046話「なんでも先にある。」
夏の長い日々も時が経ち、夏休みに入った。とはいえ最高学年である私や同級生たちは、それぞれ就職に向けた勉強や準備に追われ、空いている時間は意外と少ない。そうは言っても、私のやること自体はあまり変わらない。毎日鍛錬を重ね、戦略と戦術の本を読みながら、剣と魔法の修行に打ち込む日々だ。
獣人族は基本的に身体強化からの攻撃を主軸に鍛えるが、私はハーフなので、魔法・魔術剣術・剣術・身体強化と、四つすべてを鍛えなければならない。もちろん全てを長所にし、苦手な部分をなくすつもりだ。オールラウンダーという立場は将来的に目指しているが、それが難しいことも理解している。
単騎で戦うならまだしも、異界探索部隊は文字通り部隊規模での行動が求められる。考えるべきことは山積みだ。それでも逃げる気持ちは微塵もない。苦しくて辛い道だとしても、それ以上に自分を許せない。
「ラナさん!」
「……クリス?」
公園で一人、空いている場所を見つけて剣術の練習をしていた最中、クリスがいつもより薄着の格好でプリエルを連れて現れた。夏休みに入った公園は緑に満ち、空から射す陽光が、暖かさを通り越して暑さを感じさせる空間になっている。
島という立地もあって海風が心地よく、そこまで不快ではない。
「本日も鍛錬ですか? お日柄も良くて。」
「うん。半年後にはいよいよ本格的になるから、今のうちから少しずつでもと思って。」
「流石の姿勢ですね。私はまだまだ、遊べる時には遊ぶという楽観派です。」
「でもクリス様、魔術の鍛錬はしてます。」
「……プリエル。」
プリエルは最近、口数が増え、表情もずいぶん柔らかくなった。少し前まではそれを隠すような様子もあったが、クリスと一緒に生活して感化されたのか、今でははっきり物を言い、会話もしっかり成立する。
「最近この子、ずいぶん口達者になったんですよ。」
「そうだね。」
「……。」
そう言われてプリエルは少し押し黙る。自分の成長を話題にされる恥ずかしさは、よくわかる。
「少し休憩しませんか? その様子だと一時間は続けているでしょう。」
「あ、うん。ごめん、時間忘れてた。」
「夢中になるのは結構ですが、息抜きもしませんと。」
クリスが地面に座ろうとした瞬間、プリエルが折りたたみ椅子を展開して滑り込ませる。続いてテーブルスタンドを素早く組み立て、ティーカップに紅茶を注ぎ、組み上がったばかりのテーブルに正確に置いた。
「……プリエル、従者ムーブが板についてきたね。」
「クリス様に、次の行動を予測してやれって。」
「その言い方だと、私がパワハラしているみたいで嫌なのですが。まあ事実ですし、助かってます。」
「パラソルも持ってきた!」
「流石ですね。」
本当に利口になった。
以前はただ後をついてくるだけだったが、今では完全に専属従者、それもクリス専用といえるほど身のこなしが洗練されている。
「プリエル、せっかく公園に来たのですから、少し遊んできていいですよ。」
「わかった! 遊んでくる!」
プリエルは目を輝かせ、公園の広場へと走っていった。私はタオルで汗を拭き、水を飲みながら、クリスが優雅に過ごすパラソルの下へ移動する。四人ほどが余裕で入れる大きさだ。
「プリエル、あんな一面もあるんだ。」
「ええ。元々あれくらい自由奔放ですよ。遊具で遊んで、知らない子と友達を作るくらいには。」
「……私、同い年の頃そんなことしてなかったな。」
「では混ざりに行きますか? レッツ青春。」
「いや、流石にもう十七だし。」
年齢以前に、心が場違いだと感じてしまう。
「こうして公園に来て、よく遊ばせているのです。あの子、意外と遠慮するところがありますから。」
「……プリエルって、一人なのかな。」
「記憶にはないそうです。親族がいる可能性はありますが。」
「……そうだったら、どうする?」
「本人の好きにさせます。帰りたいなら返すし、帰りたくないなら死ぬまで私のそばに置きます。」
「……クリス、案外面倒見がいいね。」
「当然です。」
「だからプリエルも慕ってるんだと思う。私にはできない。」
「……。」
「プリエルって、クリスより長生きするのかな。」
「ダークエルフの寿命は不明ですからね。平均寿命がわかっていないのです。」
「最長は?」
「五百五十年です。」
「エルフより長いんだ。」
「あくまで最長です。エルフの五百年は平均ですから。」
「……クリスは?」
「私は百年生きますよ。」
「え。」
「技術も医療も進歩してますし、頑張れば。」
「……ラナさんより先には死にたくないですね。」
「どうして?」
「一人にしてしまいますから。」
「……ありがとう。」
どう返せばいいかわからなかった。
「百年ですか。」
「どうしたの?」
「いえ、プリエルがナイスバディになっている想像を。」
「……全然できない。」
「ですよね!」
「背、伸びるのかな。」
「成長はゆっくりですから、可能性はあります。」
「そっか。」
獣人族は人間と外見成長が似ている。だがエルフは大人になるまで五十年かかる。
「……大人って、大変そう。」
「でも、できることは増えるよ。」
「それでも今のプリエルくらい自由なら。」
「クリスはどこに行っても変わらないでしょ。」
「それ、どういう意味ですか。」
「……将来、決めてるの?」
「私は争いが好きじゃありません。」
「じゃあ魔術科学者? 教師?」
「フリーが似合いますよ。」
「……ごめん。」
「ラナさんは相変わらずですか?」
「うん。」
「お互い頑張りましょう。」
「……うん。」
遠くではしゃぐプリエルを眺めながら、私たちはこれから先の未来を思い描いた。必要だけど退屈な日々。それでも、こんな陽射しの下で友と語れる時間があるなら、悪くないと思えた。




