灯り
また、夜がやって来た。
ランタンの灯りが倉庫の壁を揺らし、影が重なったり離れたりする。
そのたびに、彼女は小さく肩をすくめた。
「……ねぇ」
不意に声をかけられ、俺は荷物の整理をする手を止めた。
「ん?」
「昼間会った人たち、何もして来ないかな」
彼女はランタンの光を見つめる。
「この場所はまだ、バレてない。大丈夫だと思う」
「……そっか。良かった」
安堵の息を吐いた瞬間、ふっと緊張が緩んだのか、
彼女は少しだけ俺のそばに座り込んだ。
距離にして、肘が触れるか触れないかの位置。
狭い倉庫でも、その距離を選んだのは偶然じゃない。
胸の鼓動がひどくうるさい。
聞こえていないことを祈る。
「怖くないのか?」
そう問うと、彼女は少し考えてから答えた。
「怖いよ。でも、あなたがいるから、たぶん大丈夫」
その言葉に、心臓が一瞬止まったように感じた。
彼女は俺を頼っている。
ただの偶然で出会った、年上で、どこにでもいる社会人の俺を。
――その重さを、間違っても利用してはいけない。
強く自分に言い聞かせ、息を整える。
俺は荷物の中から寝袋を取り出した。
「今日はこれで寝よう。明日の朝になったら、またホームセンターに物資を取りに行こう」
「うん」
彼女は素直に頷き、寝袋を広げようとしたが、手が震えて少しもつれた。
「貸して。俺がやる」
「ご、ごめん……」
「謝るな。誰だってこんな状況じゃ落ち着かない」
寝袋を広げていると、彼女が少しだけ声を潜めた。
「不安で、たぶん眠れないと思うから近くにいてくれる?……昨日よりも」
その問いはあまりにも真っ直ぐで、拒絶する理由がどこにもない。
「近くにいる。安心して寝てくれていい」
「……うん。ありがとう」
倉庫の片隅、ランタンの灯りの下、
今日も俺は彼女と共に寝る。
彼女はランタンの光を見つめたまま、ゆっくりと横になる。
しばらくして、
「ねぇ」
布の擦れる音とともに、小さく呼ばれる。
「うん?」
「もうちょっとだけ、そばに行っていい?」
胸が締めつけられるように痛む。
彼女のその小さな願いは、
この世界で今、誰よりも切実なものなのだろう。
「わかった」
俺は静かに体を向け、微かな呼吸のリズムを感じる距離で横になった。
暗闇の中、ランタンの光がゆらぎ、音のない倉庫を照らす。
やがて、彼女の呼吸は少しずつ落ち着き、一定のリズムになっていく。
眠ったのだと気づいた瞬間、
胸の奥に温かいものと、どうしようもない重さが同時に広がった。
崩壊した世界で、
俺は彼女のたった一つの“灯り”になってしまった。
——この距離を、間違えてはいけない。
強く目を閉じながら、俺は心の中で繰り返した。
倉庫の外では、遠くで何かの倒壊する音がした。
・・・このあとがきの下にある『☆☆☆☆☆のマーク』を、
ポチッと押すと、あなたの運命がほんの少し変わります。
押さないと、電気が一瞬チカッとします。




