028話「冬休み二、」
早朝に発車した列車は、海の上にかけてある橋を渡り、広大な大地へと駆け出した。真っ青な冷えた海に多くの船が止まる港を通り抜けて、雪原と平原が入り混ざるその地を越え、かつての戦乱があった跡地を過ぎて、そしてようやく獣国の王都フラッグリンへとたどり着いた。
「んー!長旅でしたわね。」
体を伸ばしながら、私たちは列車を降りて、荷物をプリエルと駅員から受け取る。ガラス張りの大窓の外は煌めいていたが、その大半が暗黒を占めていた。曰く、夜の街である。
「ア〜。眠いです。」
「列車は基本的に眠たくなると聞いていたけど、私も寝ちゃってた。」
「仕方ありません。一説では、列車の定期的な揺れが眠気を誘うという研究結果もあるそうですし。」
私とラプが目を擦ろうとしているというのに、クリスはこの時間帯であっても元気だ。育ちの良さの表れか、彼女は起きていても寝ていても、いつも100%に見えて仕方がない。
「プリエルが荷物を出し終わったら、そのまま宿を取りにいきましょう。」
「そして明日は、早速王都の観光と洒落込んでいきましょうか?」
「あわああ!!」
クリスがそう言った途端、大きい荷物を持っていたプリエルが派手に転倒して、その場で色々な箱を崩してしまった。私は改めて、クリスが持ってきた荷物の量を頭の中で再確認しながら、
「……クリスが持ってきた荷物が入る宿を見つけないとだね。」
と、未来的な問題を指摘した。
とは言ったものの、獣人国の王都なので宿探しには極めて苦戦はしなかった。問題はその道なりであった。王都と言っても、年代的な面を考えればフュードルド学園には遠く及ばない。舗装されてある道ではあるものの、その狭さと、それを許容しきれなさそうな人口密度は大したものだった。おかげで、宿探しよりもクリスの荷物を運ぶことに一番苦戦していた気がする。
「うーん。移送系の魔術を作っておくべきでしたわねー。」
「ぜひそうして。私も流石にこれは勘弁。」
「わたしも。」
「あはは……。」
四人で荷物を手分けしながら、大きな宿へと向かう。今回の旅費はクリスが全額負担してくれるという内容だったため、大きい宿屋に泊まっても、別にお金の心配はしなくていいのだ。
私は受付に行かなかったが、聞こえてくる莫大な数字がなんなのかは、正直考えたくなかった。とはいえ、持ってきたお金も無限ではないことから、私たちの部屋割りは2:2のような感じになった。一週間でローテーションを組めるように、初日は私とラプが一緒の部屋になった。
「寮の部屋よりおっきいですね!」
「そうね。」
よほど大きい部屋に憧れていたのか、ラプは変哲もない部屋を見回していた。私はさほど驚かない。憧れがないせいで興味が湧いてこないというべきなのかもしれない。
「ラナ先輩は、宿屋に泊まったことありますか?」
「あるよ。昔、お父様とね。」
ここじゃないが、父の用事で王都に来た時にも宿屋に泊まった。思えばあの頃は何もできていない少女だ。私は今以上に活発な性格だったのかもしれない。
「ラナ先輩は、自分のお父さんのこと、お父様って言うんですね。」
「そうね……深い意味は多分ないけど。」
慕っていた気持ちが、そのまま言葉として出たというべきだろう。私は父のことを、いつしかお父様なんてたいそうな呼び方をしていた。もちろん、これが悪いことだとは微塵も思っていない。今でも父は、そう呼ぶに相応しい人物だと思っている。
「……私、これが初めての遠出なんです。今まで、あんまり旅行とか行けるほど裕福でもなかったので。」
「そっか。」
「だから先輩たちと、友達と一緒に旅行に行くのが、ちょっと夢でもあったんです。もうちょっといろんなところに行って、いろんなことを見ていたいなって。」
「……いいことだと思うよ。いろんなものを見れば、それだけ自分の位置がよくわかるし。それに、自分の成長にも繋がるから。」
「はい!」
「今日は、もう寝ようか。多分明日は、もっと忙しい日になるから。」
窓の外は、まだ灯りがついて賑わっている。ただ騙されてはいけないのが、これが王都では普通だということだ。彼らは朝の疲れを夜の騒ぎで誤魔化して、そして次の日の活力に繋げる。曰く、朝昼晩の概念がちょこっとおかしい。
昔、父が言っていた言葉を思い出した。
「明日は観光って言ってましたよね。」
「うん。まぁノープランだけど、クリスが多分騒がしいから退屈はしないと思うよ。」
私はそう言って、枕元の部屋の明かりを消した。部屋は真っ暗になった。窓から差し込む若干の光と、そして声達は、自然にも私の眠気を誘ってきた。列車での覚醒が中途半端だったのか、あるいは慣れない空間に体が無意識に疲れてしまったのか、私はそのまま、ゆっくりと瞼を閉じて眠ってしまった。
次の日、かなり高い宿屋だったこともあって、目覚めはかなり良かった。ただラプは、そのベッドの誘惑がかなり強かったのか、それとも外の寒さが肌によくきていたのか、布団で丸くなったまま動かなくなっていた。
「ラプ、朝だよ。」
「うぇ……先輩、無理ですー。」
私の起きる時間は、気を使って人が大体起きている時間にしている。こんな日まで、いつもの朝の鍛錬に使っている時間と同じ時間に起きることはない。しかし、それよりかラプはよっぽど朝が弱いらしい。いつも昼頃には落ち着きながらも年相応の活発さを見せていた彼女が、こうも違うとは、少しギャップのようなものを感じて複雑になる。微笑ましく見ていいのか、それともこれを困難に見た方がいいのか。
「ほら、起きるよ!!」
「ああ!!お布団!!」
私はラプの布団を引っ張り上げ、枕を抱きしめている彼女の姿を発掘した。光の眩しさに目を瞑り、枕に突っ伏していたので、それも取り上げ、なんとか起こすことに成功した。
私は半覚醒なラプの身支度をスパパッとこなし、彼女を眠りからなんとか覚ましながら髪を整えた。そのおかげもあってか、時間には間に合うことができた。ただ、いつものラプの活発さは、まだ見られない。
「ラプは朝に弱いんだね。」
「ラナ先輩は、強いんですね。」
「私も弱いよ。ただ、やることがあるからね。」
「それって、強いっていうんですよ。」
関係ないのだが、猫は布団で丸くなると聞く。私は猫ではないが。
「おはようございます!!」
「おはよう、クリス。今日も元気だね!」
「はい!朝から紅茶をキメましたから!」
「よくないものをキメたみたいな言い方だね。」
「クリスさまは、紅茶をキメると、おきる。」
プリエルはカタコトながら、クリスの習性を話してくれた。ただ、その言葉は一見、何も考えずに聞くと悍ましいように聞こえる。だが、全てクリスの教育の賜物なので気にしてはいけない。そもそも、クリスにきちんと礼儀を教え込むのは、実質的に無理な気がする。
「さて、本日は観光ですわね!でも、ただ観光するだけではつまらないでしょうから、ここは趣向を変えて、内ではなく外でいきましょうか!!」
「外?」
と、クリスが宣言して数分後、私たちは王都を観光する予定だったにも関わらず、その付近にある雪原地帯へとやってきたのである。内ではなく外というのは、文字通り王都の外のことを表していた。
四季のうち三季が広大な草原で構成されているここは、冬になると一気に雪が一面を満たしている。深く積もるわけではないが、その一面白景色の光景は、フュードルド学園にある公園よりもはるかに広大で、そして圧巻の一言である。
「これ、全部雪なんですよね!?」
「はい。自然豊かな大地が、この獣人国の魅力ですから。王都の内はいくらでも想像がつきますが、真の美しさとは、自然の中に宿るものでしてよ!」
クリスはそれらしいことを言っているが、私は彼女が何をしたいかをよくわかっている。
「ということで───それっ!!」
「きゃっ!!」
「……!」
クリスは雪玉を三つ作り、私たちの方へと投げてきた。ラプはガードしたが正面から受けてしまい、プリエルは何もできず顔に、私は投げられた雪玉を素早く手刀で叩き落とし、無傷だった。
「あらら、油断してはいけませんわよ。お二人とも。」
「む、無理ですよ!ラナ先輩じゃないんですから!」
「ええ、ですが油断は大敵。私たちは油断していない時にしか、やられないので───よ!」
「クリス、後輩達をいじめるのはやめたら?」
クリスが次弾を投げる前に、私は高速で雪玉を作り、力一杯クリスに投げつけた。しかし、クリスも私の行動が見えていたのか、それを片手で受け止める。
「いじめてなんていませんわ。これは、れっきとした雪の中の交流会でしてよ。」
「なら、遊びとしてハンデが必要だね?」
「ええ。そうこなくっては!」




