスまでしてくれるほどの関係性となった。

意図的ではなく偶然ではあるが、運動した後は兎にも角にもお腹が空くため、スープが一つあるだけでもありがたい。


 「それにしても、毎朝朝練なんてえらいね。」


 「そうですか?」


 「うん。ここにいる子達は全員、朝食を食べてからが本番だからね。その中で朝にやることやって、シャワーも浴びて。健康健全、暇な時はとことん暇なここの部隊の中じゃ、とんでもなく真面目だよ。」


 「……もしかして珍しいんですか?」


 「そりゃあねぇ。暇な時は本当に暇だから、まるで久しぶりに休日をもらったみたいな顔して過ごす子が大半さ。目を擦ってくる先輩も、同僚も多いだろう?」


 「それは、まぁ……はい。」


考えてみれば、寝起き10分くらいの表情をした先輩たちがよく印象に残っている。

二日目でクリスによって先輩たちは一通り紹介されたのだが、次の三日目で顔を合わせた時は、自己紹介の時の凛々しさは何処へ消えてしまったのか。

今じゃあの凛々しさやかっこよさを思い出すことの方が困難に感じる。


 「大隊は選ばれた人たちだけがいる場所で、尚且つ命の危険もある。そんな中で自分を厳しく取り締まるなんて容易じゃないってことなんだろうけど、健全な肉体に健全な魂ともいうだろう? そう考えると、こっちとしてはラナちゃんみたいな真面目な子はちょっと嬉しいんだよ。」


 「嬉しい、ですか。」


 「うん。下手な心配いらないからね。心が折れた奴の姿なんて、もう見るのはごめんだから。」


 「……あの、無礼を承知でなんですけど、もしかしてそういう経験が?」


 「あぁ。人間と魔族が戦ってた頃にね。城で戦いがあって、なんとか生き残ったけど、働いていたいい子と料理長が亡くなってね。それはもう酷い死に方だった。目も心も、死ぬ最後に何を思ったか、それを想像すると涙が出そうになる。」


 「……すみません。」


 「いいんだよ。もう過ぎたことだし、あれがあるからこうしていられる。悪いことばっかりじゃない。でも、もっとマシな悪いことが起こってほしいってことさ。」


 「。」


 「ただの調理師には知らないことばかりだけどね。」


肩をすくめて調理師は答える。仕方なさそうに、どうしようもなさそうに。私はこの人物に対して、何もかける言葉が浮かべられなかった。


 「ありゃ、二番乗りか。」


 「セルスス先輩。」


大文字が刻まれた部屋着をそのままに、跳ねた髪が特徴的なセルスス先輩が食堂に顔を出す。私と調理師の間に流れていた雰囲気は、彼の登場で一転した。


 「セルススさんよ、アンタせめて着替えてから来なさいな。そんなんじゃ、またナリタテンマに叱られちまうよ?」


 「ふぁぁ、わかってるって。でも叱るのはナリタテンマじゃなくて、あの天下鬼無双のナリタクリスだっての!」


 「それじゃあ、そんな立派な後輩の副隊長に怒られないように、そのボサボサの髪を少し整えて着替えてきたらどうだい?」


 「わかってるよ! あ、プラノード後輩、おはよう!」


 「おはようございます、セルスス先輩。」


セルスス先輩は空みたいに青い色と琥珀の瞳が特徴的な、私の四つ上の先輩だ。ムードメーカーのような軽い口調が特徴的で、よくいろんなところをぶらぶらしているのを見かけている。

私からしたら掴みどころが若干なくて、少し苦労する。ちなみにそんなおちゃらけた性格だからか、クリスが天敵となっている。

具体的に言えば、風紀がなっていないそうな。


セルスス先輩が戻ってから、他の先輩たちや同僚たちも食堂へと集まってきた。全員最低限の五分前行動は心がけてはいるが、それ以上に早く来るなんてことは意外と少ない。

ギリギリまで寝ていたいという欲が、眠そうな表情から察せられるほどだ。


 「おはようございます、ラナさん。」

 「おはよう〜プラノード。」

 「ラナちゃんおはよー。」

 「おはようございます、プラノードさん。」

 「おはよっすプラノード。」

 「ミスプラノード、ぐっとモーニング。」

 「プラノード、早起きだねおはよう。」

 「プラノードさんおはようござんす。」

 「プラノード、お、おはよう。」

 「プラちゃん、はよー。」

 「おはよん、プラノード氏。」

 「おはこんばんにちは、プラノード。」

 「ラナくんおはよう。」

 「ラナ・プラノードおはよう。」


朝になると、私に対して先輩や同僚たちが挨拶をしてくれる。私が入り口付近にいるのが原因なのか、ここ数日でこれはこの大隊の中で日課のような形になっている。

私は全員の顔と名前を頭の中で思い浮かべながら返事をする。全員から顔を知られているのに、こちらからあまり関わりがないというのは変な話だ。


 「ラナさん、おはようございます。本日はお日柄も良いですね。」


 「おはよう、クリス。」


 「ラナおはよう。」


 「プリエルもおはよう。クリスは起きた?」


 「今日は意外と手間がかからなかった。」


 「それはよかったね。」


 「プリエル。」


全員が適当な席に座ると、調理師さんが用意してくれた朝食がテーブルの上に並べられる。カフェテリアのような机の配置によって、私たちはそれぞれ仲が良い人たちと相席することがほとんどだ。

そのせいか、私はクリスとプリエル以外の他の人たちとの関わりが薄い。これが嫌というわけではないが、クリス曰くの「同じ部隊の仲間同士」という関係が、どことなく遠い気がする。


 「……。。」


 「どうしました?」


 「いや、私はこの中で先輩たちと友達じゃないなって。」


 「飛び級ですからね。でも、心配はございません! 私がいます! クリスがいます!!」


 「それはありがたいし、わかってるけど。同じ部隊に所属しておいて、あんまり関わりがないのはさ。」


 「まぁ、それもそうですね。」


(クリスほどカジュアルで無神経──いや、接しやすかったら楽なんだろうけど。)


私はこの面において苦手だ。誰かと会話をするのが苦手というより、基本受け身な性格のせいで人にグイグイいくタイプじゃないのだ。

そのせいで誰かから一方的な感情を抱かれることが多い。学園生活では、知らぬ間に後輩たちの間で伝説的みたいな扱いになっていたし、現にクリスはいつの間にか副隊長になって、私を支える気満々だし。


 「どうしても仲良くしたい人がいるなら、架け橋になりましょうか?」


 「それは流石に、自分で行くよ。」


 「そうでございましょうね。」


 「あの──……」


プリエルが私とクリスのテーブルに紅茶とコーヒーを置いたところで、朝食トレーを持った一人の先輩が声をかけてきた。こちらの様子を伺って、今声をかけてきたみたいな面持ちだ。


 「ここ、いいですか?」


 「どうぞ、クランドリアさん。」


 「ありがとうございます。」


クリスは新たに席に加わった先輩を歓迎し、少し奥へと詰めた。これにより私の隣の席はプリエルのものとなったのだが。


 「紅茶とコーヒー、どちらにしますか?」


 「あ、では紅茶で。」


 「……」


テキパキと紅茶を入れ始めるプリエルの姿を見ていると、どうやら隣に座るのは少し時間がかかるそうだ。


 「あの、プラノードさんでよろしかったですか?」


 「はい……?」


 「すみません、副隊長との会話中に。実は私も、少しプラノードさんとお話がしたくて。」


 「私に?」


 「ええ。私、クランドリア・バーゲルドラインって言います。なんか長くてすごそうな名前だけど、結構私は穏やかです。」


聞いてみると確かにすごい名前だ。しかし本人のスタイルはゆったりとしている。言動でも動きでも、一挙手一投足が常に落ち着いていながら、思慮深いイメージがする。


 「バーゲルドラインさんは氷魔術の使い手でしてよ。」


 「そうなんですか。クリスと対照的なんですね。」


 「ええ。でも、クリス副隊長との仲はそこそこ。」


 「そこそこですね。」


(なんか、二人とも苦手意識持ってそうな気がする。)


 「紅茶です。」


 「ありがとう。」


仕事を終えたプリエルは私の隣に座って、そのままにしておいた朝食を食べ始める。ちなみにプリエルも、クリスの付属的な立ち位置でこの大隊のメンバーではある。

その立ち位置は、マスコット的な感じに収まっていると私は認知している。


 「プラノードさん、少しお話ししませんか?」


 「はい。」


その後、バーゲルドライン先輩と話を始めた。最初は堅苦しい会話ではなく、趣味の話から始まった。ところどころでクリスが合間を埋め、その日は四人で朝食を楽しんだ。


 「プラノード、少しいいかい?」


その次の日はノーブル先輩と。


 「プラノード、朝食をご一緒しても?」


その次はカルゴーン先輩と。


次の日からか、私とクリスとプリエルの三人席には、誰か一人の先輩が訪れては朝食を共にするという、ルーティーンのようなことが始まった。

私からすれば、ここまで少し距離を感じるようなスタンスだったため、こういうふうな何気ない交流は願ってもなかった。


その日からしばらく、本格的な任務が始まるまでの間は、先輩たちとの交流が本格的に行われた。

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