044話「先輩の頼み事」
春休みも終わり、春から夏へと変わっていく日の出来事だった。学園の授業を終えた私は昼食の時にラプから放課後大図書館に集まって欲しいというお願いを思い出し大図書館へと向かった。小説なんかとは無縁な私は学園外の本屋に寄るタイプの人なので大図書館には滅多に来ない。学園祭ぶりにきた大図書館はあの頃と違ってとてつもなく静かだった。
本来こうあるべきなのだが、毎度のこと大図書館への訪れに感覚がありすぎて、印象が塗り替えられる。
大図書館のどこら辺で待ち合わせなど決めてもいなかったため、私は広大な本棚の中を練り歩いた。さほど時間はかからず入り口からすぐ近くのところに彼女の姿を見つけた。
「ラプ、お待たせ。」
「あ、ラナ先輩すみません場所をお伝えしておくべきでした。」
ラプが座っている机に向かい合う形で座り、少しあたりを見回す。
「毎回この席に座ってたりするの?」
「……はい。入り口から近くて陽が直射しないので、」
わかってしまいましたか。っとあからさまな顔で答えるラプ、自然とそんな気が向いた質問だっただけだというのに。
「それで、今日はどんな要件で?」
「あ、はい。その今日は相談なんです。」
「相談。」
ラプがそのような人物に見えないわけではない。誰だって何かを抱えるものだ、それが大きいか小さいかは関係なく、ラプが今回はその番だったということ。
「………私、もう三年生ですよね。」
「うん。」
「なら、そろそろ将来のこととか考えた方がいいなって思って、でもなんかなかなか決められずに。」
「……授業でそういうことやったの?」
「あ、わかっちゃいますか?」
「まぁね。ここに学びにきて早々に決めろって言われる感じがするから。私の周りもラプみたいに困ってたよ。」
「そうなんですね、先輩たちも。」
三年生ごろになるとこうした将来何になりたいかというのを、授業で取り扱うようになる。その後の授業方針にはさほど響かないものの、フュードルド学園は自由な校風とは裏腹に意識的な面にはかなり力を入れている。
それはやはり平和な世界において自分を表現して欲しいという作者の意図が込められているのだろうが、それを選べるほど私たちも自分が確立しているわけではない、ことまだ貧富の差は絶妙に埋まっていないのだから全てにおいて自由なんて気軽に歌えるものではない。
「先輩と、クリス先輩は───。」
「私は、ほら……クリスもあの調子じゃ突然王位を継ぐなんてやってもおかしくないし。」
「クリス先輩、多趣味ですもんね。」
クリスは色々なことに手を出してはそれらでほとんど完璧を目指す。自由さは王位を引き継ぐことにはつながらないものの、新しい風を巻き起こしかねない力は十分にある。
もしそうじゃなくても常に衝動で利益を生み出し続けるまさに荒ぶる商業家のような人物だ。
「………私、全然決めてなくて。」
「本が好きなら、それに関係する未来は?」
「…それも考えたんですけど。なんかピンと来なくて、自信がないのもそうなのかもしれないんですけど、好きと仕事は何か違うかなと思いまして。」
「……。。」
確かに全員クリスのように全てに才能がある人物ならこんなことで悩みはしないだろう。だがラプはどこにでもいる本が好きな普通の女の子だ、私たちとは違う。
私も将来は自分の好きなことというかやるべきことをやるという意識なせいかラプが今言った言葉には同調しかない。好きなことを仕事にするとはつい最近じゃ当たり前の意識だが、仕事を通して好きが嫌いになったらどう責任をとってくれるのか?と声も少なくないような気がする。全部世間の名もない声なのだが。
「……」
先輩としてここは何かを言ってあげたい気持ちになるが、未来を定めた私と未来が定まっていない彼女、その違いは思ったより激しい。表面上じゃわからなくても、内心じゃ色々な葛藤がある。何かいい言葉をかけたいが、それが見つかりずらい。
「ラプは本を書くのとか興味はないの?」
「書く、そういうのはあんまり。私はその、ただただ本が好きなだけなので。」
「なら、出版社とかは?」
「出版。」
「最近できた職業だよ。本を売りに出す仕事、本を広める仕事っていいかともできる。」
「本を広める。」
「ラプが本当に本が好きならどうかなって思ったんだけど。」
「………ありがとうございます。その、ちょっと調べてみようと思います。」
「うん……その、ごめんね。私はあんまり人の相談に乗れる人じゃないから、うまく答えられないんだ。」
そもそも私に、誰かの自由に声をかける権利なんてないのだ。
「いいえ!その、先輩は今はお忙しい時期だと思いますし。私の方こそ、今日先輩に少し話せただけで気分が楽になりました。本当に。」
「それはよかった。」
「先輩の将来は──やっぱり異界探索部隊に?」
「うん。もしかしておばあちゃんから聞いた?」
「はい……すみません!」
「いいよ、おばあちゃんは口が軽いから、もしかしたら言っているかもなって、でもそっか。」
なんだか知られてもいいと心構えをしていたというのに、なんだか少しショックを受けている自分がいる。
「……ラナ先輩、気休めかもしれないんですけど。無理しないでくださいね。」
「───ありがとうラプ。」
私はラプの言葉にいつもと変わらない顔で返した。彼女の言葉は引き止めるわけでもなく、ただただ辛かったら辞めてもいいという穏やかで優しい言葉だった。
けれど、本当に申し訳ないことに私はもうそれでは止まれない、私の人生はすでに定まった。私の人生はとっくの昔に終わりを迎えていたのだと、人知れず誰にも話さず決意した。




