寝息
――眠れない。
横では、彼女が穏やかな寝息を立てている。
布団越しに伝わる体温が、妙に近い。距離ではなく、存在そのものが。
……これ、絶対眠れない。
心臓がやかましく暴れている。
呼吸を整えようとしても、彼女のゆるやかな呼吸と重なってしまい、逆に意識してしまう。
――いい匂い、するとか思ってしまうのは、危機感が足りないんじゃないか俺。
むしろ変態なのか俺。
「…………」
俺は天井を見つめながら、小さく息を吸う。
……今は緊張して眠れないだけだ。
でも緊張の理由は、危険ではなく――
彼女がすぐ横にいるという事実。
布団が少し動き、彼女が寝返りをうつ。
俺の肩に、そっと頭が触れた。
心拍数が一気に跳ね上がる。
けれど、驚きより先に、
自然と手が伸び、彼女の頭を守るように布団を直していた。
眠っているときの彼女は、無防備で、柔らかくて、
……守らなきゃ、と思わせる。
俺が眠れないとかどうでもいい。
この状況で安心して寝てるってことは……
それだけ俺を信じてくれてるってことだ。
信頼の重みが、胸にずしりと乗る。
俺はそっと、彼女の寝顔を見ないように目をつぶった。
遠くで、風が建物を撫でる音がする。
時折、小さな瓦礫が落ちる音も――この街には“完全な静寂”なんて存在しない。
だからこそ。
「……大丈夫。何があっても、起きて対処するから」
眠っている彼女に向けて、小さく呟いた。
優しさというより、決意。
彼女に聞こえなくていい。
ただ、自分の心に刻むための言葉。
その数分後。
「……ん……」
寝ぼけた声。
次の瞬間、彼女の腕が、俺のほうに絡む。
ちょおおおおい!?
まるで、寒いときに毛布を抱きしめるみたいな自然さで。
「……あったかい……」
そんな無自覚の一言まで落としていく。
……無理。眠れん。
むしろ、眠れたら人間じゃない。
だが――不思議なことに、その腕の重みは心を落ち着かせた。
“頼られている”という実感が、戦う決意の芯になる。
不安も怖さも、全部ひっくるめて。
「……おやすみ」
今度は本当に小さく、呟いた。
ゆっくりと目を閉じる。
外の風音に混じり、彼女の安らかな寝息が響く。
ようやく――俺のまぶたも、重くなっていった。




