033話「冬休み七、」
王都二日目。この日の予定は特に決めておらず、街を散策する──そんな感じになっていたはずだ。
なぜ「はず」なのかというと、私は何も決めていないからである。どちらかといえば、今回の旅行を企画したラナとクリスが大まかなスケジュールを組んでおり、サプライズが如く、私には何も伝えられていない。
ちなみに一日目のあれは完全にラプも知らない行動だったらしく、昨日の夜は三人でクリスを咎めたりしていた。
今後、勝手な行動は控えるように──と、当たり前の注意と共に。
そして街の散策だが、どうやらショッピングが目的らしく、私は買いたいものや欲しいものが特にないこともあって、縁のなさから辞退しようとしていた。が──
「と、いうわけで。プリエルをよろしくお願い致しますね、ラナさん!」
「待って待って」
クリスの唐突な発言についていけず、私は思わず彼女を制止した。空いていた片方の手で、もちろん彼女の頭を押さえながらだ。
「どうしてそうなるの?」
「どうしてもこうしても簡単なことでしょう。ラナさんは今回ショッピングには行かないと申しました。そして私とラプさんはショッピングに行くと申しました」
「ごめんなさい先輩」
「いや、ラプは謝らなくてよくて。その……つまり私がプリエルをしっかり見ておいて欲しいってことだよね?」
クリスは頷く。
いや、何か言ってくださいよ。
「私である?」
「ラナさんなら大丈夫でしょう?子供が嫌いというわけでもありませんし。あ、プリエルを子供扱いするのはやめてくださいね」
「やめてね」
「そんなつもりは……いやいや、そういうんじゃなくてさ。プリエルはクリスの従者なんでしょう? ならショッピングに行くなら、私じゃなくてクリスの方がいいんじゃないの?」
「そうですが、それだとラナさんは一人になってしまいます。寂しいはずでしょうし、今日はラプさんと過ごしたい気分なのです。ね?」
「は、はい!! そうなんですラナ先輩! ですからプリエルちゃんは連れていけません!!」
「……おう。そうなんですか」
これって、いわゆるデートというやつなのでは? と私は思い始めた。クリスとラプの距離はどことなく近い。ならば口出しは無用だろう。
しかし、私とプリエルが一緒にいるのは、少し不安だった。
彼女とはまだ心を明かし合ってはいない。私ですら、プリエルという人物がよくわかっていない。
「……ラナさん。この機にプリエルと仲良くしてみてくださいね」
「────」
クリスは私に近づき、そっと耳打ちした。
もしや仕組まれたことなのでは──と一瞬勘ぐったが、そんなことを考えているうちに、
「では! プリエルのこと、よろしくお願い致しますよ!!」
そう言い残し、クリスはラプと手を取り合って走り去ってしまった。逃げるようなその背中を見送りながら、私は深くため息をついた。
とはいえ、いつまでも気まずいままではいられない。私は場所を変えることにした。
「えっと、プリエル。朝ごはん、食べた?」
「……」
首を横に振るプリエルと共に、近くのカフェテリアへ向かう。店の吟味は特にしていない。雰囲気がよく、朝食が食べられればそれでいい。
店内に漂う、学園近くのカフェとは違う匂いに少し驚きつつ、席に座った。ガラス越しに見える公道の景色はやけに綺麗だった。
「お金のことは心配しなくていいよ。好きなの頼んで」
そう言うと、プリエルは迷いなくメニューを選び、店員を呼んで小声で注文した。聞かれたくなかったのか、単に話すのが苦手なのか、私には判断がつかなかった。
(とりあえず、話題を……)
よくわからない味のコーヒーを口に含みながら、会話を切り出す。
「プリエル、いつもクリスのことありがとうね」
「……」
「クリス、ああ見えてちょっとダイナミックだから、困ったことあったら言ってね」
「……」
「……えっと、クリスは優しい?」
「……」
頷き三回。
落ち着け、私。質問の仕方が悪いだけだ。頷き以外で答えられる質問を──。
「──プリエル、今は楽しい?」
「……」
また頷いた!
ダメだ、私の会話スキルが絶望的すぎる。
「……その、プリエル。──食べるのは好き?」
「……」
「……何が好き?」
「……特にない」
「特に、ない?」
やった、会話だ!
「──おいしいとか、よくわからないから」
「……そっか」
気まずい沈黙が流れる。
「お待たせしました。ソフトパンケーキミックスです」
「おお……」
プリエルは明らかに体に見合わない大きさの、ソフトクリームが山盛りのパンケーキを前に、目を輝かせてフォークを動かした。
「……おいしい?」
「──! お、おいし……いや、まずいわけじゃない」
「無理あるよ」
頬にクリームをつけたまま睨まれ、私は思わず苦笑した。
「……さっきのは嘘?」
「うそじゃない。おいしいのが、よくわからないだけ」
哲学的すぎる。
「自分がもう一度食べたいって思えるなら、それがおいしいんじゃないかな」
「……ある」
「じゃあ、それが好きなものだよ」
「……そうなんだ」
その後も、プリエルは黙々と食べ続けた。
「……あの時は、ごめんなさい」
「……気にしてない」
「……ありがとう。助けてくれて」
「当然のことだよ」
「でも、お礼は必要。今まで、当然じゃなかったから」
──彼女の言葉は、静かに胸に残った。
その後もプリエルはよく食べた。
レシートの金額を見て、私は悟る。
プリエルは、クリスに育てられて少し図々しくなったこと。
そして、思った以上に逞しいこと。
ともあれ、私たちの距離は確かに縮まった。
お金という犠牲を払って。




