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052話「予想外に次ぐ予想外」




 フュードルド学園を卒業した私は、異界探索部隊へと入隊した。と言っても、すぐに活動ができるわけでもなく、特殊な環境に対する専門的な知識や、それを擬似的に再現した訓練などを行うこととなった。


 訓練期間は時間にして五年。入ったばかりの私は、二十一歳の頃に訓練を終え、ようやく仕事に就けるという予定となっていた。が、私はそこまで待つことはできなかった。本来五年かかる訓練内容を二年に縮めるため、私は全力を尽くしてこれを飛ばした。


 訓練には飛び級制度があり、すでに攻略できる範囲であるならば、訓練を飛ばすことができる。そのため理論上は、すべての訓練を飛ばせば一年もかからずに本職に就けるということになるのだが、もちろんこれは肉体と精神との相談もある。


 私の場合、精神面での準備はすでに済み、覚悟も決めていたため、あとは肉体の限界との挑戦だった。簡単な知識訓練と本格的なトレーニングを最初の一年で終え、次の二年では実際の実務でも使われるほどの肉体訓練を行い、これらをすべて高評価で突破した。


 訓練の中には、十五分間水の中で生きながらえる訓練や、防寒装備なしで吹雪の吹き荒れる山を登る訓練、三日間寝ずに教官たちからの奇襲攻撃に備えながら、的確に対処していく訓練など、どう考えても人には無理な内容ばかりだった。


 それでも私は、血反吐を文字通り吐きながら、五体満足でこれらを超えた。ちなみに聞いた話によれば、あまりの過酷さに、私ではない獣人族の訓練生が誤って大怪我をし、除隊したという噂も流れ込んできた。この中で本当に問題なく突破できたのは、ひとえに運の良さも関係しているのだろうと、私は考えている。


 ともかく、そんなわけで私は十九歳にして入隊することとなった。おそらく他の人たちとは二歳年下になるだろう。先輩たちには、舐められないようにしなくてはならない。


 (ともかく、まだ大丈夫。)


 私がどうしても二十一歳まで待てなかったのには理由があった。母の容体が、日に日に悪くなっていっていたのだ。二年前の十七歳の頃、母はまだ立ち上がることができていたが、エルザードおばあちゃんからの手紙には、もう満足に歩けなくなるほど衰弱してしまっていると書かれていた。


 父が亡くなってから九年。余命宣告の三年を大きく超え、ここまで生きてきたが、それももう限界に近づいている。


 母に父を会わせるという私の目的を達成するためには、なんとしても、できるだけ早く異界探索部隊の仕事に就き、父を探す必要がある。そのために、私はここまで来た。


 自分に棘鞭を打ち、限界を何度も超え、唇を噛みちぎって、ここに来た。


 (ようやく、スタートライン。)


 まだため息をつけない。ため息をつけるのは、私が夢を叶えるその瞬間まで。だから、あともう少し、私はこの大地を踏みしめ、母の命の灯火が消えるより早く行かなくてはならない。確実に、正確に。


 「……そろそろ行かないと。」


 こうした誓いを、私は大切な時の前に行う。自分の目的を見失わないように。自分自身を、もう見失わないように。何度心が折れても、再び立ち直る勇気をもらうために。


 「行こう。」


 私は自分の意思を口に出し、目的の部屋へと向かった。異界探索部隊の部隊配属は、人間国王城で行われる。特別に設けられた一室で、これから自分が配属となる部隊を、ここで初めて知ることとなる。


 部屋には、私と同じく部隊配属を心待ちにする先輩たちが大勢いた。私語は厳禁のため、椅子に座ったまま、ただ黙々としている人ばかりだ。この中で、誰が自分の本格的な先輩に当たるのかは、まだわからない。


 飛び級で、こんな場所に来てしまったのだと考えると、少し心細い気にもなる。


 「…………。」


 時計の針がピタリと五の数字に止まり、鐘が鳴る。それと同時に、静かな空気はさらに張り詰め、ここにいる全員が警戒するような心持ちになるのを、人知れず感じた。


 時間になると、一人の正式な部隊服を身にまとった人物が、中央へと歩いてきた。どんな人物なのかと目で確認すると――


 (……ナリタテンマ──!)


 そこには、人間国国王であるナリタテンマが、堂々とした面持ちで歩いていた。それはまるで恒例行事であるかのように自然で静かだった。無論、王の行進に口出しする輩などいない。隣に付き従う側近も、何も言わず、ただ偉大な存在の案内に徹している。


 私たちは黙って、その姿を目で追うことしかできなかった。


 「初めまして。私のことは知っていると思うが、自己紹介をさせてもらう……人間国第58代国王、ナリタテンマだ。勇者ナリタテンマとしての名の方が世間には知られているだろうが、今ここにいる私は国王としてだ。」


 ナリタテンマの声が、部屋中に響き渡る。私は四つの耳で、その言葉一つ一つを聞き逃すまいとしていた。大したことではないはずなのに、なぜか夢中になって声を拾ってしまう。不思議な感覚だ。相手に威圧感はほとんどないというのに。


 「前振りはこの辺りにしよう。早速、部隊配属の発表に入る。小隊長、整列!」


 何か面白いものを見つけたかのように言葉を切り、壁際に控えていた小隊長たちが一斉に前へと並んだ。私たちが座っている席からは、かなり離れた位置だ。


 四人の隊長の前には、それぞれの小隊を象徴する大きなエンブレムが掲げられ、そして中心には、成田天馬の率いる大隊の旗が立てられている。


 これから、この四小隊、そして大隊へと、私たちは配属されることになる。この計五部隊が、異界探索部隊の全容だ。


 準備が整ったことを確認すると、ナリタテンマは薄い黒の名簿を開き、部屋に響き渡る声で告げた。


 「それでは、番号を呼ばれた者から配属を発表する。504番! ノートブリーズ隊!」


 先頭に座っていた一人目の訓練生が、敬礼と共に立ち上がり、ゆっくりと自身の配属先の隊へと向かっていった。


 「511番! コアステッド隊!」


 「548番! レインスパイヤ隊!」


 「552番! コアフィールド隊!」


 番号を呼ばれた先輩たちは、次々とそれぞれの隊の元へ集まっていく。それと同時に、私の周囲に座っていた人数も徐々に減っていった。


 私は飛び級で来た身だ。一番最後に呼ばれるのだろうかと考える。呼ばれている先輩たちは、すべて四小隊へと振り分けられている。噂には聞いていたが、やはり大隊に所属する人物は本当に一握りなのだと、ナリタテンマの張り上げる声からひしひしと感じた。


 「以上。」


 (以上……?)


 私は全身で周囲の気配を感じ取る。少数ではあるが、まだ人が残っている。自分も含めてだ。部屋全体の空気が、席に座っている私たちを中心に凍りついていくのを感じる。


 だが、いくらなんでもこれは――そう思った、その時だった。


 「四小隊配属生の発表を終了する。続けて──大隊への配属発表を開始する。」


 (!)


 凍りついていた雰囲気が、一気にひっくり返った。こんなことを思うのはおかしいかもしれないが、まさに裏切られたような気分だった。言葉の終わりと始まりの使い方が、あまりにも上手い。一周回って、ユーモアすら感じるほどだ。


 「532番!」


 「は、はい!!」


 「良い返事だ。」


 「ぁ……」


 本来、この場で返事は必要ない。それでも、一度落とされてから引き上げられた情緒では、声を発さずにはいられなかったのだ。顔を赤くしながら前へ進むエルフの先輩を見て、私はようやく現実味を帯び始める。


 「次、566番!」


 残ったメンバーは、大隊の旗の元へと集っていく。椅子に座ったままそれを眺める私の周囲から、次第に人の気配が消えていく。どうやら、私が最後であることは明白らしい。


 例外枠が最後になるなんて、今さら珍しくもない。


 「では最後に、最優秀枠として753番。」


 私は椅子から立ち上がり、見えない視線を浴びながら、ゆっくりとその場へ向かっていく。近づくにつれ、人の壁の向こうから、自分の隊長の姿がはっきりしていく。


 もっとも、この部隊の総隊長は、紛れもなくナリタテンマだ。あるとすれば、その隣に立つ副隊長の存在。


 そんなことを考えながら、私は列の一番最後に並んだ。この距離では、副隊長の姿は見えても、その顔まではわからない。


 「以上で配属発表を終える。各小隊長は、隊員を拠点まで誘導し、ガイダンスを行え。」


 『ハッ!』


 小隊長たちの声が響き、隊員を連れて部屋から退出していく。私たちは命令が出るまで基本的に動かない。大隊所属となった私を含めた数名は、どうやらここでガイダンスを受けるようだ。


 「……さて、堅苦しいのはこの辺りにしましょう。」


 小隊全員が部屋を出たのを確認すると、副隊長が手をパンと叩き、ナリタテンマに話しかけた。その声は、驚くほど柔らかかった。


 「一番後ろの方たちは、ナリタテンマの姿は見えても、私の姿は見えませんね。全員、横一列になりましょう。……ああ、言い忘れていましたが、ここでは軍規的な先入観は捨ててください。ナリタテンマも、それを望んでいます。」


 そう言われたものの、私たちはぎこちなく軍規的な動きを崩し、横に広がるしかなかった。まさか最初に告げられる言葉がこれだとは、誰も予想していなかっただろう。まるで、ここからはフリータイムだと言われたかのようだった。


 「……その呼び方は、どうにかならないのか?」


 「私は、いつもこの呼び方ですよ? それとも、知らない方々の前で私情を出すおつもりで?」


 「いや……。」


 副隊長とナリタテンマは、かなり親しい間柄らしい。そう思いながら横一列に並んだ私は、そのナリタテンマに対して、淑やかに接する女性へと視線を向けた。


 「──────。」


 「さて、私の自己紹介がまだでしたね。──初めまして。コネでもなく、権力でもなく、自らの力でこの場に立っています。私、ナリタクリスと申します。大隊副隊長として、以後お見知り置きを。」


 丁寧な挨拶は、あの時と変わっていなかった。長らく聞いていなかった、冷静沈着で、どんな時でもお嬢様然とした態度を崩さない彼女の声。それが、今目の前にいる存在と、先ほど耳だけで聞いていた存在と、ぴたりと一致する。


 なぜ気づかなかったのかと、すぐに思った。


 だが、それ以上に疑問だったのは――


 (どうして……?)


 「ふふ。」


 私の疑問に、彼女は小さくウインクを返した。

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