ささやかな心配
帰り道のコンビニは、夜の静けさに包まれていた。
店内の蛍光灯が薄く揺れ、缶コーヒーの冷たい棚の前で、俺はいつも通り一人だった。
別に疲れているわけでもない。淡々と働き、淡々と暮らす日々。恋も夢も、もう長いこと置き去りにしてきた。
いつからだろう。人生が、過ぎていく日々をただ見送るだけになったのは。
レジを終えた客が出口に向かうと、棚の端で小さな影がふらりとよろめいた。
黒髪を肩にかけた若い子が、手に持ったカップ麺を落としかけていた。
「大丈夫ですか?」
思わず声をかけると、彼女は驚いて振り返った。
「え、あ……はい、大丈夫です……すみません、びっくりさせて」
小さな声に、夜の静けさが重なって、妙に響く。
俺は彼女を支えながら、軽く微笑んだ。
――こんな小さなことなのに、胸の奥がちくりと痛む。
懐かしい。そして、遠い。遠い感情だ。
まさか、こんな夜のコンビニで心がざわつくなんて。
若い子はカップを棚に戻すと、少し照れたように頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいえ、気をつけてくださいね」
言葉はそれだけなのに、妙に長く感じた。
視線を逸らしながら、俺は自分の心の動きに気づく。――まずい。
でも、彼女はもう振り返りもせず、棚の向こうに消えた。
俺は缶コーヒーを手に取り、静かに息をつく。
その夜、帰り道の街灯に照らされた中で、俺はふと足を止めた。
そう。みじめなのだ。人を恋しいと、思う心が。
もう決して手に入らない物ならば、目に映すことなく、生きて行けたなら。
……ふらついていた彼女は、あの後、無事に家に辿り着けただろうか?
そんな、何気ない心配。それだけで、今日の夜は少しだけ意味を持っている気がした。
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