037話「冬休み十一、」
手首を縄で固定され、私はまるで荷物のように運ばれる。建物の日陰の中を移動しながらも、私の体は少しも揺れていない。ニワトリーノのように頭が固定されているように、私の体は振動とほぼ関わりがないまま運ばれている。
私を運んでいるのは、体に密着している腕の感触的に男。目隠しはしていても鼻は利くので、静かに匂いを嗅ぐが、これがびっくり、何も匂わない。
(臭い消し。)
これを使っているということは、影で働くタイプの人なんだろうと予測する。とはいえ、目という重要なものが使えない中、この予測もただのお粗末なものに過ぎないというわけだが。
なぜこんなにも落ち着いていられるかという問いは、ただ一つ。どうしようもできないことを知っているからだ。私は体を捻っても、この男の能力には勝てない。そして、抜け出せたところで勝ち筋が見えない。
そのことがわかっているなら、まぁちょっと放任的な考え方だけど、おとなしくして、この移動の暇つぶしに情報を整理するしかないのだ。
(にしても、あの人はなんで私を?)
一番の疑問点にして、解決できない問い。暇つぶしにはもってこいだが、いくら考えても答えは出てこない。あの子供は、たしか昨日の、
(えーと、そうだ!ラグナース平原で見たんだ。あの時の私は確か、むかついてちょっと強めに注意したはず。)
仕方ないし、こっちに非があるなんて思わない。ただ、その結果がこれと来るならば、私もかなりやらかしたのだと思う。
(私はどこに連れて行かれるんだろうっと!)
考えをまとめていると、体が何かに落とされる感覚を覚える。感触は自分の尻にあって、少し背中を後ろに倒せば硬いものに当たる。これは多分、椅子だ。
つまり、目的地に辿り着いたということなのだろう。いけない。ここまでの道中のこと、あまりにも目が見えなくて退屈だったせいで、音に注力していなかった。ここが室内なのかすらわからない。
「……?」
頭あたりに何やら弄る人がいた。音ひとつせずに突然その行動なので、私は内心驚きつつも、嫌がりひとつせずにただ動かずにいた。すると目隠しが解かれ、自然と目を開けば、温かいオレンジ色の光に目が眩んでしまう。
「まぶし。」
「話せたのか。」
事前に出た声に反応した方向を見れば、ぼやけているが、少しずつそれが真っ黒な装束を身に纏った男だということがわかる。予測では、この人が私をここに連れてきたはずだ。
顔立ちは厳格そうに見える。目は鋭い。でも敵意が感じられないのは不思議だ。
「すまないが、ここでおとなしくしてもらう。下手に暴れないでもらいたい。」
「……手を拘束された状態で言われても、説得力はありませんが。」
「そうだろう。だが、すまない。」
なぜ謝るのか。ちょっと呆れる。ただ、どことなくこの人の雰囲気からは玄人のそれが感じられる。やれないことはないが、やらされている感。
その人の発言はとりあえず無視して、私は部屋を確認する。やはり、そこは屋内だった。
真っ先に目に入ったのが、目の前の暖炉だった。パチパチと木が弾ける音と、私の嫌いな焦げ臭さが室内に充満していた。足に目をやれば、ふかふかな真っ赤な絨毯。これを土足で踏めるというのは、相当な金持ちに違いない。
部屋の窓はカーテンによって閉じられている。おかげで光は目の前の暖炉だけ。温かみを感じることはできるが、換気していないため、私にとっては最悪。でも捕虜をもてなすにしては、かなり豪華すぎると、目を細める。
「私を攫った理由はなんですか?」
「……命令だ。俺自身にも、何が何だかわからない状態でな。」
(答えてくれる。ということは、少なくとも情報は引き出せる。)
「ここは?」
「王城だ。」
「は────王城?」
「あぁ。」
「貴族の屋敷ではなく?」
「あぁ。」
貴族の屋敷だと予想していたが、どうやらここは王城らしい。もっとも、目の前の人物が嘘をついていたら、これも成り立たないんだろうけど。
「貴族の屋敷か。いい予測だ。」
「こんな暖炉に赤い絨毯なんて、自分の財力をアピールしているほかありませんから。」
「言い得ているな。」
「………貴方に命令した人物って。」
「すまないが、それは言えない。こちらも最低限の守秘義務がある。」
私の言葉を途中で遮ったということは、少なくとも答えを言っているようなものだ。だが、もしそんなことがあり得るのだとしたら、これは相当やんちゃということになる。それも私の方は、攫われた原因がまるっきりわからないとくる。
「……少し頼みをしていいですか?」
「頼み?悪いが、後ろの縄は解かせないぞ。」
「いいえ。きっと貴方にも、悪くないことです。」
「────聞こうか。」
(……なんとなくそんな気はしていましたけど、この人、絶対元暗部じゃないよね。)
こんな相手の言葉にホイホイ従うということは、まさにそういうことだ。
私は男の人にある頼みをして、その先はおとなしく黙ったまま部屋で待機した。男の人は少し部屋の外に出ると、すぐに戻ってきた。足が速くて助かる。あとは世間話に花を咲かせるのもいいが、私は薄々、誰かがこの部屋に来るのを勘付いていたので、おとなしくしていた。
「………!」
扉が開かれ、結構な装いをした金髪の獣人が部屋へと入ってきた。その瞳は幼いながらも、傲慢さが垣間見える。少年はさも当然なような態度で私を見ては、得意げな笑みを浮かべている。
私はそれを、ただ静観するだけ。
「サルベル様、あまりお近づきにならないように。」
「何言っているんだ。何もできないじゃないか?」
私と先ほど会話していた男は、少年を主人のように扱い警告する。しかし当の本人は、私の格好が面白いからなのか、自慢げな顔をする。
「昨日ぶりだな!僕のことは覚えているだろ!」
「……」
「質問に答えろ。」
私は男の冷ややかな視線を受け取り、仕方ないという気持ちで口を開いた。
「覚えてません。誰です、貴方?」
「なっ!おい、ポキンズ!コイツ!!」
「私のせいにされても困ります。」
「なにを!おいお前、本当に僕のことがわからないのか。」
「わかりません。」
「────…っ!」
どうやら、この少年のことを知っていないことは、相当におかしいことらしい。ただ、ここで嘘をついても仕方がないなと思いながら、私はなんの威圧感もない空間で、ただただ棒のように喋る。
「……サルベル様、威厳がありませんよ。」
「!そ、そうだな!!次期王として、ここは威厳を見せないと。」
(言っちゃったよ、この子。)
私は内心、吹き出しそうになった。なぜなら、この人物は意図もせず、自分で自分の正体をカミングアウトしたのだ。こんなにお粗末なことがあってもいいのだろうか?
そしてそのことについて、横の男も、頭に手を置いて参っているようだ。
(この人、苦労人だ。)
そのことを確認していると、咳払いで調子を戻した少年が口を開く。
「いいか、よく聞け!僕はな──!」
「────二十三代目国王ログレス・キングラッド。その息子、サルベル・キングラッド王太子?」
「!!?」
「サルベル。知らないことがおかしいみたいな態度。豪華な衣装。これだけあれば、誰だかなんとなくわかる。」
「っ!ふ、フン!!わかっているなら、いいんだよ!」
サルベルは、私に言い当てられたことが不快だったのか、それとも自分のセリフを先に言われたことに腹が立ったのか、怒りを口にして私にぶつけた。私はその怒りに、何も感じないけど。
「……わかったな。簡単だな!」
「?」
「跪け!」
「……はい?」
「僕に謝れ!」
私はサルベルのその言葉の意図がわからなさすぎて、男に目で「どういう意味か?」というニュアンスを含みつつ聞いてみる。だが男も男で、わからないような顔をしている。あー、つまり、わからないんだ。
「なんで?」
「僕のこと、馬鹿にしただろ!昨日!!」
「は─────?」
「それを謝罪しろ!」
……と言っていますが?と、私は再度男に視線を送る。が、男は何も見たくないようで、先ほどと同じように手で目元を隠している。この人も、なんか大変だ。
「………断ります。」
「は、それでい──なんだって?!」
「断りますと言いました。私が貴方に謝る義理はありません。」
「─────お、お前!僕に謝らないことが、どういうことかわかっているのか?!」
「逆に貴方は、昨日自分の言ったことについて、どういうことなのかわかっているのですか?」
「は?」
「貴方は昨日、あの場所で許されないことを言った。多くの戦士たちの魂が眠る場所で、あそこをまるで遊び場のようにつまらないなど、ふざけるのも大概にしなさい!もし私が貴方ならば、責任の重さに押し潰されて、とっくに部屋に引きこもっています!」
「───それがどうした!本当に、あそこはつまらなかったんだよ!」
「………その、何も感じ取れない言い方がいけないのです。貴方は王子として器がなさすぎる。正直、同族として失望します。」
「っ!!」
サルベルは大きく手を挙げて、私の頬を叩いた。動きから予測できる。その気になれば、頑張ってかわすこともできた。しかし私は、その一撃を受け入れた。頬には、いっときの怒りだけが残った、なんの技術性もない一撃が刻まれている。
だが、今まで受けた傷の、どんな攻撃よりも軟い。
「───これで満足ですか?貴方は……!」
「っうる、さい!!」
二撃目が振るわれようとした時、男がその腕を掴んだ。王子は腕をそのまま振り下ろそうと必死になっていたが、男の力には敵わず、あと一歩のところで阻止される。目には、怒りだけが残っていた。
「っ!なんで!!」
「サルベル様、お許しください。ですが、これ以上やられますと……貴方自身が壊れます。」
「何を言って!!」
口答えした配下に視線が向く。しかしそれよりも、重厚な音と共に一人の人物が入ってきた。それは、まさしく王の風格。私も今までの人生で一度見たことがあったため、よく脳裏に焼き付いていた。
同時に、その人物の名前が浮かぶ。
「ログレス・キングラッド。」
「………ち、父上!」
少年は、うまくいかなかったことを父に報告するつもりだったのだろう。その足取りは救いを求めるもの。もしくは、同胞の元へと駆け出そうとしていた足取りだった。が、それは少年の頭に乗せられた大きな手によって止められた。
「馬鹿者。」
その一言と共に、少年の頭の上に乗せられた王の手に力が入る。少年は悲痛な叫びをあげ、そして恐怖と痛みから理解したのだろう。自分は選択を誤ったということを。
「ぁ、が!!ぅぅ!!ご、めんなさい!!」
「謝れと、許可した覚えはないっ!」
「あああぁぁぁっ!!!!」
ギリギリと音が鳴りそうなお仕置きだった。少年は王の一撃をその身に受け、頭を引き剥がそうとするも、とんでもない握力の前では敵わず、だんだんと痛みに耐えられなくなり、涙声になっていく。
「泣くな。泣きたいのは、私の方だ!」
「ぃぃぃぃぃ!」
「…………。」
もしかしたら、こうなるのかもしれないと私は察していたが。まさか、ここまでこうなるなんて、と素直に思いながら、その父親と不出来な息子の光景を見ていた。




