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040話「幼い頃に見る夢は」



 故郷に帰るとき、私は夢を見ない。

私にとって夢というのはいい思い出ではなく、間違いなく自分を戒めるための幻像だ。私は悪夢以外のいい夢を知らない。目を瞑って夢を見る時、それは一瞬心地よいものだと思う。

陽の光に当たる夢、友達と仲良く会話をする夢、家族と過ごす夢。そのどれもが当たり前で、実際に起こりうる優しいものであるはずなのに、そう、ちょっと前に進んでみれば、一歩その夢の中で歩いてみれば、その先はただの奈落だった。


 気づいたら自分は真っ暗な奈落のところへ落ちている。振り向けば、あったはずの優しい世界がどんどん遠ざかっていく。


 (あぁ、だから。)


だから私の夢は、最後の最後には悪夢になり変わるんだ。


 「……っ。」


馬車が大きく揺れたのか、私は重い瞼を瞬時に開けて周りを見渡す。そして先ほどのものが夢であることを認識する。私の肩に寄っかかっているのはラプだった。クリスもプリエルも、長い道のりに飽き飽きしていたのか眠っている。

陽の光が暖かかったことを記憶している。だが外の窓を見てみれば、そこは夕暮れ時に変わっている。とすれば、私の故郷はもうすぐ見えてくるはずだ。


前に母に、馬車で行けば大体九時間くらいで行けると教えてもらったことがある。エルザードおばあちゃんの背に乗れば、もっと早く着けるそうだ。


 「お客さん、もうすぐ着きますよ。」


 「ありがとうございます。」


私は馬車の運転手に先んじて礼を言う。私たちが寝ている間、私たちを運んでくれたのは間違いなくこの人だ。それが仕事による一時的な関係だったとしても、お礼を言うのは当然のことだ。


 「いえいえ。それにしてもレオーナの街はいいところですよ。王都と違って文句を言ってくる連中もいない。差別もなければ、誰でも住みやすくていいところです。」


 「……そうでしょうね。」


にこやかに話す運転手は、相当にあの街のことが気に入っているらしい。私も無論あの街のことが好きだ。ただ──


 (ただ……あまり帰りたくはない。)


馬車の窓から建物が少しずつ見えてきたら、街に来た合図である。私はこの故郷へと再び帰ってきた。三人を軽く揺らして起こして、いつでも降りられる心構えと準備をしておく。雪原の中の道を越えて、石畳の道に入ったら、ようやく到着だ。


 「んー! 疲れましたわ〜!」


 「クリス様、寝てただけ。」


 「寝てても疲れるんです。」


 「……荷物下ろさないと!」


三人ともこの街に来たというのに、まるでいつもと変わらない態度である。眠気がまだあるせいか、そもそも特別感もへったくれもないのだろう。私はというと、再び戻った街に、ぼーっと感傷してしまうような心はある。


 「お変わりありませんか?」


 「全然。本当に変わってない。」


 「それは結構。」


クリスは私の声色を察してか、荷物下ろしの方へと向かった。今の行動、私を気遣ってのものだったのだろうかと少し深読みするが、今はどちらでもいい。私もいつもと変わらず、荷物下ろしの手伝いをしなければならない。

そうだ。この街に来たのなら、いつもと変わらずに。


 「ここが先輩の故郷……なんか空気が美味しい気がします!」


 「王都と違って、自然が豊かですからね。」


 「なんか、聞いていた話より穏やかですね。どこもこんなもんですよ。王都が特別騒がしいだけです。」


日中問わず人がごった返し、挙げ句の果てには真夜中ですらうるさい王都を常識と捉えてはならない。夕暮れ時になれば店が閉まって、空いているのは宿屋か酒場くらい。それが普通の街というものだ。空が紫色に染まる今の時間帯では、ほとんどみんな家に帰って家族と過ごしているのだろう。


 (私も……今日は。)


 「クリス先輩、宿屋どうしましょうか?」


 「ラナさん。」


 「一番大きい宿屋ね。ここから少し歩くけど。」


 「構いません。」


私は記憶にある通り、街で一番大きな宿屋へと向かう。そこに泊まった記憶はないものの、生まれ育った土地勘が狂うほど、私も薄情ではない。逆に二年に一回は帰っているのに、本当に十年ぶりにここに帰ってきたみたいな気持ちになって仕方がない。それでいて、恐ろしく見覚えのある建物が並んでいるのだ。ため息が出てしまう。


 「……ラナ先輩、知り合いとかって?」


 「いるよ。でも、流石に私もよく帰ってきているわけじゃないから、みんな覚えてないんでしょ。」


 「そ、そうですか。」


 「あら、ラプさん。挨拶されるかと思いましたか?」


 「は、はい──って、どうして?」


 「まぁ、ありがちな展開だからですよ。私も本はよく読む方なので、テンプレートというのをよく知っております。」


 「私は、それに当てはまらなくて残念だったね。」


 「ラナさんの場合、成長し過ぎて、きっとお気づきになられないのでは?」


 「そうだといいね。」


実際、容姿の方は成長しているのかもしれない。背は高くなった。胸は全く成長していない。筋肉はそれなりについた。

とびっきりの変化じゃないけど、確かに変わった部分はあるのかもしれない。母が童顔だったから、私も顔つき自体はあまり変わらないのだろう。


っと、そうこう考えているうちに目的地である宿屋に辿り着いた。昔よりさらに増築したのか、思っていた以上に数倍大きく感じる。


 「ここですね。空き部屋があるか確認してきます。」


クリスはそう言って、宿屋の中に単身乗り込んで行った。私たちはクリスが出てくるまで、適当に外で待機する。紫色に染まっていた空も一気に深い青空になり、夜空には星がだんだんと出てきていた。王都では見ることができなかった光景に、久しぶりに感嘆の声が漏れる。


 「……。」


 「綺麗な星ですね!」


 「……うん。」


パラボロフ島、フュードルド学園では、この夜空はもちろん見えている。それなのに、ここレオーナの街で見る夜空は、いつも以上に特別な気がする。いや、実際に特別なんだろう。

この夜空とは少し違うが、昔、夏の時に父と見たあの星月夜によく似ている。父は、星には法則性があって、星と星を線で結ぶと一つの存在が浮き出ると話してくれた。幼い私は自由意志のまま、好き勝手に色々繋げては、父にそれを自慢げに話すような人物だった。


今の私から見れば考えつかないような性格だ。毎日が鍛錬と剣で、今の私には自由らしき自由はない。あの時のように、何も不満なく笑うことはできないんだろう。


 「ダメでしたわー!」


 「え、ダメだったんですか?」


 「満室というより、荷物の量を教えたら遠慮されました!!」


 「まぁ……うん。」


私はプリエルが引っ張ってきた荷物の量を上から下まで見上げる。確かにこれは遠慮されると納得する。明らかにジャンクの山に見えるそれは、荷物というよりゴミ山に近い。


 「仕方ありません。野宿と行きますか?」


 「えぇ!? 野宿ですか!?」


 「寒そう。」


 「仕方ないではありませんか!」


 「……最後に、アテくらいはあるけど?」


みんな野宿に反対な意見だったので、私が静かに手を挙げると、全員私の方を振り返った。期待値がすごい気がするけど、別に凄くもなんともない。ただ、今日寝られるだけの場所を用意するだけだ。まぁ、それが相手にとって迷惑じゃなければいいけど、と思いつつ。


 「あら、ここは。」


私はみんなを連れて、懐かしい店の前まで来た。他の店に比べて近年建ったばかりだからか、とても新しい造りをしている。家と店が混合になった造りは前からあるものの、ここまで大きなところはなかなかない。そしてこの店は、一見慎ましやかではあるものの、ファッションにおいて最先端の道を進んでいる。


店の明かりは点いているが、クローズの看板がこちら側に向いている。こういう時、彼女は意地でも出ないか、気が向いたら出るタイプの人なので、応じてくれるかどうか……という気分のまま、扉を二回叩く。


 「はーい。」


……と言葉の後に、何やら文句が聞こえた気がする。らしいっちゃらしい。


 「今日はもう閉店じゃぞ────って。」


 「……ごめんなさい。少し泊めてくれない。」


 「────────」


老眼鏡をかけた少女が、私の前に出てくる。その雰囲気から、ただの少女ではなく、実年齢は数百歳を超えていることがなんとなく察せられる。その人物はここの店主であり、私の服を定期的に仕立てては送ってくれる人物でもある。


 「カ────っ!?」


 「か?」


 「帰ってきおったーーー!!!!!!!?」


と、バタンっと力強く扉が閉められる。そして扉の向こう側から、慌ただしい二つの声が交差しつつ、なんやかんやあっていることが窺える。もちろん扉の前に立った私、そして後ろの三人は困惑状態だ。本当に何も変わっていない反応だ。というか、予想通りすぎて、少しは変わってくれないと困ってしまうまである。


 「ラナ──ラナ! 帰ってきたんじゃな!!」


 「本当だ! ほら言ったじゃん! ラナは帰ってくるって!」


 「……久しぶり。」


テンションがあまりにも高いおばあちゃんと、後ろにいるエルフルが顔を出している。私はその歓迎ムードとこちらとの落差に躓きそうになりながら、少し苦笑いで対応していた。


 「早速で悪いけど、ちょっと頼みがあって。」


私はエルザードおばあちゃんとエルフルに、三人のことについて話した。聞いていたおばあちゃんは、うんうんと頷きながら、クリスが持ってきた荷物の量には擁護できないような、絶妙な反応をしながら答えていた。流石のイレギュラー慣れしてきた彼女でも、クリスの心配性を上回ることはできなかったらしい。


 「うむ。大体理解した。とりあえず一泊だけで良いのじゃな。」


 「うん。できそう?」


 「まかせろい! 幸い、もしもの時の空き部屋はそこそこあるからの。ラナの友達と後輩であれば、止めない道理などない。」


 「よかった。」


 「それでは、とっとと荷物を運んで、風呂でも入ってくるのじゃ!」


 『はーい!』


みんなエルザードに感謝しつつ、荷物を運び出すためにそれぞれ動き始める。その中でもクリスは、早めに荷物を運んで、エルザードと何やら話したいことがあったらしい。


 「エルザード様。一度お会いしたいと思っておりました。ナリタ・クリスです。」


 「ナ、ナリタ? そ、そうか……お主があの。」


 「あら。父と私は別ですから。」


 「それはわかっておるんじゃが……うーむ、あのチート勇者に痛めつけられた記憶が蘇っての。」


 「本当に、父がご迷惑を。」


 「いやいや、お主が謝るな。」


 「それはそうと、少しお話よろしいですか? 服のことについて。」


 「ほぉ。」


クリスは、あれでも多趣味な方だ。エルザードおばあちゃんとの服の趣味の話なら、かなり乗っかることは間違いないだろう。私は賑やかなムードがおばあちゃん中心になってきていることを感じると、少し下がりながら、その場から離れようとする。


 「ラナ。」


 「プリエル。」


そこをエルフルが静止する。私を引き止めようとしている、というより、私に何か伝えようとしているのだろう。


 「……家族の時間を、大切にね。」


 「うん。わかってますよ。」


エルフルが私に向けて言った言葉。その意味は、もう分かっている。

私は店を出て、寒い風に当たりながら、すぐ近くにある見慣れた家の前まで、ゆっくりと歩く。一歩一歩その場所に近づくたびに、あの暖かい陽光の中で眠っていた記憶が、耳に響き渡る。


 「……っ。」


それは、思い出すだけでとても辛かった。正直、私は家に帰りたくないのかもしれない。

でも、それでも会いたい人はいる。本当は泣きたいほど謝りたいのに、私の帰りを笑顔で待ってくれている人がいる。


私は、その人のために、足取りを止めはしない。

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