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100話「入れ替わりの戦い」





 ブレクトルコクーンらが瞬殺されたことによって戦局は一気に覆った。ブレス光線によってほとんどの魔暴も焼け落ちて多くが死んでしまっていたため残党戦と考えてしまうほどこちらの優勢は覆らず、エリアに広がっていた魔暴のほとんどを殲滅した頃には数で圧倒的な不利であった我々が最も容易く勝利を収めていた。


 「発見した魔人族を殺した。」


残り数枚となっていた魔暴の群れに対処していたところ、ワルツ先輩が無表情のまま魔人族の死体を引っ張りながら登場した。

放り投げられる死体をよくみてみれば脊髄から生頭まで丸ごと引き抜かれたかのような悲惨な死に方をしており、いくら魔人族が愉快犯のような外道だとしても人の姿をしているうえでそれを見るのは少し、気持ち悪いと感じた。


 「ありがとうございます。ブレクトルコクーンは?」


話を変えようと切り出した私。

私たちが総力戦に乗り出してからというものワルツ先輩は完全に単独行動を決め込んでおり、別の戦場で戦っているような気分であったのだ、そのため全体を把握し切る暇がなかった私はふと疑問を口にした。


 「……。」


ワルツ先輩は親指をたて、グッジョブを手で作った後それを自分の後ろの方へと軽く合図を送った。戦っている味方に申し訳ないと思いながら、少し体をずらしみてみればそこには鋭い崖に突き刺さったブレクトルコクーンの死体があった、頭部は完全に叩き潰されておりその様はまるで何かの巨大生物の死体かとしか判別できないレベルにぐちゃぐちゃだった。


 「手強かった。魔人族を叩き潰すのにも時間がかかった。」


 「それは、お疲れ様です。」


なんと言ったらいいのだろうか。最強をこの目で見て仕舞えばそれがただの噂話だとは到底思えなくなる。実力を認めていなかったわけではないのだが今こうして悪魔的な強さを現実に見せられればなんと言葉にしたらいいのかわからない。魔人族はともかくブレクトルコクーン三体を相手どって、損耗はあれど五体満足で帰ってくるなどとてもじゃないが、想像できていなかったのだ。


 (ワルツ先輩のことは、もっと過大評価した方がいいのかもしれない。)


 「ワルツ!帰ってきたか。プラノード、もう終わる。」


フォース先輩が大手を振りながら傷だらけの姿で現れる。見た目は返り血と鎧についた擦り傷ばかりであるが体と心の方は全く問題がない。

なんなら勝利を確信してから大手まで振っている。


 「わかりました。最後まで油断せず、」


 「負傷兵はどこだ?」


 「あちらに。」


ワルツ先輩の端的な問いに私は指差しで答える。ここまで来ればよっぽど酷いことがない限り最悪の事態になることはない、自分の直感も悪いふうには働いていない。その事実が何よりも心の支えとなっていた。


ワルツ先輩が負傷兵を治しにかかった時、最後の魔暴が息の根を止めた。私たちの完全勝利である。


 「プラノード殿!やりましたなッ」


勝利に喜びを見せる初老のミハイルが傷だらけで向かってくる。思えば私たちが大勝利を収めた大戦は指で数えるくらいしかない、そう考えるとミハイル、ないしはその背後にいる若手の兵士たち大勢が喜びと歓喜の表情で向かってくるのもなんだか納得する。


そんな彼らの姿を見ていると私まで──


 「ミィ、つけたッ!」


 「!!」


 耳元で囁く邪悪な声、まるで悪戯かと思ってしまうほど軽快でそして俊足だった。私の体全身に直死への波動が駆け巡る。生物として最大限の警報が鳴り響く、背後を向かなくてもその正体はわかっている。魔人族だ。


そしてこの声は忘れたことはない。あのクリス共に戦った人を喰らう魔人族、あの少年の姿をした不気味な生命体である。それが私の背後にいるそして鋭い爪をたてたままこちらの喉元な石は心臓を抉り取ろうと思考している。


 「っ」


気づいたときには遅かった。

完全に油断していた私は刀に手を置く暇なく、そしてただただ慣れた脳がゆっくりと時間をスローペースにして自分の死へのカウントダウンを意識的におそめていた。時間は一瞬、次の瞬間には死ぬとわかってしまう。

そんな中でのこれはまさしく拷問だった、さまざまな思いが駆け巡った、悔しかったり怒りだったり謎だったり、何もかもが私の中で一瞬にして駆け巡った、もしくは絵本の読み聞かせのように緩やかでそれでいて物語かと錯覚してしまうように、まさしく走馬灯とでもいうのだろうか、そんな物だ。


 そして私はゆっくりと目覚めない瞬きを始める。瞼がゆっくりと閉じ、私は痛みを覚悟した。


 「…………………?」


肉が確実に裂ける音がした。しかし私の体には1秒だったいま痛みはない苦しさもない胸がいっぱいになり血を吐き出そうと生理的に動く兆しすら見えない、どういうことだ?

そう疑問に思い閉じた瞼が開いたときそこにいたのは。


 「ミ、」


 「プラノード───どのっぉ。」


赤黒い血が鋭い爪を伝って私の鼻先にあたる。ミハイルという名の兵士が私とほぼ密着状態の距離にあった少年の距離を離しそしてその胸には私に降りかかるはずだった致命傷を受けていた。心臓部を起点として左右、そして中心を貫く鋭い爪が必死の力によって押し留められていた。


 「!なんダァ、お前!!」


 「っぁぐおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!!!!!!」


それは痛みを耐えることこの悲鳴ではなく雄叫びだった、仲間に伝えるための。仲間を呼ぶための必死の叫びだった、そしてその声に導かれるまま一つの白蒼穹が大地を吹き飛ばす嵐のような勢いで参上した。ワルツ先輩である。


 「!?」


少年はワルツ先輩の人並みはずれた速度に驚きつつもすぐさまもう片方の鋭い爪で一瞬の反撃を喰らわせた、5本の爪はまるで鋭い包丁のようにワルツ先輩の繰り出した渾身のナックルを切り刻み、拳から腕にかけてを5等分の輪切りへと変えた。


しかしそれだけでは止まらない、腕がなくなったのなら再生すればいい。さも当然の如く行われる治癒魔術による肉体再生は一瞬で完了し輪切りにされた腕が落ちる頃にはワルツ先輩の腕は新しくなっていた。そしてそのまま何が起こったのか理解できない少年の頭部を殴り、同時にミハイルの胸に突き刺さっていた爪を指が切れることを前提にした覚悟の手刀で粉砕した。


 「ぐ、ぁかががかかか!!?」


少年が声を捻り出すと同時に、ワルツ先輩の拳が的確にやつの頭蓋を粉々にする音が聞こえた。下顎はおそらく完全に破壊、今にもそのまま頭部を押し潰すかのような鈍い音がこだましていた。


 「ッ!!」


 「なにっ」


だが少年は圧倒されるだけではなく、首を一回転回しワルツ先輩の拳の勢いを完全に掻き消し、反撃を開始した。

先ほどワルツ先輩の指と取引し粉々になった爪を瞬時に再生し、彼女の胴体に向かってバッテンを描くように切り裂こうとした。


 「!」


それをワルツ先輩が両腕でガードし、腕以外へのダメージを無くした。ただその代償に両腕は輪切りよりも酷いぐちゃぐちゃの状態となり神経と筋肉がまるで粉砕器にかけられた木材のようにチリジリになり、血液はバケツが落ちた時のように一斉に広がった。


 「ヒィ!!」


 「っはぁぁ!!」


不気味な笑顔から追撃が飛んでくるよりも先にワルツ先輩は強引な蹴りの体制を作り、鋭い爪を一度回避したのちに強烈な横蹴りを魔人族の少年へと喰らわせる。


 「おぇ!!!」


何かが弾けたかのように少年はその一撃で向こう側の果てへと蹴り飛んでいった。そしてワルツ先輩の両腕の再生が完了すると彼女はすぐさま怒りと共に足に力を入れて飛び出して追撃しようとするが。


 「ワルツ!!診てやらんか!!?」


 「!」


フォース先輩の言葉によって彼女は止まり私の方へと駆け出してくる。私はいつのまにかその場で座っておりすぐ目の前には血を大量に流し目が空となり咳と同時に血を吐き出す哀れもない姿のミハイルが横になっていた。


 「ぁ、ミハイルさん!!」


私はその時現実を理解した。

ミハイルが私の盾となって身を挺して守ってくれたこと、そして彼が今死にかけてほぼほぼ致命傷を負っているということ、もう長くは生きれないほどに満身創痍であることを。


 「プラノード、」


 「喋るなっ!!」


割り込んでくるワルツ先輩は逼迫していた。戦っているときに見せる無表情ながら怒りがこもった表情とは違い、真剣で真剣であるが故に捻り出した怒り。相手を思ってからこその怒りをあらわにしながらミハイルの体の治療を開始した。


 「包帯!!ありたったけ!早くしろ!!」


 「は──い!!!」


近くにいた兵士にそう怒鳴るように言いつける彼女。治癒魔術をすでに施し始めているが、私はなんとなくそれが効いていないのではないのか?と疑心暗鬼になりかけるもミハイルの顔を見るとそんな邪な気持ちは首を振ってでも忘れさせた。


 「ミハイルさん!!」


 「………医者どの、ワシは。無理ですよ。」


 「────」


  「義理堅い。」


ワルツの顔は変わらない。ただ目が点滅するかのような速度で細かく動いている。確実に焦っている人の動きだった、けれども何百とやってきた経験からかその治癒魔術の手の動きは一コンマすら迷いも動きもしていなかった。


 「っくそ!」


ワルツ先輩が声を荒げる。それに私は彼女、そしてミハイルが悟った抗いようのできない現実の未来をなんとなく察して、そして理解してしまった。受け入れてしまった。そんな、っと小さな絶望が口から漏れ出てきそうだった。


 「…プラノード隊長。」


ミハイルは私と最後の会話をしたいような顔をしていた。私はまだ理解が追いついていない、完全に受け入れられたわけではなかったからか虚な頭で首だけ傾けた。


 「申し訳ありません。深傷を負いました。」


 「ミハイル、さん!」


 「申し訳ありませぬ。この老骨は、ここまででございましょう。」


 「───謝らないでください!貴方は、戦いました。戦ってここまできたんですから…!」


 「い、いいえ。私は、私は、後悔してしまったのですよ……」


 「後、悔……。」


言葉を続けるように私は返す。ミハイルはずっと一瞬視線をこちらにやるとゆっくりと落ちていく声の中で、意識の中、呼吸の中言葉を紡ぎ始めた。


 「貴方のような、貴方のように若い者に戦場を作ってしまったこと、戦場に駆り出してしまったこと、それに後悔してしまったのです。」


 「────そ、んな。」


 「このような戦争は我々で終わらせるべき、ことなの、です。貴方がいかなる、理由で赴こうにも、我々年寄りにとって、若人ほど大切な宝はありませんぬ───。」


それは戦争の悲惨さをしているからこその言葉だった。一人の大人として成熟してここまで戦い続けた戦士としてではなく老人としての遺言のように聞こえた。


 「あぁ。冷たいですな……今宵もまた人が死ぬ。もう、見れなくな、ると───は」


ミハイルが目を閉じた。

その瞬間にワルツ先輩の回復の手が止まった。魔術は対象外なければ成立しないものがある、治癒魔術は生きているものに適用される。その体がすでにもう生きることを手放したのなら、それはもう治癒ができない。何もできない。もう死んでしまっただけのただの死体なのである。ワルツ先輩でも他者を蘇らせることはできない。


 「─────。」


ここに一人、ただただ戦争という現実をなくしたいと心の中で叫びながら散った一人の勇敢な老兵が、黄泉の国へと旅立ったのだった。




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