帰ろう
それからくまなく避難所を探したが、家族は見つからなかった。
「……やはり、ここは長くいられないな」
俺がそう言うと、彼女は不安げに俺を見つめる。
「帰ろう。俺達の拠点へ」
そう言うと、彼女は安心したのか、わずかに俺の腕に寄り添った。
触れてはいない。
けれど、触れたと錯覚するほど近い。
俺はその距離に動揺しながらも、表情を崩さず外へ導いた。
俺たちは互いの手を握り、群衆の間を静かに抜ける。
争いが渦巻く空間を通り抜けるたび、体は緊張で硬直する。
避難所を離れた瞬間、彼女が小さく息を吐いた。
「……やっと、帰れるんですね」
外の空気は冷たく、避難所の喧騒が遠ざかるにつれて、
彼女の肩は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「避難所には、もう……戻れないですね」
「戻らないほうがいい」
彼女はわずかに俯き、
そして、ぽつりと呟いた。
「あなたと一緒じゃなかったら、私……多分、もう無理でした」
その一言が、夜の風より深く胸に刺さる。
悟られないように、わずかに顔を背ける。
――頼られるのは、嬉しい。
――でも、嬉しいと感じてはいけない。
彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩きながら、
その矛盾だけが胸に渦巻く。
体育館の喧騒は遠のき、
代わりに静かな瓦礫の街の音だけが残った。
その静寂の中で、
薄暗い街路に二人だけの静かな影が伸びる。
外の世界はまだ崩れたまま。
生存者たちは壊れた秩序の中で彷徨い、争い続けている。
倉庫に戻れば、二人だけの安全圏が待っている。
その認識だけが、互いを落ち着かせていた。
倉庫が見えてきたとき、彼女はほっとしたように胸に手を当てた。
まるで、たった数十メートル手前でようやく呼吸を許されたかのように。
俺も同じだった。
あの場所で押し殺していた緊張が、急にほどけていく。
扉を開けると、倉庫の中は、昨日までと変わらず静かで、整っていて、俺たちの匂いがした。
外の世界の混沌とは別の時間が流れているようだった。
彼女は奥まで歩き、積み上げた箱や工具を見渡して、そっと微笑む。
「帰ってきた、って感じがします。
ここ、本当に……“私たちの場所”って感じで」
その言葉に、胸が強く鳴った。
彼女が“私たち”と言ったことに。
同じ場所を同じ意味で見つめていることに。
俺は照れ隠しのように、少し乱暴に扉を閉めた。
「今日はもう休もう。
避難所で使った体力も精神も、もう限界だろ」
「はい」
彼女は簡易ベッドに腰を下ろし、柔らかく息を吐く。
その横顔には、避難所で晒されていた張りつめた緊張が、ゆっくりと溶けていくのが見えた。
俺は倉庫の灯りを弱め、入口に耳を澄ませる。
風の音だけ。
人の気配はない。
安全だと確信した瞬間、ふと彼女が小さく声を落とした。
「ねえ……
明日も、生き延びましょうね。二人で」
闇の中で、彼女の瞳がこちらを真っ直ぐに射抜いてくる。
拒む理由など、どこにもなかった。
「――ああ。必ず生き延びる。
……二人で」
言葉にした瞬間、倉庫の空気がわずかに変わった。
柔らかく、温かく、それでいて危うい。
互いの存在を必要とし始めている、その確かな気配。
倉庫の外では、壊れた街が静かに息を潜めている。
明日になれば、また争いが起きるかもしれない。
だが――
今だけは、二人の世界だけがここにあった。
倉庫は静まり返り、薄い光がふたりの間を照らす。
その中で、俺たちはゆっくりとまぶたを閉じる。
明日戦うために。
明日、生き延びるために。
そして、これからのすべてを――
二人で乗り越えるために。
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