彼女の事情
翌日も、俺は決まりきった時間にコンビニの扉を押した。
もう「偶然です」と自分に言い訳する気すらなくなっていた。
それでも、胸の奥にはほんの少しの緊張があった。
棚の前に立つ。今日も彼女は少し遅れてくるのだろうか。
呼吸を整え、ファンタグレープを二人分手に取り、レジへ向かおうとしたその時。
「……あ」
背後から、かすかな声がした。
振り返ると、やはり彼女がいた。
昨日より疲れた顔。
けれど微かに、笑みを残していた。
「こんばんは……」
小さな声に、俺は思わず胸が痛くなる。
なんだ、この胸のざわつきは。
「だ、大丈夫?今日は一段と調子が悪そうだけど」
店員が俺たちを怪訝そうに見ていた。それも当然だ。
これだけ歳が離れていれば、下手をすれば誤解されてもおかしくない。
「今日も、少しだけ歩きませんか?」
彼女がぽつりと言った。
夜の公園で、彼女の分も買ったファンタを手渡す。
彼女はゆっくりと話す。
「私、学校で無視されるんです。でも、最初はそうじゃなかったんですよ」
俺は彼女の話を、頷きながらじっと聞く。
「家でも、お母さんやお父さん、他の兄妹には優しいのに、私のことは邪険にして……スマホも取り上げられちゃいました」
「スマホが無いから、学校でもますます孤立しちゃって……みんな、あたしのことなんてどうでもいいんです」
学校のこと、家のこと――全部ではないけれど、少しだけ本音を零す。
踏み込んではいけない距離だとわかっている。
でも、聞きながら、ただそばにいるだけでいい。
「……あなたと話すと、安心するんです」
再びその言葉。
否定も、遠慮もない。
その言葉は、静かに俺の胸を締め付けた。
夜風に揺れる髪、淡い街灯の光。
短い時間の逢瀬が、まるで世界を少しだけ止めたような気がした。
別れ際、彼女は小さく笑い、手を振る。
「じゃあ、また……」
見送る俺は、声をかけることもできず、ただ背中が闇に溶けるのを見つめる。
昨日までの浮かれた気持ちは、もう俺の中にはなかった。
家へ帰る途中、静かな夜にひとり、俺は思う。
――この距離でいい。
彼女が笑ってくれるなら、それだけで十分だ。
だが、心のどこかで、明日もまた偶然に会えることを願ってしまう自分を、否定はできなかった。
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