転機
あれから数週間。手持ちの食糧と水は随分と少なくなっていた。
朝の光が薄く差し込むホームセンター。
瓦礫とほこりに覆われた店内は、昨日までの静けさとは違い、どこか不安定な空気をまとっていた。
俺は棚の隙間を覗き込み、今日もまだ使えそうな物資を確認する。
「……この棚もこれで最後か」
乾いた声で呟くと、彼女も肩越しに見て小さく頷いた。
最初の異変は、小さなきしみ音だった。
天井の鉄骨が微かに揺れ、床に伝わる振動が足裏に響く。
棚の上の缶詰が微妙にガタガタと揺れた。
「……あれ?」
彼女が顔を上げる。緊張の色がにじむ。
地面の揺れ。地震。
次の瞬間、天井の一部がドスンと落ち、ホコリが舞い上がる。
「くっ、危ない!」
俺は反射的に彼女の手を掴み、低く身を屈めた。
棚の隙間を縫うようにして、瓦礫を避けながら前に進む。
その後も揺れは断続的に続く。
棚が少しずつ傾き、缶詰や工具が落下する。
「気をつけて!」
声を張り上げ、彼女と距離を詰めて動く。
彼女の手が俺の腕に触れ、指先が一瞬だけ震える。
通路の一部が崩れ、瓦礫の山が足元を塞ぐ。
呼吸が荒くなる。汗とホコリが顔に張り付き、目の中まで痛い。
「ここを抜けるんだ、急げ!」
俺は声を出し、彼女を押すように導いた。
天井の鉄骨が大きくきしむ。
バキッ――
壁の一部が崩れ落ちる。
上から降ってきたコンクリートを避け、俺は彼女の手を握り、必死に走る。
「もう少しだ、外だ!」
瓦礫の山をかき分け、ようやく店の出口が見える。
だが出口直前で、棚が完全に倒れ、進路を塞ぐ。
「……くそっ!」
俺は倒れた棚を跨ぎ、彼女を引き上げる。
外に飛び出すと、全景が見渡せた。
瓦礫の山がゆっくりと呼吸するかのように揺れ、鉄骨の軋む音が響いていた。
俺と彼女はお互いの手を握り締め、祈るように建物を見つめていた。
次の瞬間――
バリバリッ!!
屋根全体が連鎖反応のように崩れ始めた。
鉄の梁が宙を舞い、棚や壁が次々と轟音と共に崩落する。
店内の空気が爆発するかのように押し出され、ガラスが粉々に砕け、金属の破片が飛び散る。
「ぐ……!」
俺は思わず身を屈め、横にいた彼女の肩を抱いてガードする。
振動が地面を通じて全身に伝わる。足元の砂利も微かに跳ねた。
店の正面からは、屋根の一部が押しつぶされるように倒れ、壁が内側に崩れ込む。
柱が折れるたびに、轟音とともに粉塵の波が外に押し出される。
まるで、建物自体が絶叫しているかのようだった。
金属の梁が地面に叩きつけられ、ガガガガガッ!!と連続する破裂音。
棚の中身が雪崩のように押し出され、散乱する工具や缶詰が地面を叩く。
最後に、中心部の天井が音を立てて大きく落ちる。
ドォォォンッ!!!
轟音が響き渡り、衝撃波のように周囲の空気を揺らす。
粉塵が巨大な雲となって建物を覆い、もはや建物の原形はなく、瓦礫の山だけが残る。
静寂が戻ったのは、それから十数秒後だった。
灰色の粉塵がゆっくりと舞い降り、金属の破片や木材の破片が地面に散らばる。
ホームセンターは完全に崩壊し、二度と立ち上がることはない。
俺は深く息を吸い込み、肩越しに彼女を見る。
彼女も言葉を失ったまま、瓦礫の残骸を見つめていた。
「……終わったんですね」
声は小さく、震えている。
「ああ」
俺は肩を落とし、しかし背筋を伸ばした。
目の前の完全崩壊が、俺たちに残された物資の限界を突きつける。
生き残るためには、もう一歩踏み出すしかない。
崩壊した建物の背後で、朝の光が粉塵に反射して黄金色に輝く。
その光景は、絶望と同時に、新たな決意をも二人の胸に刻み込んでいた。
「……もう戻れない」
彼女の声は震えていた。目に映るのは、もはや手の届かない物資と、崩れ落ちる建物の断片だけ。
俺は深く息を吸い、肩を落としながらも彼女を見た。
「よし、一度戻ろう。倉庫に――ここを失っても、生き延びる場所はきっと他にもある」
彼女は小さく頷き、俺の腕にそっと寄り添う。
触れずとも、距離の近さで互いの安堵を確認する。
ホームセンターの崩壊は、単なる建物の消失ではなく、二人に“安全だけでは生き延びられない”ことを突きつけた。
物資の確保、拠点の移動――選択肢は限られている。
だが、この危機こそ、二人が新たな覚悟を固める瞬間でもあった。
瓦礫の山の向こうで、最後の壁が音を立てて崩れ落ちる。
鉄の軋みと粉塵の中で、二人は互いの手を握り返し、息を整える。
生き残るために、次の一歩を踏み出す準備は、もう整っていた。
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