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055話「本当の理由」



 クリスの後に続いてレッドカーペットの廊下を歩く。その間、クリスは前のような距離感ではなく、私とは一定の距離を保っていた。心としても、肉体的な距離としても、それがどことなくこれから起こることを暗示しているような気がした。


 両者何も言わず、時間と距離だけが過ぎていく。私も今のクリスに何と声をかけるべきかわからない。私はクリスのことを気にする時間なんてあまりなかった。それよりも、死へと歩みを始めている母のためにと、そのことで必死だった。だからその時、私はクリスとは友達を辞めていると勝手に思わせてもらっている。

 いわば久しぶりに会った友達に何を言いたいかわからないというよりも、久しぶりに会った元友達と、どんなことを話せばいいのかわからない、という感じだ。


 「………」


 「どこに向かっているの?」


 「なんてことのない一室です。城の位置的に言えば、応接間とでも言いましょうか」


 「応接間?」


 「はい。何故そんなところに?と言いたいのですね。簡単です。話を私たちだけで完結させるわけにはいきませんから」


 「………」


 先ほどクリスが言っていた。私の目標と関係あること。それを私にしっかり伝えるために、第三者を挟むということなのだろう。そしてその人物が待つのは応接間。

 だが疑問がある。クリスは私の目的と言ったが、私の目的に直接関係している人物は母と私くらいである。その他の人には私の目的は伝えていないし、同じ共通の道を歩くだなんて話も聞いたことがない。

 そもそも私の父は、誰かの父親のように誰でも知っている偉人ではなく、どこにでもいる普通の人間なのだが。


 「こちらです。驚かないでくださいね?」


 「驚く?」


 私の疑問をよそに、クリスは応接間の扉を開き私を招き入れる。応接間は、なんの変哲もない、かなり豪華な応接間であること以外に違和感はなかった。ただ一つを除いて。


 「毎度のこと、クリスが迷惑をかけているね」


 「いえ」


 「それより、この紅茶ちょっと濃くない?」


 「クリス様は毎日それですよ」


 「えぇぇぇ」


 少し言葉遣いが大人になったプリエル、そして何度も写真や遠目で見たことがあるナリタテンマが、まるで休日にのんびりしている大人のような雰囲気を漂わせながら、椅子に座って紅茶に複雑な思いを語っていた。


 「……お父様、私の紅茶がお気に召しませんか?」


 「これはさすがに濃すぎるだろう。カフェインどれだけ入っているんだ?」


 「カフェイン?」


 「あぁ、通じないか。まぁ、あと30年ぐらいすれば成分がどうとかが───」


 「そんなことよりお父様、お連れいたしましたわ。こちらがラナ・プラノードさんです」


 「………! 彼女が!」


 ナリタテンマは私の顔を見るや否や固まってしまった。そして何か納得したような表情に変わり、その目は憂いに満ち始めた。


 「そうか……確かに似ているな」


 (似ている?)


 「ラナ、こちらにお座りください。今から大切なお話をいたしますから」


 「うん………」


 クリスに誘われるがまま、私はナリタテンマの反対側に座る。隣にはもちろんクリスがおり、プリエルは向こう側でコーヒーと紅茶の準備をしている。久しぶりに会う彼女も、また少し成長したように見えた。肉体ではなく、精神的に。


 それにしても、目の前にナリタテンマがいるという事実に、どこか慣れない。確かにあの英雄のはずなのだが、どことなく穏やかというか、イメージと違う気がする。


 「クリス、私、何かしたかな?」


 「いいえ。おそらく今のお父様が見慣れないのでしょう。ラナさんからすれば、ナリタテンマは勇者であり英雄ですから」


 「あ〜〜、すまない。私はあんまりそういう人でもないんだ。これが素だよ。いつも気を張るわけにもいかないしね」


 「そうですか」


 ナリタテンマは静かに笑いながら答える。本当に本人なのかとますます疑いたくなるが、クリスがいる前で偽物が出てくるはずもない。そう考えると、間違いないのだろう。

 それにしても、こんな側面があるとは少し想定外だ。ガッカリに近いかもしれない。


 それにしても、なぜ私は今、ナリタテンマに――。


 「クリス、もしかして」


 「そのもしかしてです。お父様、よろしくお願い致しますね。説明」


 「あぁ、しっかり話そう」


 ナリタテンマは服装を少し整え、話し合う姿勢になった。私は驚きを隠せないまま、ただひたすら頭の中で状況整理を繰り返していた。


 「それじゃあ、どこから話すべきか」


 「ちょっと待ってください」


 「?」


 「クリス、そのナリタテンマが話すの?」


 「はい。お父様の方が適任ですから」


 「でも私が知りたいのは――」


 「それも含めてお話しします。まずはお父様の口から、貴方のお父上のお話を───」


 「私のお父様……?」


 「そうか。まずそこから話そうか」


 それは今から20年ほど前の出来事だったそうだ。当時、勇者ではなかったナリタテンマと4人の勇者。彼らはこの世界に召喚された。

 右も左も分からないまま、当時の人間国王の命に従い、文字通り命懸けの戦争で魔族と魔王を撃退した。だがこの戦争により、勇者はナリタテンマだけになってしまう。


 「それが表向きの話だ。ただ……ただ一人だけ、勇者の中で生き残りはいた。それがユキシマライ。ラナ・プラノード、君のお父様の旧名だ」


 「─────旧名」


 「その様子だと、やっぱりアイツは話してなかったみたいだね。当然か。アイツはユキシマライでいることよりも、ゼル・プラノードでいることを選んだのだから」


 「待ってください! それでは、私の父がナリタテンマと?」


 「あぁ。まさか、自分の娘とアイツの娘が偶然出会うなんて、思ってもみなかったけどね」


 「………」


 「本当に偶然ですのよ」


 クリスは、真偽を疑う私の心情を察してか、そう答えた。


 「ともあれ、アイツは勇者であることを捨て、この世界でなんてことない普通の人生を歩むことを選んだ。でも、運命はそれを許さなかった。ゼルは異界の渦に飲み込まれ、行方不明になった。多分これは、君も知っているだろう」


 それは私があの時果たせなかった後悔の原点。片時も忘れたことのない、父が消えてしまった瞬間が、不意に脳裏に浮かび上がる。

 辛い過去だ。


 「私は友人として、彼を見つけなければならなかった。そして各地で起こっている失踪事件。それらの解決に乗り出すために、この異界探索部隊を作り上げた。魔術と勇者の剣の力を使って、安定的でありながら一方的に異界への扉を開くことに成功したんだ」


 「勇者の剣……ナリタテンマが持つ絶対の武器ですよね」


 「あぁ。元々この力はゼル由来のものだ。神の力、神秘が結晶となった形のね」


 「………?」


 「すまない、脱線した。ともかく私は異界探索部隊の設立から2年間、向こう側の世界を探索し、彼の痕跡を見つけようとしていた。全てはゼル・プラノードと、消えてしまった人たちを探すためにね」


 「それじゃあ……」


 「はい。ラナさん。私たち三人の目的は一致しています。お父様はご友人を。ラナさんはお父様を。そして私はラナさんを」


 「私?!」


 「はい。私はラナさんのお手伝いをすることが、私の目的ですから!」


 「そ、そう」


 学生の頃よりも、今の方がクリスはずっと近く感じる。どうしてだろう。


 「……ナリタテンマ。その、私の父とお知り合いだったのですね」


 「あぁ。そして君の目的も、クリスを通じて察していた」


 「……でしたら、なぜ。娘である私に」


 「……私は彼を尊重したかったんだ。彼は私とは違う道を選んだ、ただ一人の“世界の人”としての道を。有名になること、無限の富を得ること、全ての人が望む力。彼はそれを手放し、好きな者と静かに暮らす人生を選んだ。私は──その幸せを壊したくなかった」


 「…………」


 「ですが、ラナさんは自らの力でここに来ました。でしたら、それを尊重しないのは失礼というもの。ですよね?」


 「あぁ。ラナ・プラノード。ナリタテンマという肩書きではなく、一人の人間として、ゼル・プラノードの捜索に協力してくれないだろうか?」


 「……私でよければ。お父様のこと、これからよろしくお願いします」


 「あぁ」


 「それでは、ラナさん。お父様。これからは秘密の仲間として、よろしくお願い致しますね」


 私たちは静かに、しかし確かな決意を交わした。


 「……ところで、クリスはどうして副隊長に?」


 「それはもちろん、ラナさんを手助けするためです!」


 「そっか」


 クリスの笑顔には裏がない。


 こうして私は、クリス、そしてナリタテンマの所属する異界探索部隊へと入隊し、その結成理由と目的を知ることとなった。

 だが、知れば知るほど、疑問が湧く。


 (お父様、貴方は一体……)


 直感が囁く。私の父は、どうしてそれを捨てたのか。




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