警戒
霧が濃く、視界が白く擦りきれていた。
俺と彼女は、慎重に段ボールの小さな寝床へと歩み寄る。
「……いた」
彼女が囁いた先。
薄暗い茂みの奥に、ふたつの影がこちらを凝視していた。
中学生くらいの少女と、
その背に隠れる小学生の少年。
少女は反射的に弟を庇い、腕を広げる。
霧の中でも、その震えがわかるほどだった。
俺は両手を上げ、柔らかい声で言う。
「驚かせてゴメン。敵意はない。話がしたいだけだ」
少女の喉が強ばる。
「……話……?」
俺の後ろで、彼女が小さく囁く。
「焦らないでください。もっと優しく言わないと」
「分かってる。任せてくれ」
俺が頷いた瞬間――
少女の視線がピクリと揺れた。
弟は姉の服をぎゅっと握りしめ、
怯えたように俺を上から下まで見つめてくる。
……緊張のせいか?
敵か味方か判断しかねている、小動物のような目だった。
俺は距離を取るため半歩下がった。
そしてここから見える自分たちの第二拠点を指さす。
「昨夜、あそこの建物へ行ったろ? 食料を探しに。
俺達の拠点だが、それを責めるつもりはない。
むしろ、できれば……君達にはこんな所でなく、もっと安全な場所を使ってほしい」
少女の呼吸が止まったようになり、弟を抱き寄せる。
「……安全な、場所……?」
「俺たちの拠点を共同で使おう。空き部屋もある。雨風も避けられるし、拠点の扉だけじゃなく、各部屋の扉にも鍵を掛けられる掛けれるから、お互いのプライベートや安全も守れる」
彼女が横で静かに微笑んだ。
「きっと、子どもだけじゃ心細かったはずです。
ね、そうでしょ?」
「食料も少し分けよう」
少女の瞳が大きく揺れた。
何かを飲み込むように、唇を閉じる。
弟が不安そうに姉の腕にしがみつき、
「……おねえちゃん……どうするの……?」
少女は震える息を吐き、弟の頭に手を置いた。
自分も怖いはずだ。
俺たちが何者か、どんな目的か、判断材料は少なすぎる。
それでも――霧の下で凍える弟を守るため、
彼女はひとつの答えを選んだ。
「……行きます」
その声は掠れていたが、決意があった。
「……ついていきます。
……暖かい場所と、少しでも食べ物があるなら……そこに行きたい」
弟が震える肩を押さえながら、少女はわずかに頭を下げた。
俺は頷き、彼女と視線を交わす。
「よかった……」
彼女は安堵の息を吐いた。
霧は薄く流れ、四人分の足跡がゆっくりと帰路へ向かう。
少女は時折俺の横をちらりと見た。
不安とも、警戒とも、説明のつかない揺らぎを宿した視線。
そして、弟の手を引く少女の背中には、
「生き延びなきゃ」という切実さだけが残っていた。




