049話「試験三、」
実技試験会場に入ると、そこは一面訓練場のような雰囲気だった。実際に城内の訓練場を利用しているのだろうと、すぐに見当はついた。そこにいるのは魔術師だったり、武技を用いて戦う人だったりとさまざまだ。
それぞれが今か今かと本番を待ち侘びながら、熱を帯びた肉体で、この短い時間に最大限のポテンシャルを引き出そうとしている。
先ほどが面接で頭を使う試験で、今度は体を使う。本来ならばこの切り替えに四苦八苦するところだ。もちろん私もその一人だ。多少、他の人より慣れはあるかもしれないが、それでもこの場にいる人たちのように準備運動を挟んだ方がいい。
「……」
試験で使う武器は、この訓練場にある武器たちを使う。自分の木カタナを使うことができないのは少し残念だが、それでも今まで培った剣術の勘を失うほどではない。
何でも万能にこなすよう心がけておいて良かったと、心底安心する。
「──」
安心すると同時に、適当な木剣を選定して脳を切り替える。試験では自分の用いる全ての能力を出し切ることが要求される。それも短時間でだ。
私の抜刀術は、魔術と魔法との併用ができない。そんな余裕がない。
だから、先んじてこれらを発動しておき、後出しの抜刀術による擬似的な同時攻撃が、今の自分が出せる最大火力となる。
自分の番号が呼ばれるまでに、この二つを放てるポテンシャルに自分を引き出すのに半分、もう半分で精神統一と攻撃。
いいとこ放てるのは一回くらいだ。そして試験が始まったら、これをノータイムで打てるよう、自分を引き上げなければならない。
寝起きで何もしたくないと思うように、完全に意識を覚醒状態にしておく必要があるのだ。
意識を集中させ、魔法と魔術の二つを交差させ、多重術式として適用、成立させる。
目標はただ一点。自分に得意な属性はなくても、今まで蓄えられた知識の中で一番効果が高いものを選択し、それをうまく掛け合わせ、放つ。
着弾までの時間と距離から、直感を通してざっと見積もって一秒弱。
0.5秒以内に抜刀術の構えに移行し、0.2秒の限界で脳を魔術から武技へと切り替え、0.5秒で引き抜きから攻撃へと転用する。
「──────!」
遅かった。案の定、自分の体が意識に追いついていない。
魔術を使用した肉体ですぐさま身体強化を使用すると、体のスイッチが思うようにいかずズレが生じる。このズレが、私の試験失敗の要因の一つであり、これを超えた時、初めてこの技が成功する。
「はぁ……っ」
一回放つだけでも相当のカロリーを消費する。短い時間で膨大なタスクと向き合うのは骨が折れるが、実際にそれらを実行するとなると、骨だけでは済まされない。
こんな表現は変かもしれないが、急に老化現象が起きたように、私の肉体はクールタイムを必要とする。
幸い、前の受験者の時間が長かったからか、自分が呼ばれるまでにこのクールタイムをなんとか消化できた。
「受験番号────」
自分の番号が呼ばれると、熱気を帯びた体で扉を潜り、試験場へと足を踏み入れる。
そこはまるで隔離空間のような息苦しさを感じる場所だった。面接会場では圧迫感、この試験会場では果てしない閉鎖感が、私の精神を逆撫でする。
「目の前の対象に向けて一度だけ、自分の技を披露してください。破壊しても構いません」
拡声器によってもたらされる声が部屋に響く。
どうやら、この部屋自体に試験官はいない。別の場所から私を採点しているのだろう。
当たり前だ。魔術であればクリスレベルの人が来るかもしれない。思わずその場にいて、爆発の炎に巻き込まれでもしたら、たまったものではない。
「……」
そんなことを思いながら、会場の隅に立てかけられてある木剣を手に取る。先ほどの練習場で使っていたものと、さほど変わらない同型だ。
これならば、さっきと同じ芸当ができる。ただ問題なのは、自分の実力であるということ。
「ダブルス──」
試験官たちは、さぞ困惑することだろう。木剣を持って前に出たのであれば、剣を使っての攻撃を誰しもがイメージするはずだ。
ただ私のは少し工程が長いだけだ。自分の最大火力を一瞬にして相手に、それも同時に叩き込む。そのことだけしか、今の私の頭にはない。
「ミレクレイト・フォースイグニス!!」
クリスと試行錯誤して完成させた、熱線型の魔法と魔術の合わせ技。
どちらも炎を延長線にして、極限まで圧縮化と速射性、貫通性を高めた多重術式だ。
着弾時は、熱線という言葉通り、熱が物体を溶かし、あらゆる防御を理論上無効化できる恐ろしい一撃。
クリスでさえ、
『これ、普通に放っていたら捕まるタイプの術式ですわね』
と、手を上げてしまうほどだ。
それを放つ。この場では何をしてもいいわけではないが、さすがにこれくらいでは的は消滅しない。
そして放ったらすぐに、肉体全体に通していたマナと魔術神経をカットし、身体強化へと切り替える。
「ッ─────っ」
練習の時には発生しなかった、異常な負荷が体にのしかかる。息ができなくなるほどの苦痛だ。
体全身が急なフォームチェンジについていけず、悲鳴を上げている。感覚が七転し、自分が何をしていたのか一瞬忘れそうになる。
だが、このチャンスを逃すほど、私も怠惰には生きられない。
「」
抜刀術の構えに移行し、両脚、両腕、そこから全身へとマナを分配していく。
そして、私が放った多重術式が的に到達するよりも早く、追いつく。
地面を蹴り、ギリギリまで構えを少したりとも変えない。攻撃は一瞬、それに全てをかけるだけだ。
それまで、私の肉体が根を上げないよう、強靭な精神と理性でこれでもかと抑制する。
溶けた瞬間の反動など知ったことではない。ここで超えられなければ、私はこの先、何をしたって超えられない。
そう、私の夢が告げている。
「────クサナギ────」
プラノード抜刀術の中で最も高火力で、最も体力を持っていかれる技。
最速のライキリと違い、反動を考えないことを前提に作った諸刃の剣。その分、自分の理性と肉体の限界が許す限り、いくらでも技量、威力、速度を上昇させることができる。
こんなのは技とは言わない。相手と確実に相打ちになるためのものだ。
それを今回は、自分が反動に耐え切れる限界地点まで引き上げる。
多分、次の日から動けない日がそこそこ続くと思うが、それを考えてしまってはおしまいである。
自分の肉体が熱線に追いつき、標的を見据える。
今にも熱に焼かれて蒸発しそうなそのダミーに向けて、私は渾身の一撃を合わせ放った。
─────。
爆発のような音が聞こえた。目の前は真っ白になり、音が消え、光が周囲を埋め尽くす。
浮遊感がどこまでも私の身の回りを漂い続けて、そして――
「が────ぁあ……」
私を目覚めさせたのは、皮肉にも肉体限界だった。
恐ろしいほどの激痛が全身の神経を焼き尽くす。体が痙攣し、思うように動かない。
先ほどまで握っていた木剣は、刃部分が完全に粉々に砕け、私の手からあっけなく離れていた。
ただ、ここで立ち上がらなくてはならない。
私は敗者ではなく、目の前の対象を倒した勝者として、ここに立っていなければならない。
自分もやられてしまうなど、それは断じて許されない。
最後に立っていた者が勝者なのだから。
「………………」
「──記録を完了。スタッフ、受験者のサポートを!」
アナウンスの声色に意外性を感じる。どうやら私は、試験官の意表を突く一撃を放つことができたらしい。
今はそれだけでも、かなり満足だ。
「君! 大丈夫か!?」
「はい」
私は申し訳なさそうにそう言い、スタッフの手を借りながら試験場を出た。
なんとか立ち上がることはできたものの、そのあと一人で歩くことはままならなかった。
結果はどうあれ、出し切れた以上、悔いはない。
私は、もしものために控えていた医療スタッフに少し診てもらい、夕暮れには動けるようになって、そのまま無事に試験を終えることができた。




