家族
瓦礫の街を歩くうち、彼女の歩調は次第に速くなった。
呼吸も浅い。見慣れた街並みが崩れ果てているほど、彼女の不安は増していくのが分かる。
「……あの角を曲がったら、家なんです」
声はかすれていた。
曲がった瞬間、彼女は足を止めた。
そこに“家”はなかった。
ただの瓦礫。
壁の破片、折れ曲がった柱、焦げた家具。
「……え」
小さな声が漏れたまま、彼女は一歩、二歩と近づいた。
俺は胸がざわつくのを押さえつけながら後ろに立ち、崩れた家屋を見つめる。
死体はない。逆にそれが、恐怖に拍車をかけた。
「……お母さん……? お父さん……?」
瓦礫の上に膝をつき、震える手で掴んだ破片を持ち上げる。
砂埃が舞い、彼女は咳き込みながら周囲を探し続ける。
「どこ……どこなの……っ」
今にも崩れてしまいそうな頼りない声。
流れる涙。
俺は思わず腕を伸ばし——
だが、直前で止めた。
衝動が、喉まで競り上がってくる。
こんなとき、そばにはいたい。
でも年齢差が、立場が、それを許さない。
俺は拳を握りしめ、声だけを寄せた。
「……まだ、生きてる可能性はある。避難所に向かったのかもしれない」
「……ほんとに……?」
縋るような瞳が向けられる。
その一瞬だけ心臓がひどく跳ねた。
——ダメだ。顔に出すな。
喉が乾く。
胸がきゅっと痛む。
「まだ、決まったわけじゃない。探そう」
そう言うしかなかった。
彼女は小さく頷き、震える指で涙を拭った。
頬に触れた手が白くて、小さくて、儚い。
胸の奥がしびれるように熱くなる。
抱きしめたいと思ってしまう自分に、必死でブレーキをかける。
「あ……これ」
彼女が瓦礫の隙間から、小さなものを拾い上げた。
焦げ跡のついた写真立て。
家族全員が笑って写っている写真。
彼女はそれを胸に抱きしめ、声を押し殺した。
「……どこにいるの……」
肩が震え、涙がぽたぽたと写真に落ちる。
俺はその隣にしゃがみ込み、できるだけ距離を保ったまま、言葉を探す。
「……ここにいても危ない。まず、休める場所を探そう」
「……はい」
立ち上がった彼女は、かすかに俺の袖を掴んだ。
ほんの指先。
頼るというより、倒れないように支えるための仕草。
それだけなのに、胸が少しだけ乱れる。
呼吸を整え、悟られないように袖の先でそっと彼女の指を支える。
瓦礫の街を離れながら、彼女はふらつく足取りで歩いた。
家族がいない現実を飲み込めず、息が震える。
その横で、俺はただ静かに歩く。
触れたいと思いながら、触れられない。
守りたいと思いながら、距離を置く。
それでも——
彼女は袖を離さなかった。
その頼る気配だけが、世界の崩壊の中で唯一の熱だった。
「……行方不明なら、生きてる可能性は十分ありますよ」
「……うん」
頷いた彼女の横顔は泣き腫らしていて、
その表情ひとつで、胸がまた痛んだ。
世界は崩れたまま動かない。
死体と瓦礫がのしかかるように広がっている。
けれど俺は、彼女の小さな歩幅に合わせ、ゆっくり歩く。
瓦礫の街の中心に残るのは、寄り添うように歩く二人だけだった。
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