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葛藤




霧を抜け、第二拠点の扉を閉めた瞬間――

張りつめていた緊張が、わずかに緩んだ。


だが、胸の重さはそのままだ。


彼女がポツリと口を開いた。


「……どう、しますか……? あの子たち……」


俺は荷物を下ろし、壁に背を預けて呼吸を整える。


すぐに答えられなかった。


「放っておいても……また来ますよね。

 食べ物、必要なんだから……」


「来るだろうな。昨夜みたいに、気配を消して」


「……でも、追い払うのも、違う気がして……」


彼女の声は迷いと罪悪感で揺れていた。


俺も同じだった。


敵なら迷わず対処できる。

だが、相手は――子供。

そして、生きるために盗みに来ている。


正義も悪も、ここでは曖昧だ。


「……今の俺たちの物資は余裕があるわけじゃない。

 全部与えれば、こっちが死ぬかもしれない」


「はい……。それは、わかってます」


「でも、見捨てれば……」


そこで言葉が途切れた。


子供たちの小さな手袋が、脳裏に浮かぶ。

あの震えた足跡が。


生きようとして必死だった、あの痕跡が。


彼女が少し俯き、袖を握りしめながら言った。


「……あの隠れ家、思ったより……ひどかったですね」


俺はうなずく。


ダンボールと破れたビニールの隙間から

冷たい風が入り込み放題のあの“寝床”。


子どもがあんなところで夜を過ごしていたのかと思うと、

胸が痛んだ。


「放っておけば、あの子達はいずれ凍えるか飢えるか……最悪、どっちもだ」


「……だから、やっぱり……話さないと、ですよね」


「そうだな。あそこまで追い詰められてるなら、

 “俺たちが危険じゃない”って伝える機会を作らないといけない」


足跡も寝床も――

子供たちがほとんど毎日、そこへ戻っていることを示していた。


彼女は手をぎゅっと組み合わせて、勇気を振り絞るように言った。


「……張り込みましょう。

 あの寝床の近くで。

 子供たちが戻ってくるのを待って……それで、直接話しかけるんです」


俺は少し考えたあと、静かに頷く。


「追いかけたり、驚かせたりは絶対にしない。

 逃げようとしたら、距離を取る。

 それでもいいから、“敵じゃない”と伝えることが目的だ」


「はい……」

彼女の目に、迷いはない。

むしろ、決意の色があった。


「それで、提案するんだよな?」


「第二拠点を……うん」


彼女は言葉を選びながら続けた。


「“この場所を使っていい”、って。

 私たちがいない間でも、ちゃんと鍵を閉めて眠れるって……

 屋根もあるし……食糧もちょっとだけ置いておくし……」


「ああ。生き延びるための最低限の場所を渡す。

 俺たちがここにいる時は別の部屋を使えばいい。

 衝突しないように距離も取れる」


「……きっと、あの子たち……“安全”って知らないんですよね」


彼女の声は、ほんの少し震えていた。


戦力でも、脅威でもない。

今はただ小さくて、弱くて、道端の影で丸くなっているだけの存在。


それでも俺たちに夜の恐怖を与えた相手でもある。


だから彼女は恐ろしくて、同時に放ってもおけないのだ。


今は脅威でなくとも、本気で生きるか死ぬかになればどうなるかわからない。

そうなる前に、こちらに引き入れる。


俺はランタンの火を少し強くして、地図を指し示した。


「張り込む場所は、寝床から十五メートル手前。

 視界にギリギリ入らない位置だ」


「はい」


「子供たちが戻って来たら、まず俺だけが姿を見せる」


「じゃあ私は……」


「俺の後ろだ。俺一人に見える距離で立ってくれ」


「……わかりました」


静かな沈黙が落ちる。


だがその沈黙には、不安だけじゃなく

“覚悟”が含まれていた。


「……成功すると思いますか」


彼女がぽつりと言った。


俺は即答する。


「成功させるんだ。

 子供たちが怯えず、俺たちも安心な夜を迎えられるようになる形でな」


彼女は目を閉じ、深くうなずいた。


「……うん。やりましょう」


ランタンの灯りが二人の顔に揺れ、

その静かな決意を照らす。


こうして――

俺たちは“子供たちとの初めての接触”に向けて動き出した。

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