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011話「楽しい学園祭のはじまり。」




 陽の光を浴びて目が覚める。

大きく伸びをした後にいつも通りの快晴な青空を見て心の中ではホッとしつつもどこか不安を私は抱えている。今日は運命の時だ、あの地獄のような日が今夜訪れる。そしてその運命を変えるためにここまで自分のできる限りの努力はした。

実際に見たのは私、そして実際に変えることができるのも私だ。悪い風にいうが他の人たちには私のあの絶望はきっと完全には伝わらない、だから結局最後にトドメを刺すのは自分だと感じる。


 「よし。」


気合いを入れる。心意気は十分、今まで平和な逆境を味わってきた自分に降りかかる2回目の転機、一度目で果たせなかった思いを過去にして今度こそ、あの地獄の結末を書き換える。

学園に行く準備を行う、持っていくのはほとんど使ったことがない真剣と護身用の木剣の二つ、あとは特に持っていく必要はない。表向きは学園祭だ、だから財布はともかく教科書まで持っていく必要はない、両手は常に空いていていつでも戦える状態だ。


私は学園祭という名の戦いの地に行くのだ。決して油断はしない。一度目の時のように、決して。


 事前に学園長の許可をもらって私は今回の警備役につくことになっている。と言っても私服警備員と同じように基本的には学生たちの中に紛れながら警備を行うことだ、クリスからは自分の短距離走の活躍をしっかりと見てほしいと昨日かなり念を押されてしまった、闇雲に行くよりか夢の中で見た彼女の近くにいるのがある意味一番いい警備になると思いながら私はクリスが助っ人としている陸上部に顔を出した。


たどり着いた校庭には多くの走者がすでに準備を整え、観客たちが大勢集まっている。非常に意外なのは出しものが短距離走なのになぜこんなに集まっているかだった。記憶が正しければフツーに他にも面白いのいっぱいあるだろうに。


 「でも、これだけ多ければ。」


人が多ければそれだけ視線が多いということ、怪しい人物を聞き込みで事前に見つけ出せることができれば一石二鳥だ。といっても犯人の具体的な特徴はまだまだ図れない、油断はしないがうまく対処することもできない現状はそんなジレンマがかかっている。


 『さて!選手の入場です!』


アナウンスが響き渡りコーナーに選手たちが次々と入ってくる。入り口で渡されたパンフレットに書いてあるのを読めばこの出し物の全容がわかる。

どうやらただの短距離走らしいのだが、何やら景品があるらしく飛び入り参加も可能と書いてあった、景品はこの島で運営しているお店の半額チケットだ。しかも共同のやつなのでほとんど全ての店で使える、私も一女子生徒としてこれは魅力的に思うが、残念ながら今は仕事中だ。それに勝ちはほとんど決まっているようなもの。


 (獣人族であってもクリスのスピードは越えることはできない。)


瞬間的な爆発力が彼女の最強の武器だ。そしてそれが空砲のピストルが放たれたことによって発揮される。まるで風を切るような走りだった。初手から繰り出される初速、そして続く加速力は他の生徒たちと大きな差を開く、他の生徒たちはクリスのその見事すぎる走りに度肝を抜かれてから顔が引き攣っている。


 『なんだそのスピード!!』


走者だけではなく、観客すらもその顔をしていた。クリス、さては練習の時これでもかと手を抜いていたな。それとも景品を知ってからまるで手加減を忘れたか。


どちらにしても隣を走っている人たちを駆け抜けるクリスは見事にゴールテープを通り過ぎた。後から走ってくる人たちは一番と大きな差をつけられていたのかなんだか元気がないようにも思えた。


 『なんという走り!ナリタ・クリスの万脚から繰り出されるスピードに陸上部の面々ついていけません!!』


実況はしっかり実況しているが、多分近くの陸上部の視線が痛いはずだ。この実況者もおそらく陸上部の人間だがアナウンスの声から驚きが混じって聞こえてくる。

そりゃ信じていた仲間が急に勝ちに乗り出し裏切るなんて思わないからなぁ。と私は思った。


 『さ、さて!!このナリタ・クリスさんに挑んでくる挑戦者はいるのかーー!!?』


今度は飛び入り参加の人たちも交えた一戦が始まった。だがそれすらもナリタ・クリスの敵ではなかった瞬殺だった。まるで馬と競争している人間かと思うほどにクリスは早かった。彼女の短距離走はやはりいつ見てもおかしい、私が身体強化を施さないと追い越せないのは何が何でもオーバースペックがすぎる。いや、本当に遺伝だとしても人間の中じゃ桁外れだ。


 そしてそこからはクリスの独壇場だった。飛び入り参加者たちを次々とその華麗な走りで叩き潰しながらクリスは堂々の一位を常に決めていた。陸上部も流石に助っ人が勝つのはヤバいと感じだのか大人でも参加できると大打って参加者を集めるもその大人ですらクリスの走りには敵わなかった。

レギュレーションで獣人は身体強化を禁じられているため、素の身体能力で勝負しなければいけないわけだが。


 『ぇ、あれって身体強化使ってない?嘘でしょ!え、探知機に作動してない?!そんなバカな!』


すでに実況までもが彼女の走りにドン引きしている。初めのうちはかなり早い人間ならまぁ可能かな?みたいな感じだったが大人たちのガチ走りにも余裕で追い抜くほどの姿が見られてからは実況もすでに実況ではなくなっていた。

まぁ当然だ、クリスはあまり自分の能力を見せびらかすような人じゃないだから相手がその気ならやるけどそうじゃないならやらない。というのがスタンスだ。


基本的に相手に合わせて難易度を変えている。一見かなりの舐めプに見えるが。


 「相手にしっかりと合わせる。これはダンスと同じです、相手に最低限花を持たせることも淑女としての役目なのです!」


と昔彼女が言っていたのを覚えている。まぁそれが側から見たら舐めプに見えるのはいうまでもない、それに花を持たせると言ってもそれは一回の勝負においてだ、何回もこうした比較を出されてはクリスがいかに手を抜いて練習をしていたのか、最初に走っていたかがよく伝わる。花など渡された瞬間に地面に叩きつけたくなる。


 ともかくそんなことが数分繰り返されて、結果負けを認めざる終えなくなった陸上部は彼女に優勝賞品を渡した。あのナリタテンマの娘が参加していたこともあって意外と観客たちはつまらなくなく、陸上部の出しものは陸上部からしたら大失敗だが、総合的に見れば大成功で終わった。


 「ラナさーん!!」


一仕事終えたクリスが着替え終わって私の元へと走ってくる。満面の笑みで、勝ち誇った淑女の顔だ。


 「お疲れ様。」


 「はい、お疲れです!」


 「ねぇ、抱きつくことある?」


クリスは疲労した体を私に預けるように抱きしめる。私からしたらなんだか可愛がられている気がしてどこか落ち着かない。


 「ありますわ、それに女の子同士ですから!これくらい当然でしょう!!」


 「そうかなぁ。」


 「はぁ、疲れた後のラナさんの香りは精神にキキますわぁ。」


 「うん……変な匂いとかしてませんよね?」


 「いいえまったく。心が落ち着く匂いですわ!」


昔はクリスのこの距離感に慣れないこともあったけれども最近はそうでもない。なんというかいちいち構っていたら仕方がないというやつだ。それにされる側の私も別にこれが嫌というわけではない。

問題は私自身が汗臭くないかとかそっちを気にしている。私の問題でクリスに不快な思いをさせるのはよした方が良い。


 「これが猫吸いならぬ、ラナさん吸いなのでしょう。」


 「えっと、どういうこと?」


 「あら知りません?猫吸い?」


 「知らないけど猫科の獣人族は猫って言われるの嫌うよ。」


 「これは大変失礼いたしました以後気をつけます。」


 「私はそうでもないですけどね。」


 「えぇ!?ラナさん!!」


 「ごめんなさい、ごめんなさいっ!揶揄うつもりは少しだけあったから、」


 「あるではありませんか!」


クリスが珍しく少し怒っている。彼女は嘘をつくとか裏切られる展開にめっぽう弱いが、一度やられたらかなり不貞腐れる節がある。だから謝るなら早めにしなければならないのだ。


 「さて冗談はここまでにして、ではラナさん。本日は私がエスコートして差し上げます!」


 「え、いや。」


 「まぁまぁ、大丈夫です。それにですねいろんなところを回らないといけないでしょう?利害は一致してます。ラナさんは見回りをしないといけない。私はラナさんと一緒に学園祭を楽しみたい。どうです?」


 「まぁ、それなら。」


 「それにですよ、外にからくるという可能性もそうですが、うちの警備も強めなくてはなりません。可能性としてすでに侵入していることもあり得るのです。」


 「!たしかに。」


盲点だった。てっきりこの大勢の人の中からやってくるのかと思っていたけど、考えてみれば学園祭をやってない時の方が警備が甘いという逆転の発想からすでに侵入していることだってある。なんてことだ、私はそれを見落としていたなんて。


 「ですが、まだ起こってないとは未遂も同然。私たちは決して遅れていません。ですので、学園内の怪しい場所、もといいろんなクラブやサークルを回る必要がありますわ。」


 「うん。」


クリスはやっぱり頭が回る。それにさっきも決めたことだ、彼女が自分の近くにいれば少なくともあの地獄のような未来が少しはマシになる。


 「では行きましょう!楽しい学園祭の始まりですわ!」




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