魔物との戦い
そんなエキドナの言霊に呼応するように、周りに異形の化け物が現れた。
戦闘開始ーーと言ったところだろうか? ただ、私は、屋敷の中でも最も身分の高い、実際には存在しないエカテリーナである。 暗殺任務以外で手の内を見せることは、緊急時以外は禁止されている。
私はすぐに臨戦態勢に入った。 騎士様と、兄と姉を見守るだけだった。
騎士・パーシヴァルは、獣の群れを前にして微塵も動揺しなかった。
静かに剣を構え、その眼差しには迷いがなかった。
「恐れるな。私が守る」
兄弟二人はまずパーシヴァルの、実力を測る為か後ろで臨戦態勢を取りつつも、様子を見ているようだった。
「森から現れたのは、大目玉に触手のは屋したような化け物ーーゲイザーだっただろうか?
それにつき従うように、蜘蛛のの群れーーそして小柄なオオカミを引き連れている。
大目玉に触手を生やした化け物ーーゲイザー。その目玉がぎょろりとこちらを見据えた瞬間、全身が釘付けになるような圧迫感に襲われた。
背後には巨大な蜘蛛が複数、節くれだった脚をカサカサと動かし、周囲を取り囲んでいる。
ゲイザーは、私が一番の弱者であることを理解したらしく、その大きな目玉をこちらへと向けた。
その瞬間身体の動きが鈍る。 おそらく眼力による、視えない楔だ。
パーシヴァルは冷静に剣を構え、一歩前に出た。その背中は、あまりにも頼もしく、アリエルは一瞬、周囲の恐怖を忘れるほどだった。
まずは機動力煮物を言わせたオオカミたちが、パーシヴァルに殺到する。
ーーが、それを的確に捌く、パーシヴァル。
「蜘蛛の相手は、私たちでやるよ。右はランディス、左はラヴィーナ! 後れを取るんじゃないよ」
エキドナの叱咤が響く。
が、彼女は指示を出すだけで、最低限の防衛以上のことはしないようだった。
三人が戦うなかで、徐々にモンスターの頭数が減っていく。それにわずかな油断した瞬間、足に圧迫感を感じて、振り返る。
「そんな、もう一匹居たの!?」
前線ではゲイザーはパーシヴァルの相手でこちらに眼力を飛ばすだけで精一杯だ。
だが、後ろから現れたゲイザーは連携するように私を強撃してきた。 つがいだろうか?
二体のゲイザーはまるで意思を共有しているかのように動き、一体が弱点を見せた瞬間、もう一体がそれを補うかのように動いた。
触手に足を絡め取られて、引っ張られる。抵抗しようとするが、ゲイザーのちからが私のそれよりも強くーー振りほどけない。
『いいかい、アリエル、王子の暗殺以外でお前の手の内を見せてはいけないよ』
暗殺術の使用は禁止されている。 ならばーー
そんな言葉が脳裏をよぎった瞬間。
ゲイザーにむかって、氷魔法、ブリザードをお見舞いする。
一般的な魔法であり、ある程度魔法に精通していれば誰でも使える物だ。
ルキアは魔法で発展した都市である。
公女であるエカテリーナがこれぐらいの、護身術を使えたとしても何ら問題はないはず。
だが、私の本流は闇の魔法である。 一般的な理の属性魔法はランクが低く、十分な火力を発揮しなかったようで、ゲイザーに致命傷を与えきれていない。
どうする? 闇魔法を使うべきかーー頭の中で警鐘が鳴り響く。「見せてはいけない」という教えが呪いのように心に絡みつき、思考を鈍らせる。
その間にもゲイザーの触手は容赦なく締め付けてくる。
触手がさらに締め付ける。その冷たい感触が、アリエルの足を容赦なく圧迫し、骨が軋むような痛みが走った。
足に絡みついた触手がうごめく、瞬間、その冷たく湿った感触に背筋が凍る。振り払おうと足を引くが、その力は恐ろしいほどに強い。次の瞬間、針のようなものが皮膚を貫き、鈍い痛みが走った。
そのわずかな逡巡があだとなった。 その瞬間、ゲイザーの触手から、針のような物が刺さったらしくわずかにチクリとした痛みを感じた。
その瞬間、身体が弛緩したように倒れた。
大きな目玉がアリエルを射抜く。その視線は鋭利な刃のようで、意識を削ぎ落としていくかのようだった。
身体が言うことを聞かない。ダメーーこのままでは、やられる!
「エカテリーナ様ーー!」
パーシヴァルの叫びが響く。
ラヴィーナがすかさず駆け寄りながら叫ぶ。
「何してるの! 闇魔法でも何でもいいから早く!」
ちぃ、雑魚共が、どけーー!
三者三様の怒号が響く。
パーシヴァルは前方のゲイザーを相手にしながら、一瞬の隙をつき、彼は手斧を正確無比な軌道で投げた。
それはアリエルの足元の触手を断ち切り、彼女を救うだけでなく、敵の動きを封じる完璧な一手だった。
触手が分断されて、足から離れた瞬間に距離を取って解毒効果のある魔法、キュアを発動して、身体から毒を排除する。
続けざまにブリザードを放ってけん制しつつ、ゲイザーの攻撃を俊敏な動きで回避する。
手の内をさらすことにはやはり抵抗があり、時間を稼ぐ選択をするしかない。
闇魔法を使うことは、その瞬間ーー任務の崩壊を意味する。
王子暗殺のために築き上げた偽りの自分を、自ら壊す行為なのだ。
比較的距離の近かったラヴィーナの矢が続けざまにゲイザーを貫いた。
ゲイザーが崩れ落ちる。 前線のゲイザーも、すでに撃破されており、残った蜘蛛や、オオカミはリーダーを失ったことで、ちりぢりに退散していった。
アリエルは安堵のあまりへたり込み、ふう、とため息をついた。
弛緩した空気に、全身のちからが抜ける。
駆け寄ってくる。三人ーー傷がないか確認する、ラヴィーナと、手を差し伸べて引っ張り立たせてくれるパーシヴァル。
「脆そうに見えるが、芯のある瞳だな…」
一瞬そう思いながら、彼は手を差し伸べた。
パーシヴァルの手が彼女を引き起こす。その強い腕と、落ち着いた瞳には、彼女がこれまで感じたことのない温かさが宿っていた。
(こんな人が、私を守ってくれるなんて…。)
心にわずかに灯ったその感情が、何なのか? アリエル自身まだ気づいていない。
まだストックがあるので毎週行けるといいなあ?