気付いてはいけないこと
彼女が赤い顔のまま調理スペースへ向かおうとした時、
俺はふと窓の外の薄い光に目を向けた。
静かだった。
風の音も、廃墟の軋む音も、今日はほとんどしない。
まるで、
「今日は休め」と世界が言っているみたいだった。
「なあ」
呼び止めると、彼女はピタッと止まり、こっちを振り返った。
まださっきの密着事故の余韻が残った顔のままで。
「……は、はい?」
「今日、どうする? 探索は……正直、体力的にきつい」
彼女は一瞬驚いた顔をしたあと、ハッとした表情になる。
そのまま、胸元で両手を握りしめた。
なにやら、思い詰めたような顔に変わる。
表情がコロコロ変わって面白い。
「……実は私も、そう思ってました。
昨日の移動と片付けで、足が……まだちょっと重くて」
俺はうなずいた。
「なら、今日は休もう。
休める時に休んでおかないと、明日動けなくなる」
「……休養日、ですね」
「そういうこと。
生き延びるための、必要な選択だ」
そう言うと、彼女はじっと何かを考え込んでいる。
その表情は、真剣そのものだ。
そして、ふっと力を抜き、椅子に腰を下ろした。
「……よかった。言いにくかったんです。
“休みたい”って言うと、甘えてるみたいで!」
「甘えでいいだろ。
俺たち二人しかいないんだ。
どっちかが倒れたら、それこそ終わりだ」
「……はい。そう。そう……ですよね」
小さく返事をしたあと、
彼女は手のひらで自分の頬を軽く叩いた。
「じゃあ……今日は、のんびりしましょう。
ちょっと贅沢して、スープも温めて……
もう、ほんとにゆっくり」
「贅沢って言うほどの物じゃないけどな」
「えへへ、でも……こういう日があるの、嬉しいです」
彼女は微笑み、そっと視線を落とす。
外の荒んだ世界とは別の、
あたたかくて、小さな空間。
二人だけの静かな一日が、ここから始まった。
しかし俺は少し気になっていた。
彼女がさっき一瞬見せた、何か気づいてはいけないことに気づいてしまったかのような、不安と焦燥が入り乱った、その表情が……。




