019話「心を溶かすには。」
唐突だが私たちは今尾行を行っている。なんでそんなこと?っと言われるかもしれない、私も聞きたい。だって私も客観的に見れば被害者の一員だ、何が楽しくて本人の許可なしにストーカーなんてしなければならないのだろうかとやっていて思う。
「移動しましたわ!」
そう全てはこのナリタ・クリスのせいである。
ことの発端は数分前のことだった。上の学年になるにつれて授業が固定であるところや、自由選択するところが増えてきていたりする。そのため、私たちは他の学年に比べて早めに授業を終えた、本来ならここからクラブ活動、部活、委員会、サークルなどがあるのだが、私たちは所属してないので放課後にはかなり時間があった。
そんなおり、クリスから提案されたのが。
「プリエルの様子を見に行きませんか?」
だった私は了承した。普通に様子を見に行くのかと思ったからである。しかし実態はまるっきり違った。プリエルに挨拶しに行くのではなく文字通り様子を見ることだった、まさかその方法がストーカーの如くコソコソと影や物陰に隠れて行うものだとは思っていなかった。
プリエルは現在授業を受けている。そして私たちは教室の外からそれをのぞいている不審者だ。
「授業は、問題なく受けているそうですわね。」
「……一通り教えたんじゃないの?」
「はい。ですが、それが真面目にやるに必ずしも繋がるわけではありません。」
一理ある言い分に、じゃあ信頼してこんなことするのはやめよう。とはいえなかった。この複雑な過保護心を持つことこそがクリスという人物である。
「……そういえばプリエルって名前、」
「私がつけましたわ。」
「そうなんだ、」
「はい。ティファニーなんて名前は彼女に似合っていませんでしたので、それに本人曰く勝手に呼ばれていたらしいですから。」
「……許可はとった?」
「もちろん、名前をつけていいか聞いてつけました。喜んでくれましたよ。」
(喜ぶ、プリエルが?)
こう言ってはなんだが、私が見ている限りプリエルが笑ったことはない。多分ラプも同じことを言うだろう。だからプリエルの笑顔というか喜怒哀楽は今のところ、私からすれば想像がつかない。本当に笑うのか、本当に怒るのか、全然イメージできないのである。
「プリエルって、クリスの前だと違うの?」
「?別にあんな感じですよ。」
プリエルがグループワーク内で話し合っている時、口数は少ないものの淡々と会話している様子に私は気になって質問した。
回答には驚いた。
「……じゃあその、喜んでるとかわかるの?」
「わかりますわよ。感情表現が乏しくて表情筋がほとんど機能してなくても、私からすればプリエルはしっかりと人並みの心があります。ただその扉が開くのがかなり難しいだけですから。」
「そうなんだ。」
さすがはクリスといったところか。私よりも何倍も観察に優れている彼女がいうのだから、まず間違いはない。そもそもクリスは嘘をつかない、その点から考えても、プリエルは本当にクリスの前では心を開いていることがわかる。
「と言っても、プリエルは私に対しての恩から来るものもあるでしょうけどね。いわば、恩というフィルターがなければ、私なんてラナさんと同じ自分を襲った怖いやつ認定ですから。」
「待って、私って怖いやつ認定されてたの?」
「当たり前ですわよ。フレイムキラーをぶっ飛ばして、逆に怖くないんですか?」
「いや、そう言われると。」
確かに敵からしたら自分の最大の戦力をぶっ飛ばした相手に恐怖を抱かないわけはない。それどころか、最悪口も聞きたくないかもしれない。
「まぁそれも敵だったからのことです。そう落ち込まなくてもラナさんなら滲み出る善性できっとプリエルの心を開けられますから!」
「うん、ありがとう。」
元敵で被害者であったとしても少女に嫌われるのはなんというかダメージが大きい。これがいわゆる母性というものなのかな?いやわからんけどね。
「あ、見てください!」
クリスが指を刺して授業内の展開に注目し始めた。
「先生が手を挙げています!これはいわゆる誰か解ける人いますか?というやつですよ!」
「それはわかるけど。」
「プリエル、頑張るんです!手を挙げて他のものたちに見せつけてやりなさい!貴方の力を!」
(ほ、保護者がうるさいタイプだ!)
クリスにそんな一面があったとは、っと思ったけどなんだかすごく納得できる。結局のところシビレを切らした先生が別の生徒を当ててその場は何事も起こらず終わった。
「あ〜。」
「まだチャンスはあるから。」
隣で連れてこられた私も、落ち込むクリスを励ます。本来励ますべきなのはプリエルのはずなんだろうけどなーとか思いながら。
しかしその授業でも、その後の授業でもプリエルが手を挙げることはなかった。それどころか周りとは意図的に関わりづらいオーラを醸し出しているように見えた。
「むむむ。なかなかいい展───、いえプリエルは積極的ではありませんね。」
「クリスいつか捕まるよ。」
そもそもこのストーカー行為自体がブラックゾーンだ。それなのに捕まらないのはこの学園がザル警備なのか、それともクリスが使っている隠蔽魔術の精度が高いのか、どちらにしたって私には文字通りの罪悪感がある。
「あ!」
「あ。」
クリスの言葉に私も振り向いて思わず口に出る。見てみれば、プリエルの周りに少人数のグループが集まっていた。しかし場所が窓側からは離れているところのせいか、会話は聞こえない。
「ラナさん!」
「こんなことで聴力強化使いたくないなぁ。」
そう思いながら私は聴力強化を施し、室内の音を拾い上げる。
『貴方、ダークエルフでしょ。持っているんでしょ、アレ!』
「あれ?」
「もしや!!」
クリスが私のリピートを聞いて飛び出して行った。もしかしたらと私も思ったがいささか早計すぎだと思いつつ。後を追った。脳裏によぎったのは間違いなくカツアゲ現場だった。
「ナリタ家のそれも私の従者になんてことを!」
「クリス!まだ決まったわけじゃないから!!」
クリスが今にも教室に飛び込もうとしたところを羽交い締めにしてなんとか止める。焦ると前が見えなくなるのは相変わらず、私はその時の彼女のストッパーだ。
「少し様子をみよう。」
「ですが……」
「不味そうだったらいけばいいから。」
「……はい。」
外には他の生徒もいたというのに私はクリスを宥めるのに必死だった。それもそのはずだ。前が見えなくなったクリスがどれだけ野蛮か、私のためという意思で動いてくれた結果さまざまな事件を起こし、悪名も善名もいい意味で轟いてしまっている。これ以上知らない人に誤解される(全て事実だけどさ)のを防ぐためには、私もなりふり構ってられないのだ。
(下手したら、教室一つが吹き飛ぶ。)
いつでもクリスを手刀で寝かせられる準備をしながら、私たちは教室の外から様子を伺うことにした。
『やっぱり、すごい!』
『これが魔法ってやつなんだ!』
「…………あれ?」
クリスは目の前の光景に唖然としていた。窓側からここまで走ってくるまでしばらく時間が経っていたことは理解していたが、どうやら考えていた展開とは180°違い事態が起こっているらしい。
プリエルはオドオドしながらもその手で魔法を発動させていた。しかも簡単なやつだ。
「どういうことです?カツアゲでは?」
『さっき授業でやっていてけど、魔法って本当にあるんだ!』
『そりゃあるでしょう、でも私も初めて見た。』
『魔術とどう違うのかな?』
「って感じ。」
「ふむつまり……えーっと、先ほどの授業の復習?とでも言えばいいのでしょうか?」
先ほどの授業というのはエルフとそれが使える魔法についての授業だったはずだ。おそらくプリエルの周りに集まっている子たちは、エルフということでプリエルも同様に魔法が使えるのではないかと考え彼女に聞きに行ったようだ。
「うん。でもアレって。」
それにしてはいささか誤解を生みやすそうな言葉遣いだった。しかしその子は今やプリエルと同じく少女のように目を輝かせてそれを見ている。プリエルは興味津々な子に驚きつつも対応している。
それは迷惑というより頼られて嬉しいという感じだ。
「あらぁ〜〜。」
(なんか隣にまた保護者が。)
「うっう。従者の成長は涙がでますね。」
(そこは我が子とかじゃないんだ。結構他人ですね。)
「プリエルにもお友達ができたのですね。」
「友達?」
「えぇ、私の読みが正しければきっとプリエルの良いお友達になってくれますわよ。あの子は。」
「…クリスが、そういうなら、そうなのかもね?」
「────なんだか、初めて会った時の私たちに似てませんか?」
「そうかな?」
「えぇ、私がプリエルで〜〜。」
「ちょっと待ってそれは許容できない。明らかにクリスの方がグイグイ行ってたでしょ!?」
その後言い合いになった私たちはプリエルのことをそのままにして平和に帰路へついた。一緒に帰っても良かったかもしれないが。そのままにした、友達が初めてできた日の帰り道のことは今でもよく覚えている。




