039話「冬休み十三、」
王都に来て七日目の朝がやってきた。今日が予定ではパラボロフ島に戻る日ということになる。一週間という、長いようで短いひと時は、変わった環境もあってか、最初から最後まで新鮮だった。
――と感情に浸っている私だが、実のところ最終日は最終日でやることがある。というか、昨日聞いた話では、まだまだパラボロフ島、フュードルド学園に戻れそうもないのだ。
『え、レオーナの街に?』
『はい。最終日はやはり、ラナさんの生まれ故郷に行きたいと思いまして!』
クリスの意見に、二人の後輩も同意してしまった。私は気難しそうな顔をして、確かこう言ったはずだ。
『残念だけど、ここからレオーナの街に行ったら、少なくとも日帰りはできない距離だよ。ホテルは今日チェックアウトしちゃうし、どうするつもり?』
『でしたら、向こうで宿を取りましょう。』
『その大荷物が入る宿があればね。』
『ありますよ、きっと。ない場合は少し策を巡らせます。……で、よろしいですか?』
その策がなんなのか聞きたい気持ちを抑えつつ、二人の後輩も乗り気だったため、私は泣く泣く了承し、本日、実家のある街へ帰省することとなった。
私としては年末までに帰りたい気持ちでいたので、少し早めの帰宅となる。早く帰るのは悪いことじゃない。むしろ良いことだ。だから私は、今回のクリスの提案を真正面から受け入れたのかもしれない。
「さて、みなさん。準備はできていますか?」
「こっちのセリフだよ。」
相変わらずのクリスの荷物量を見て、 「こんなに多かったっけ?」と少し驚きつつ言う。クリスはもちろん、当然と言わんばかりの顔をしたまま、プリエルとスタッフの人に荷物の多くを運んでもらっている。
「クリス先輩、この荷物、どこに向かっているんですか?」
「外に行けばわかります!」
ラプの素朴な疑問はもっともだった。私たちは集合場所であるロビーを出て、日差しの当たる街道へと向かう。そこに待ち構えていたのは――
「……。」
豪華な馬車だった。まるで王族が乗るのではないかと思うほどの豪華さだ。
その後ろには大きな車室、さらにその後ろには縦長の荷物置き場が連結されており、今回の旅で 「何かあった時用」として持ってきたものの、一切使われなかった道具たちが次々と積み込まれている。
馬は通常よりも大きく、二頭立て。その馬力で、あの大量の荷物を引いていくという、すさまじい執念と覚悟を感じた。
あまりの情報量に一瞬混乱しながら、私はクリスを振り返る。
「クリス、どうしたのこれ!?」
「もちろん、昨日街を回っている時に良いサービスを見つけたので、それに頼みました。幸い、お金はありますから。」
「ポケットマネー?」
「もちろん。ですから、ご安心を。」
相変わらず、やっていることが頭からつま先までめちゃくちゃだ。この七日間で、そんなクリスは見られないと心の底では安心していたというのに。
(……いや、意外とクリスマス中も通常運転で無茶苦茶やってたような。)
これ以上考えてはいけないと、脳が思考にロックをかけたところで、私は大きく一つため息をつき、なんとか目の前の状況を受け入れた。
「あの馬車の方は?」
「ラナさんが長くなりそうとおっしゃっていたので、二台だけ引っ張っていくのもどうかと思いまして。せっかくですから、乗って行こうかと。」
「え? あれに乗るんですか、私たち!?」
「そうです。足腰が痛くならないように!」
「ほんと、相変わらずやってることがめちゃくちゃ。」
「混沌は私の専売特許ですから!」
「最悪のラインナップだよ。」
ジョークを交わしながら、私たちは自分の荷物を後ろの荷台へと積み込む。その途中で、ふと疑問が浮かんだ。
「これ、盗まれたりしないの?」
「自己責任だそうです。ご安心ください、私の魔術がすべて守ります。」
「……なるほど、通りで。」
サービスの一環があるなら、こんな馬車には乗れない。盗難のリスクを完全に無視した結果、クリスが選んだというのがよく分かる。
実際、クリスはスタッフに預けるよりも、自分の魔術で守ったほうが早い派だ。これは納得できる。
それに、私もクリスの方が信頼できる。
「みなさん、すべての荷物は積み込みましたね。先に車室へどうぞ!」
「あれ? クリス先輩は?」
「魔術の重ねがけ作業があるから。って言っても、すぐ終わるけどね。」
私はプリエルとラプの背中を押しながら車室へ入る。さすがはクリスがポケットマネーを使っただけあり、中も外に比例するように豪華だ。
以前、クリスの馬車に乗せてもらったことはあるが、それには及ばないものの、椅子はふかふかで、良い匂いがする。ガラス越しの風景も、安物とは違ってキラキラして見えた。
太陽の光が街の建物の合間を駆け抜け、私の膝元へ落ちる。冷えていた体が、膝からじんわり温まっていく。
「……魔術の重ねがけって、すごく難しいんじゃなかったでしたっけ?」
「普通はね?」
「クリス先輩は普通じゃないと?」
「ないない。いつもは普通を演じてるだけ。その気になれば、高速詠唱、詠唱省略、限定的な無詠唱までできる。」
「え────そんなに!?」
「うん。そんなに。」
「……クリス様、なにがすごいの?」
私たちの間では常識の魔術師レベルの話も、プリエルにはまだ馴染みがないようだった。無理もない。彼女はまだ一年生で、魔術の基礎も基礎しか学んでいない。
「えーと、クリスは紅茶を飲みながら、コーヒーを淹れられるってこと。」
「すごい。」
「今の例えで分かったんだ。」
「わたしはできないから。」
判断基準はそこなのか、と思う。私も、魔術的に異常なことを現実の何に例えるか、その表現力がクリスほど自由ではない。
「プリエルちゃんも、魔法は無詠唱で使えてなかった?」
「?」
「あれ?」
「いや、使えてたよ。多分、本人が自覚してないだけ。」
「??」
魔法も魔術と同じく、基本的には詠唱が必要だ。詠唱なしで使うのは、今の教育体系ではありえない。
もしそんなことができるなら、それは魔術以上に天才的な直感が必要になる。
魔術は自分の体内から引き出す力を事象に変換する技だが、魔法は世界樹の根から供給されるマナを使う技。名前が似ているだけで、使い方もカテゴリーもまったく違う。
出力は同じでも、根源が違う――そう言うのが一番しっくりくる。
「じゃあ、プリエルちゃんって、やっぱりすごいんですね!」
「うん。私も、小声でも詠唱しないと魔法は使えないから。」
「……わたし? すごい?」
「すごいよ、プリエルちゃんは! 私よりもずっと若いのに!! あー、私も何か得意なことがあればいいんですけど。」
「ラプは普通が一番だよ。」
「それは嬉しいですけど……もっと何かないんですか? 先輩。」
「私にとっては、周りが一癖も二癖もあるから、ラプのまともなところは本当に助かってる。ごく普通って、すごく難しいんだよ。」
「……でも、何か特技は。」
「本は特技でしょ?」
「あれは趣味に近いんです。」
「私の剣も趣味だよ。」
「いやいや、でも先輩には夢があるじゃないですか。」
「──私のは、そんなに綺麗なものじゃないよ。」
そうだ。私の人生の目標なんて、夢だとか、綺麗な言葉で包めるものじゃない。
これは――ただの懺悔だ。
「お待たせしましたー! あら? 何やらお話中ですか? 混ぜてください!!」
「あ、出発お願いしまーす!」
二頭の馬を先頭に、馬車はゆっくりと動き始めた。街中では慎重に、しかし大きな門をくぐれば、そこから徐々にスピードを上げていく。
窓を少し開ければ、一面の雪景色。外から吹き込む風は凍えるほど冷たいが、私たちの心はいつまでも温かかった。




