045話「教会へ」
夏が始まりフュードルド学園は春の陽気から一転して暑い日差しが向けられる日々となった。私は最終学年生として日々勉強と就活準備に励んでいる、私が目指す場所はただ一つだけ異界探索部隊だけだ。
異界探索部隊とは数年前に設立された。書いて字の通りの異界の探索をする職業だ、発端はA.C始まって以降様々な地域で見られる失踪事件、それが異界と関係があることから消えた人たちの捜索、奪還、及び異界の調査を名目に結成された部隊である。
未知の世界に足を踏み入れて、消えた人たちを探す。なんとも正義感あふれるスローガンではあるが、こうしたものの裏には必ずと言っていいほどの脅威が存在する。
異界探索部隊は限られた精鋭しか入ることが許されない。軍隊とは違って部隊であることからそもそも選ばれる人から仕事をする人まで何から何まで少なすぎる。
ただその少数精鋭は間違いなくこの大陸、この私たちの生活圏で最強の称号を得るものたちばかりだ。
(自惚れるつもりはない。)
私はそんな勇者になるつもりはない。私はただ自分の願い、母の願いのためにあの場所に行く、全ては異界に落ちてしまったであろう父を探すために。
ただ異界探索部隊が今まで異界の調査以外に成果をあげたことがないことは知っている。それはつまりいなくなった人物は異界にはいない、もしくは彼方の方で死んでしまう。
異界探索部隊がどれだけ過酷な仕事かは噂だけでもよく伝わってくる。異界とは紛れもなく地獄なのであろうと、そしてそんな地獄に浸れば命はない。
(でも、きっと。)
私の父は生きているとそんな確信がある。自慢したいわけじゃない、ただ父はなんとなく死にそうにない人物なのだと。そう思っているだけだ。
「………。」
ふと歩いていた足を止めて目の前の建てられたばかりの教会に目がいく。
(こんなところに教会なんてあっただろうか?)
そんな私の疑問は半年前の記憶によって思い出された。建設途中の教会に一人の神父らしき人物と会話をした思い出だった、あの時は一人の少女として未来に描かれる不安を少しだけ話して導いてもらった記憶がある。
結果として私はあの時の不安を乗り越えてなんとか誰も欠けず最優の未来を選び取れた。
(お礼を言わないと。)
その一心で誰も見向きもされない重々しい教会の扉をゆっくりと押す。新築のはずだが重厚感が利いた扉を押し開けると、そこはステンドガラスの光が常に差し込む神聖的な空間が露わになっていた。
「…………。」
質素な装飾、偶像崇拝は宗教行動の一環だろうかイメージしていた大きな女神像も神の彫像もそこにはなかった。あるのはただただ並べられた椅子に木製の台が一つ、そしてその奥で読書に勤しむ中年の男性だけだ。
教会内には誰もいない、誰も近寄れない雰囲気を外から感じるように内には文字通りの招かざる客しかいないのだろう。そういった意味では私は適任者だ。
この中で誰にとっても招かれてないという自己意識がある。
「おや、」
神父が私に反応した。一人だったから、何も変わらない風景に何かが映ったら気づくだろう。ただ神父は私一人だからと言って邪険に扱うようなそぶりは見せず、一つ一つの動作は滑らかながら落ち着いてそして台の前に立って私を聖職者のようにもてなす準備をし始めた。
それを望んでいるわけではないが、その姿が妙にしっくりしていて、私は彼の準備が整えられるまでの一、二秒をボーッと過ごしていた。
「お久しぶりですね。」
「……お久しぶりです。」
相手はこちらのことを覚えていたのか、にこやかに挨拶をした。対して私はそんなこと想像もしていなかったので少し遅れながら驚きを抱えて返事をする。一歩、二歩と警戒する心持ちでゆっくりと台の方へと近づく。
「……教会、完成したんですね。」
「はい。なんのトラブルもなく時間はかかりましたがこの通り。」
「お元気そうですね。」
「はい、くるもの拒まずの心意気で毎日穏やかに過ごさせております。貴方の方はなんともなく?」
「はい。少し学園内のトラブルはありましたが、概ね。」
「それはよかった。実は、貴方が訪れるのを少し心待ちにしておりました。」
「そう。」
「さて、どうぞおかけになって。本日はどのようなご用件で?」
「………。」
私は並べられた長椅子に座り、ゆっくりと呼吸をしながら考えをまとめる。ここにはお礼をただ言いにきただけなのになぜここまでプレッシャーを感じるのか、いや正確には自分に真剣にならざる終えなくなるのか。
「お礼に来ました。貴方の助言のおかげでなんとか逆境を取り超えられたので。」
「そうですか。それはまた嬉しい話であります。私は特段聖職者というわけではありませんが、誰かの悩みを聞き解決の糸口になればという気持ちですので。」
「……ありがとうございました。」
「はい、どういたしまして。」
「あの、少しだけ相談を宜しいですか?」
「もちろんです。」
「………私は今少し迷っていて、」
私は自分の人生を歩むべきだと多くの人から言われているような気がする。そうあるべきだと言われている。だが私自身はそんなことに相応しいだなんてちっとも思わない、それどころかそう思うのは私にとっては不自然でいけないこと、よくないことだと認識している。
身勝手だろう、でもそれが決して変えられない理由がある。
そのことをオブラートに包みながら神父へと伝えた。
この人の前にいるとなんでも懺悔したくなるような気持ちになる。雰囲気と服装がそうさせているのかもしれない。
「なるほど。でしたら、こう考えたらいかがでしょうか?」
「?」
「貴方は、その自分に課せられている役割を全うするまでの間、他人を歩む。そしてそれが終わった時初めて自分として生きる。」
「………そうだとして、私は自分になれますか?」
「もちろんです。心の底から納得できないのでしたら、いくらでも探して探して歩き続ければいいのです。自分という存在がなんなのかは生きている内には分かりずらい、もしそれが見つかりでもしたら全てが些事のように考えられてしまう。ですが、覚えておいてください人とは本来一生をかけて自分を探す生き物だと。なんど、世界に振り回されようとも、何度他人に振り回されようとも、最後にその足で歩まなくてはいけないのは貴方なのです。これは責任ではなく責務に近いでしょう。」
「責務、責任と。」
「違いは簡単です。それが自分で掴み取ったものか、与えられたものかの違いです。責務とは自分で見つけた自分の責任、誰かに取られることなく誰かに押し付けられて発生したものではなく、自らの意思と向き合い続けることで初めて生まれる、いわば自我のようなもの。対して、責任は誰かから押し付けられるもの、ただそれ以上の意味は持ちません。」
「ですが、責任は必ずあるものでは?責務なんてものは。」
「結局責任の影と言いたいのでしょう。もちろんです。ですが、ただ一人自分が世界にただ一人しかいないことをどうか考えてみてください。その時貴方の胸で燻っているものが、間違いなく責務なのです。」
「………。」
「安心してください。貴方は自分が弱いと思っていますが、その年でここまで悩み抜いてそして自分の在り方をなんとか考えようとする。それは誰にでもできることではありません。ですから、どうか未来は明るいものだと少し信じてはみませんか?」
「…………はい。」
実感湧かない。彼の口車に乗せられているだけなのかもしれない。けれども、それが今は一瞬の心地よい夢に感じる。この気持ちはおそらくすぐに過ぎ去ってしまうけど、もしかしたらふとした瞬間で思い出になるかもしれない。
そう願って私は。
「……ありがとうございました。」
「いいえ、それでもまたどこかで会いましょう。」
神父は私の目を見て何かを察したのかそう言って背中を押し出してくれた。教会の扉は帰る時にはこれまで以上に軽かった。




