戦いの後
男たちの足音が完全に消え、倉庫の外が静寂に沈んでからもしばらく、俺の鼓動は荒く、呼吸も落ち着かなかった。
鉄パイプを握った右腕が震えている。
興奮や恐怖だけじゃない。
――守った。
その実感が遅れて押し寄せて、身体の奥で暴れていた。
振り返ると、彼女はまだ入口の影に立ち尽くしていた。
倒れていた毛布を踏まないように、小さく震える足先を引き寄せながら。
「……ほんとに、大丈夫なの?」
彼女の声は、ほとんど囁きだった。
「ああ。掠り傷ひとつない」
そう答えると、彼女は小さく息を吐いた。
その吐息が震えている。
ゆっくり歩み寄ってくる。
細い肩が、まだ戦いの緊張を引きずったままこわばっていた。
近づきすぎないように、一度立ち止まり、また一歩だけ進む。
迷っている。
俺に触れていいのか、触れたら何かが壊れそうなのか――そんな葛藤がそのまま動作に出ていた。
「ほんとに、怖かった」
声がかすれる。
彼女は袖口を握り、俺の影の中で言葉を探している。
涙をこらえて眉尻を下げるその表情が、胸に悪いほど刺さる。
「さっきの、あの瞬間……あなた、死ぬかもしれないって」
言いかけて、言葉が途切れる。
――泣くな。
そう言いたかった。
でも言ったらきっと、もっと泣かせてしまうと思った。
「俺は大丈夫だ。死ぬ気なんてない」
俺は静かに言う。
遠ざけるでも、引き寄せるでもなく、ただ安心させるためだけの声で。
そしたら彼女は、ほんの一瞬だけ俺の胸元に額を寄せた。
触れたか触れないか、それくらいの小さな触れ方。
でも、違う。
泣きつくでも甘えるでもなく、ただ“震えをごまかすための一瞬”みたいな距離だった。
「……怖いよ……こんな世界」
「知ってる。俺だって怖い」
その言葉に、彼女は少しだけ顔を上げて俺を見る。
「でも、守る。俺がいる」
言った瞬間、彼女の表情がかすかに変わった。
期待するような、信じたいような、でもそれを表に出すのを必死に抑えるような――複雑な光。
距離がまた少し近づく。
でも、まだ触れない。
触れられない。
「……ありがとう」
その声は弱いのに、どこか決意も含んでいた。
彼女はゆっくり下を向き、袖で目の端を拭った。
少し落ち着いたのか、自分の震えを見せたことを恥ずかしそうにし、
けれど逃げずに俺の隣へ腰を下ろす。
倉庫の奥、簡易ベッドのぎりぎりの端に。
俺との距離は、手を伸ばせば触れられる。
でも、彼女は触れない。
「……少しだけ、休んでもいい?」
「ああ。眠れるなら」
彼女は毛布を肩にかけ、そのまま身体を寄せるように丸めた。
俺のほうへ向いている。
頼るように、すがるように。
けれど俺に触れないように、ぎりぎりの距離で止めている。
その遠慮と信頼が、胸を締めつける。
薄いランタンの灯りが揺れ、倉庫の壁に二人の影が寄り添うように映った。
外の世界は敵ばかりになった。
でもこの狭い倉庫の中だけは、まだ息ができる。
……こんな距離を保てるのは、今だけだ。
明日は何が起こるかわからない。
俺は小さく息をつき、そっと言った。
「おやすみ」
彼女は目を閉じたまま、小さく囁く。
「……おやすみなさい」
夜は静かに、更けていった。
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