表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/47

小さな灯り




瓦礫だらけの街に、夜が落ちている。

崩れた建物の隙間に身を寄せ、俺と彼女は冷えた空気の中で肩をすぼめるように座っていた。


「……真っ暗ですね」

彼女が小さな声でつぶやく。


遠くでは、ビルの倒壊音がまだ続いている。

余震なのか、時折地面がふるりと揺れるたび、彼女の肩が小さく震えた。


「怖かったら、言ってください」

俺はできるだけ落ち着いた声で言う。


「……怖くないわけないですよ」

そう言って、彼女はぎゅっと自分の膝を抱えた。


月も見えない夜。

街灯はすべて倒れ、世界はただ瓦礫の影だけになった。


その暗闇の中で、彼女がぽつりと言う。


「……手、つないでてもいいですか?」


喉が一瞬で乾いた。


「え?」

「ほら……暗いと、余計に不安で……」


ああ、そうだ。

これは恋とかじゃない。ただ不安なだけ。

極限状態で隣にいる大人に頼っているだけ。

分かっている、分かっているのに——


「……もちろん」

俺はそっと手を差し出した。


触れた指先は冷たかった。でも、すぐにその冷たさは熱に変わる。

細い指が俺の手を包む。その柔らかさに、心臓が喉まで跳ね上がった。


悟られてはならない。

呼吸をゆっくりにする。

胸の鼓動を抑える。

深夜の静けさが、心臓の音さえ彼女に届いてしまいそうで怖い。


さっきは極限状態だったから夢中でこっちから手を握ってしまったが、

今は、意識してしまっている。心臓の高鳴りが胸に痛い。


「……あったかい」

彼女は小さな声でつぶやき、俺の手をもう少し強く握る。


「よかった」

声が震えないように必死で抑える。


沈黙。

でも、嫌な沈黙ではない。


風が瓦礫の隙間を抜け、彼女の髪を揺らす。

その香りがかすかに鼻をかすめ、俺は心の中でひたすら念じる。


——落ち着け。

——彼女にとって、これは恋とかじゃない。

——ただの“安心”だ。


そんな俺の動揺とは裏腹に、彼女は穏やかに言った。


「……あなたの声、落ち着くんですよね」


心臓が止まるかと思った。


「そ、そうですか」

「うん……今日、生きてここにいられるの、あなたが助けてくれたからだし」

「そんなこと——」

「ほんとに。ありがとう」


夜の暗さが、彼女の表情を隠してくれて助かった。

この距離で顔を見られたら、動揺がバレる。


「……眠れそう?」

「ん……眠れるかわかんないけど、そばにいれば……大丈夫、かも」


彼女はそっと俺の肩にもたれかかるように寄り添った。


一気に全身が熱くなる。

肩越しに感じる体温が、思考を奪う。

こんな状況で、こんな距離感で、ドキドキするなんて最低だ。

最低だけど——止まらない。


悟られるわけにはいかない。

呼吸を整える。

震える手を静かになだめる。


彼女は安心したように目を閉じ、俺の腕にそっと額を預けた。

その重みが、あまりにもいとしく思えてしまう。

思ってはならないのに。


「……寝ていいよ。朝になったら、また考えよう」

「……うん。寝るまで……手、離さないでくださいね?」


「……離さないよ」


夜が静かに過ぎていく。

瓦礫の街で、たった二人だけの小さな灯りのように。


俺は見張りのつもりで起きていたが、彼女はときどき不安そうに身じろぎし、そのたびに手を握り直した。

その度に、胸が甘く痛む。


——この距離が、壊れてしまわないように。

——彼女の「安心」を裏切らないように。


俺は何度も深呼吸しながら、朝を待った。


やがて、東の空が少しだけ白み始めたころ、ようやく彼女が小さく目を開ける。


「……朝ですね」

「うん。朝だ」


夜を越えた。

生き延びた。

そして、あのファンタグレープの夜からはもう戻れない別の世界が始まった。


でも彼女は、眠たげな目で微笑んで言った。


「……起きたとき、手があったかかった。ありがとう」


その瞬間、俺は気づいてしまった。

昨日より今日のほうが、もう少しだけ彼女を好きになってしまっていることに。




・・・このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』を、

ポチッと押すと、今日の夕飯が格段に美味しくなります。


押さないと、郵便物が迷子になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ