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025話「記憶の中で」





 「ふぅ、私個人としてはやり切りましたわ。」


 「お疲れ様、クリス。」


 「はい。さぁ、次はラナさんの番ですわね。」


クリスは体にこもった熱を真っ白なタオルで拭きながら答えた。その視線は私の衣装へと移っていた。


 「ラナさん、期待していた以上ですわ。今の衣装、とてもお似合いです!」


 「ありがとう、クリス。」


 「えぇ。それにしてもお母様の服なのですよね? 随分サイズがぴったりですね?」


 「あぁ、実はおばあちゃんが新しく作ってくれたみたいで。」


 「まぁ、この有名な服職人に作ってもらえるなんて、羨ましい限りですわ。」


 「そんなに名前、広がってたっけ?」


 「一般の方はあまり関わりがないでしょうけど、私の専属の方はエルザードさんのことを“巨匠”と呼んでいますよ。なんでもファッションの神だとか。」


 「そんなに?」


 「はい。私も実際に今のラナさんの衣装を見て、強く思いました。私たちのように派手な装飾をしていないにも関わらず、この統一感と美しさ。何かを美しく見せるためには、多かれ少なかれデコレーションが必要ですが、これはそれを一切廃したデザイン。シンプルながら洗練されています。これなら良い勝負ができるでしょう。」


 「そうかな?」


 「さて、ラナさん。もうすぐですから、今のうちにメイクを──。」


 「軽くでいいからね?」


 「いいえ、私は本気です! 諦めてください。」


真剣な目をしたクリスの手によって、私のメイクは進められた。私も常にすっぴんというわけではないが、ここまで本格的なメイクをしたのは初めてだった。何事にも動じないつもりでいたけれど、慣れていないせいか、表情が少し動いてしまう。クリスに迷惑をかけていないといいのだけれど、という一心で、出番ギリギリまで手伝ってもらった。


 「完成です。はい、我ながら会心の出来ですね。」


 「おぉ……。」


鏡に映った自分は、いつもより数段大人びて見えた。普段の軽いメイクとは一目瞭然の違いだ。濃いメイクは似合わないと思っていたけれど、やり方次第で少しのアクセントでも印象は変わる。クリスの技術は天晴れだった。


 「クリス、今回はありがとう。自分もミスコンに出るのに、私の分まで手伝ってもらって。」


 「かまいませんわ。私とラナさんの仲ですもの。それに、私がしたくてやっていることです。どうかお気になさらず。」


 「わかった。じゃあ、クリスのためにも絶対勝つから!」


 「あら! 珍しい! 宣戦布告ですか!?」


 「うん。クリスにも手伝ってもらったし……それに、少し勝つ理由ができたから。」


 「それは良いことですわ。私も張り合いがあります。とはいえ、あとは見守るだけですけどね。」


 「うん。見守ってて。」


アナウンスで私の名前が裏方にも響き渡る。私は照明の指す方向へ小走りで向かった。長い説明文が私の登場を引き延ばしている。ちょうど終わる頃には、私が大勢の前に立つはずだ。


緊張はしている。もしかしたら戦っている時よりも酷いかもしれない。ミスコンという舞台に立つだけで、私は大きなプレッシャーを感じていた。今ここで一歩踏み出すだけなのに、その「一歩」がひどく重い。一瞬のうちに、ありえないほどの思考が巡った。普段は戦闘でしか使わないような脳の部分まで使って、この止められない緊張と折り合いをつけようとする。


だが結局、具体的な解決策は見つからないまま、私はその一歩を踏み出した。


昔から挑戦することは苦手だった。完璧主義な一面が強く、模倣するにも越えるにも、百点満点を意識してしまう。そのせいで未知への恐怖は増大し、いつしか未来そのものが怖くなっていた。


(じゃあ、この瞬間も?)


もちろんだ。私は今も怖くてたまらない。完璧には程遠い存在だ。それでも、耳を澄ませば呪いのような言葉が自分の内側から湧いてくる。誰にも強要されていないのに、罪悪感がそれを生み出している。


(でも。)


最近は、少しだけ楽になった気がする。苦しみに慣れたわけじゃない。でも、少し前向きに進めるようになった。


私はステージに立ち、歓声を浴びる。さっきまで怯えていた私は、光の中に出れば、いつものラナ・プラノードになる。剣術を誇りに持ち、どうしようもなくこのミスコンに参加してしまった、ただのラナ・プラノードだ。


出番を終えて裏へ戻った時、ようやく自分が何をしていたのかを実感した。さっきの光景はまるで記憶にない。ただ、戻った先でクリスが大成功を告げる笑顔を向けてくれたことだけは、はっきり覚えている。


 「お疲れ様です! 最高のステージでしたよ!!」


 「……」


終わってみれば、あっけないものだった。ただ必死だったことだけは覚えているのに、その肝心な感覚が思い出せない。それでもクリスの笑顔に応えることはできた。何かをやり切った後は、いつだって晴れやかな気持ちになる。


 「ありがとう……!」


そうして私たちは、残りのミスコンを見守った。このミスコンで、私は自分のやりたいことができたと思う。最初は望んでいなかったけれど、なぜかこの服を着たいと思い、そしてステージで自分を披露した。数日前の自分からは考えられない行動だ。


熱に浮かされたと言われれば、そうかもしれない。でも、どちらにしても。


 「……」


やってよかったと思えた。


 「ラナー!」


ミスコンが終わり、翌日になった。結果は語るまでもない。クリスは今年も負けてハンカチを噛みかけていたし、一位は例によってフェリアだった。私は初出場でファンも少なく、二人には及ばない順位だった。それでも後悔はないし、クリスは大金星だと言ってくれた。


 「昨日はすごかったね!」


 「ありがとう、エルフル。」


エルフルは会場に来て、私の姿を見てくれていたらしい。その事実に、私は少し安心した。もしかすると、途中から本気になったのは、エルフルに成長した姿を見せたかったからかもしれない。


 「それにしても、僕、思い出しちゃったよ!」


 「なにを?」


 「ミィーナのこと。」


 「お母様のこと?」


母の話は本人から聞くことは少ない。エルフルも忘れっぽい性格で、母の思い出話をすることは滅多にない。私が知っているのは、あの服で父とデートしたことくらいだ。


 「ミィーナも、ラナと同じように幸せそうな顔してたよ!」


 「……知ってます。」


私は、服を手に懐かしそうに微笑む母の姿を思い浮かべた。泣きそうなくらい幸せそうな顔だった。


 「そっか。それじゃ、僕そろそろ行かないと。」


 「……もう少し。」


 「居たいけど、おばあちゃんも待ってるから。それに一泊するつもりもなかったしね。」


 「そう。」


 「それに、次はラナが帰ってくればいいんだから!」


 「……はい。もうすぐ冬休みですから、必ず帰ります。」


 「それじゃ、それまで待ってるね!」


エルフルは手を振り、港の方へ歩いて行った。近くには大陸貫通列車の駅のホームがある。私は、その水色の姿が見えなくなるまで見送った。


落ち葉を乗せた風が、背後から冷たく吹き付ける。冬はもうすぐそこだ。首に巻いたマフラーが、冷たい風から私を守ってくれる。


 「もう冬……。」


ミスコンの熱が冷め、体はますます冷たくなる。それでも心は、どこか温かかった。

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