それぞれの思惑
「もう外は真っ暗だね」
大人用のハンバーグを2つに割り、その片方を口に詰め込みながら莉久。
頬をぱんぱんに膨らませながら喋っているが、口からソースすらこぼれないのが不思議で仕方ない。
健也は莉久を注意することもせず、手元のクッキーをほんの少しずつかじっている。
「警察の人が来てたね」
落ち着かない莉久に代わり、今度は莉緒が促しだした。
本当なら今ごろ、京子のお父さんが説明していたはずだが、警察が何かつかんだのだろう。
言いにくいことを言う役目から目を逸らしたい健也は、そのことに気付いている双子から逃れられないことにようやく気付いた。
「今、京子ちゃんのお父さんが事情聴取を受けてて・・・」
「お母さんが死体で発見されたって、今」
「・・・え?」
言い淀んだ言葉を京子が紡ぎ、驚く健也。
健也が散々迷った末の告白は、双子がすでに済ましているのだから当然だが。
京子がすがるように健也を見る横で、莉緒が憐れむような視線を向けた。
「警察の人、何て?」
「え?」
「犯人捕まりましたって?」
やけに落ち着いた質問する莉緒とただ狼狽えながら答える健也。
「いや、何も聞いてない・・・」
「何しにここに来たの?」
「お腹すいてるだろうな、て・・・」
「本当に?」
まだ誤魔化そうとする健也への憐れみがいっそう深くなる。
「お母さんは、自殺したんだよ」
硬く、決意のようなものが混じる声に3人の視線が集まった。
「だから、犯人はいないと思う。私、警察の人にそう言ってくる」
いきなり立ち上がっり、ドアに向かって進んだところで左手を掴まれた。
掴んだのは莉久の両手で、手を掴んだままじっと京子を見ている。
ご飯でいっぱいの口をもごもごさせながら。
「ちなみに、自殺だと断言できる理由はある?無いと警察も納得してくれないと思うなぁ」
マヌケな姿を見せる莉久の代わりに莉緒が聞いた。
莉久に促されながら座り直した京子はしかし、何も答えない。
また静まり返った部屋で、莉緒と莉久のご飯を食べる音だけが静かに聞こえていた。
「・・・首元の傷、どうしたの?」
空気を和ませようとしたのか、沈黙に耐えきれなかったのか、健也が気づいたことを口にした。
莉久が腕ごと袖を引っ張ったことで襟が乱れ、隙間から見えた紫色のあざだ。
視線に気づいた京子が手で隠し、健也から目を逸らす。
室内の空気は輪をかけて重くなった。
「やっぱり、自殺なのかもしれない」
沈黙が続いた部屋でようやく食べ終わった莉久が何気ないように言った。
「どういうことだ?」
「だってさ、基地には鍵が掛かってたでしょ? それに、凶器は手に持ってたガラスだよね」
「ガラス? 持ってたか?」
「持ってたんだよ! 右手にこう。思い出して!」
「莉久も昼間は凶器が何だったか考えてただろ!?」
「今思い出したの! 健也も思い出して!」
地団駄を踏みながら健也に叫ぶが健也は目を逸らすだけだった。
8歳の莉久にはどう映ったのか分からないが、健也にとって死体とはそれほど衝撃的だったのだ。
できる限り思い出したくない。
「それで、何で自殺だと思ったんだ?」
死体の話から逸らすように莉久を促す健也。
「娘への暴力が止められないから」
びくり、と京子の体が震えた。
「首元のキズ、泊まりに来た日におばさんが付けたんだよ。怒鳴り声とか部屋から漏れてたんもん」
莉久と莉緒の泊まっている部屋は
健也は再び京子の首元に視線を向けた。
今度は隠されていて見えなかったが、押さえている両手の指先だけが白いのは、それほど強く押さえつけているということだ。
必死さの分だけ母親からつけられた痣があると確信が持てた。
「でも、おばさんはきっと、やめたかってんだよ」
そんな考えを語る莉久の顔は楽しげだ。
自分の推理を披露する探偵のつもりなのかもしれない。
「それでね、正面玄関の真ん前の壁の前に座り込んで、右側が真っ赤に染まってて」
悪ふざけなのか本気なのか、状況を思い出してまた興奮しているのか。
とても楽しげに喋る莉久は壁際に座り込み、死体の真似をし始めた。
「本当に?」
話に乗ったのは京子だった。
驚いた様子で莉久を見ている。
「本当だよ。 血溜まりもこの辺にしかなかったから、ここから一歩も動いてないよ」
かなり興が乗っているようで、京子の質問に嬉しそうに答えて血溜まりのあったあたりを手振りで示した。
だが京子に感心した様子はなく、むしろ黙り込んでしまった。
「何か変なところがあった?」
おかしな空気に戸惑いを見せる莉久に代わり、莉緒が聞いた。
「お母さん、左利きなんだけどな」
「そーなんだ。字は右で書いてたよね?」
黙っていた健也が呑気な声で口を挟んだ。
莉久の記憶が正しければ、京子の母の自殺説が間違っていることになるのだが気づいていなさそうだ。
「お箸も右で、ハサミとか包丁は左です」
京子も聞かれたことに素直に答えているのは自殺説の否定に気付いていないからだろう。
置いていたフォークを持ち直し、オムライスの卵を丁寧にスプーンの上でライスに乗せて口に運びはじめた。
慣れた日常を考えたことで冷静さを取り戻したのだろうか。
「それにしても、警察の人の話はまだ終わらないのかな?」
不意にドアの方を向いてつぶやいたとき、階段をのぼる足音が聞こえた。
「誰だろ? 警察?」
「いや、1人っぽいから違うと思う」
やけに力強い足取りで階段を上がってくる。
はやる気持ちを力尽くで押さえ込もうとするような、力強いようで浮き足立ったような。
「あー」
と、莉久。
その表情をみた莉緒も納得した。
耳をすませばそれが耳馴染みのあるものだとすぐに気づくものだ。
足音は双子の部屋の前で止まり、ノックされることもなくドアが開かれた。
「莉緒、莉久、良い子にしてたか?」
そこには満面の笑みを浮かべた莉緒と莉久の祖父が立っていた。




