不穏
夜が降りきった。
第二拠点の中には、ランタンのほのかな明かりが一つ。
その光すら広がることを恐れるように、俺たちは小さな布で覆っていた。
外は霧が濃く、
窓の外を覗けば――すぐそこに何かがいるような錯覚さえ覚えるほど。
「……寝れそうにないですね」
彼女が囁く声は、小さく、かすかに震えていた。
「無理に寝なくていい。何かあったらすぐ動けるようにしておこう」
そう言いながら、俺も喉が乾いていた。
夕方の“あの音”が、まだ耳に残っている。
拠点の中は静かすぎる。
その静けさが逆に、背中をじわじわ冷やす。
……
どれくらい時間が経っただろうか。
外の霧は濃さを増し、
風が吹くたびに拠点の壁がかすかに軋む。
彼女は俺の腕を自分の手で包むように握っていた。
怖いというより、何かを“感じている”からの反応に近い。
そして――
――カリ、カリ……
壁の向こうから、何かが触れる音がした。
心臓が一気に跳ねる。
彼女の手もピクリと震える。
「……今の、聞こえましたよね」
「聞こえた」
俺は声を殺し、ランタンの火を弱める。
暗闇が一気に深くなり、視界が狭くなる。
それなのに音だけが濃く、近く感じる。
――カリ……カサ……カタ……
壁の外を、何かが這うような音。
人間か、動物か、風か。
判断がつかない。それが余計に怖い。
そして次の瞬間――
――コツン……!
はっきりと、拠点の壁のすぐ外を“何かが蹴った”。
彼女の肩が跳ね、俺の腕を強く握った。
「……ひ……っ……」
息を吸う音すら怖くて、声が漏れなかった。
俺も喉が詰まる。
戦闘の構えはしているが、姿が見えない相手ほど厄介なものはない。
外の気配は動いている。
歩いている。
ゆっくり、ゆっくり……
“何かを探すように”。
――ザ……ザ……ッ……
土を踏む音が、扉の前に止まった。
彼女の呼吸が止まる。
俺も息を封じた。
闇が濃すぎて、音がより鮮明に感じる。
俺たちは声ひとつ出さず、ただ相手の気配を待つしかない。
扉の前に、誰かが立っている。
確実に。
その時――
――ギ……ッ
扉の取っ手が、ほんのわずか“回された”。
彼女が俺の服の裾を強く握る。
俺も背筋が凍る。
鍵はしっかりかかっている。
仕掛けた罠も機能するはずだ。
でも――
「試しに回された」という事実が問題だった。
誰かが“知っている”。
ここに、人がいると。
扉の向こう側で、何かが呼吸している。
すぐそこに、立っている。
――コト……
軽い音。
まるで“耳を扉に当てた”ような……そんな近さ。
俺たちは一切動けなかった。
長い、長い時間が過ぎる。
それでも相手は動かない。
扉の向こうで気配だけが、じっと息を潜めている。
暗闇のせいで、
安堵なのか恐怖なのか、自分の感情もわからなくなる。
やがて――
――タッ……タタッ……
突然、何かが走る音とともに、
外の気配が一気に遠ざかっていった。
霧の中へ消えるように。
俺も彼女も、息を止めたまましばらく動けなかった。
ようやく、彼女の手が震えながら腕から離れる。
「……だれ……?」
「分からない。でも……だったら余計に危険だ」
暗闇は変わらない。
霧の向こう何が潜んでいるかもわからない。
ただひとつだけ確実なのは――
“今夜、俺たちは狙われた”。
その事実だけだった。




