バイバイ
次の日の夜も、俺は「偶然」コンビニへ向かった。
もちろん、本当に偶然だ。
扉を押すと、ひんやりした空気が頬を撫でた。
蛍光灯の明るさが、外の夜よりもやけに強く感じる。
缶コーヒーの棚へ向かう。
昨日と同じように、いや、昨日より少し堂々と周りを見回し――。
いない。
当たり前だ。
毎日同じタイミングなわけがない。
むしろ毎日会えていたら、それはもうストーカーの才能だ。
もちろん俺はストーカーでは無い。
そう思いながら、棚からコーヒー缶を――いや、今日も、ファンタグレープを手に取った。
そのときだった。
入口の扉が、そっと開く音がした。
「……あ、やっぱりいる」
声の主に振り返るまでもなく、高鳴る胸。
俺、ストーカーだった。
彼女が、息を弾ませながら店に入ってくる。
どうやら走ってきたらしい。
「どうしたんですか、そんなに急いで?」
「……えっ!?」
はっとしたような顔になり、しどろもどろになる彼女。
息をつく彼女の顔色が、いつもより少しだけ悪いように見えた。
「なんか、疲れてません?」
「あ……分かります? 今日はちょっと、いろいろあって」
「無理しないほうがいいですよ」
「でも……来たかったんです。ここ」
ここ。
どこ。
「そういえば……今日もファンタグレープなんですね」
「え、えぇ。なんか、久しぶりに飲むと美味しくて」
嘘だ。きっと、そんな理由で買ったんじゃない。
「えへへ……なんか、嬉しいです」
彼女は微笑むと、棚から同じファンタグレープを取り出し、俺の缶に軽くコツンと当てた。
「……おそろいですね」
心臓に悪い。
だが、勘違いしてはいけない。
彼女は、きっと俺を心臓発作で殺そうとしているのだ。
*
店を出たあと、彼女は少し足取りがふらついた。
「大丈夫?」
「あ、すみません……今日はちょっと……」
本当に具合が悪そうだったので、近くの公園のベンチに促した。
彼女は素直に腰を下ろし、ファンタグレープを開けて口に含む。
「美味しいんですね、ファンタグレープって」
「復刻版です。しばらく休んでから帰ったほうがいいですよ」
「はい。……あの、こんな風に人とゆっくり話すの、久しぶりです」
「忙しいんですか?」
「まぁ、ちょっと……いろいろ。家のこととか」
彼女はそこで話を濁した。
追及する気はない。
彼女が、話したくないこともあるだろう。
「でも……来れば、なんか安心するんです」
「コンビニって、そういう場所ですよね」
「違います」
即答だった。
俺は思わず息を飲んだ。
夜の空気が、すっと静まった。
彼女は気づいていないのか、気づいているのか、視線を落としたまま続けた。
「なんか……落ち着くんです。勝手なこと言って、ごめんなさい」
心臓が高鳴る。俺は言葉を選ぶ。
ここで踏み込むわけにはいかない。
期待してはいけない。
「安心してもらえるなら、よかったですよ」
「はい……ありがとうございます」
彼女はゆっくり立ち上がった。
さっきよりも、少しだけ顔色が戻っていた。
「じゃあ……また」
また。
その一言が、ファンタグレープより少し甘く響く。
「気をつけて帰ってください」
「はい。……バイバイ」
彼女はにこっと笑うと軽く手を振り、夜の道へ消えていった。
……バイバイ。
その背中が闇に溶けるまで見送ったあと、ようやく俺は息をついた。
……いかん。
これはいかん。
けれど、止められない。
明日が、また「偶然」でありますようにと、願ってしまった――。
・・・このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』を、
ポチッと押すと、あなたの好きな人が今日いい気分に。
押さないと、ペン先からインクが勝手に漏れます。




