それだけですか
次の日――。
「偶然」の時間にコンビニに来た。
もう言い訳を考える気すらない。
この時間に来るのが、一日のルーティンになってしまった。
コンビニの自動ドアが開くと、いつもの冷気が顔に吹きつける。
缶コーヒーの棚は見向きもしない。
もうファンタグレープの場所に自然と視線が向いてしまう。
俺はコンビニ中を早歩きで闊歩しながら首をぐりんぐりんと店内中を見回る。
コンビニオーナーも真っ青の堂々っぷりだ。
今日は――いない。
胸の奥が、ほんの少しだけ沈んだ。
もちろん、当たり前だ。
毎日会えるわけがない。
それに、彼女は昨日ちょっと具合が悪そうだった。
今日は家で休んでいるのかもしれない。
そう思いながら、ファンタグレープを一本手に取る。
レジへ、行こうとしたとき。
「……あ、いた」
背後から、息を弾ませる声がした。
またしても心臓が跳ねる。
さすが俺。ストーカープロにクラスチェンジしつつある。
「また……偶然ですね……!」
「ゆっくりでいいですよ、無理しなくても」
そう言った瞬間、彼女は小さく笑った。
「言われました。お医者さんにも」
「え……?」
「今日、行ってきたんです。病院」
その言葉に、思わずファンタグレープの缶を握りしめた。
「どこか悪いんですか?」
「ただのストレスって言われました」
そう軽く言ったが、笑いが少し弱い。
「ストレス?」
「はい。まあ……家のこととか、学校のこととか」
昨日と同じように言葉を濁したが、その“濁し方”が、昨日よりちょっと深かった。
気軽に踏み込んではいけない。
わかっている。
でも、胸がざわつく。
「大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃないって言ったら……どうします?」
冗談めかして言った言葉なのに、なぜか胸の奥に刺さった。
「……そりゃあ、心配しますよ」
そう答えると、彼女は一瞬だけ目を見開き、それから拗ねるように言った。
「……それだけですか?」
その言葉は、夜の店内にふわりと落ちて消えた。
*
店を出ると、彼女の歩幅が昨日より少しだけ小さかった。
歩きながら、彼女はぽつりとつぶやく。
「休めって言われたんですけど……休む場所って、家しかなくて」
「家じゃ休まらないんですか?」
「……まあ、ちょっと」
まただ。
濁す。
でも、昨日よりは少しだけ近い。
「だから……コンビニでも、こうやって歩くのでもいいから、外にいるほうが落ち着きます」
「ずっと家にいると、余計つらくなるんですね」
「……はい」
彼女は夜風に揺れる髪を押さえながら、横目で俺を見る。
「あの……変なこと言いますけど」
「はい」
「あなたと話すと、ちょっとだけ……一息つけます」
こっちは息が止まる。
彼女は続ける。
「恋とかじゃなくて。そういうのじゃないんですけど」
はっきり否定されて、なんとなくほっとした。
それが普通だ。正しい。
「なんか……安心するんです」
夜の静けさが、その言葉の余韻を包み込む。
「……それならよかったですよ」
「はい。だからまた来ます」
彼女はそう言うと、昨日よりゆっくりした足取りで帰っていった。
背中が見えなくなったあと、俺はようやく呼吸を整えた。
ああ――いかん。
本当にいかん。
彼女が苦しいとき、俺のところへ来たいと言ってしまうような関係。
そこまで来てしまったら、余計にいかん。
けれど。
その“いかん”気持ちの裏で、ひっそりと湧き上がる喜びを、押し込むことができなかった。
明日も、同じ時間に――
彼女が「偶然」を装って来てくれるといい。
そんなことを願ってしまいながら、家へ向かった。
・・・このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』を、
ポチッと押すと、コーヒーがいつもより美味しくなるかも。
押さないと、スマホが微妙に熱くなります。




