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第5話: 砕け散る波の先に

カイル・ロイガンが提案した作戦計画は、セラフィス諸島連邦の軍部を大きく動かしつつあった。ヴァルディア王国の本格的な海上侵攻を受ける前に、先手を打って相手の港や補給路を叩く――この一見強引にも思える戦略に、若き補佐官カイルがどこまでの覚悟を持って臨んでいるのか、彼の周囲も気にかかっていた。


警護部隊や陸軍、そして海軍を統括する司令部では、緊迫したやり取りが続いている。港町には出征のために集められた兵士たちが行き来し、物資の積み込みを手伝う民間人の姿も少なくなかった。誰もが内心では恐怖を抱えつつ、戦争に巻き込まれた現実を受け止めようとしている。


カイルが官邸の一室で資料を確認していると、ノックが聞こえた。扉を開けると、そこには警護部隊時代からの仲間であるサミュエルが立っている。彼は苦笑いを浮かべながら、机上に散らばる戦術資料を見渡した。


「おまえ、また寝てないんじゃないか? 顔色が悪いぞ」


「寝てる暇があったら作戦の精度を上げたいんです。何しろ、僕の考えた作戦に国の命運がかかっている。失敗するわけにはいきません」


必死な表情で答えるカイルに、サミュエルは短くため息をつく。彼はもうすぐ海軍が動き出すとの情報を握っているが、カイルに余計な負担をかけないように言葉を選んだ。


「おまえの作戦は攻撃的だ。周りも賛否はあるだろうが、エドガー大統領がGOサインを出した以上、やるしかない。……だが、おまえ一人の責任じゃないんだ。海軍が作戦を実行し、陸軍や警護部隊が支援する。皆で負う重みだ」


サミュエルの言葉は静かにカイルの胸を打った。確かに、連邦が一丸となって戦わなければ王国には勝てない。自分だけが背負いこむ必要はない。そう頭では分かっていても、怖さは拭えなかった。自分の判断が間違えば、多くの人命や家族を奪う結果になりかねないのだ。


カイルは資料をそっと置き、意を決したように立ち上がる。


「……海軍に行ってきます。今回の奇襲は海上戦力が要になりますから、僕からも何かできることがないか確認したいんです」


サミュエルは笑みを浮かべて肩をすくめる。


「そうか。まったく、おまえってやつは休むという言葉を知らないのか? ま、いい。気をつけてな」


カイルは短く「ありがとうございます」と答え、足早に部屋を出る。その背中に、サミュエルは無言でエールを送った。


港へ向かう道のりでは、かつてスラムの暮らしで見慣れた風景が広がっていた。だが、そこにいる人々の表情は以前にも増して陰鬱だ。近頃では、王国の小規模な艦隊が沿岸を脅かし、漁業も停滞気味だと聞く。家族を養えず、スラムに落ちていく者も増えているそうだ。カイルは自分が打ち立てる策で、どこか一歩でも国を動かすことができるのか、不安と希望が入り混じった感情を抱いていた。


海辺に着くと、連邦海軍の艦艇がずらりと並んでいる。煙突から煙を吐く軍艦もあれば、まだ改修途中の古い艦もあった。技術レベルは相当なレベルとはいえ、数と装備で王国に対抗するのは容易ではない。そんな中、海軍司令部の天幕で多くの士官が忙しなく行き来している。


「ロイガン補佐官、こちらへ」


声をかけてきたのは、海軍中佐のブラッドフォードだった。彼は中背で堅物のイメージがあり、カイルのような若者をあまり信頼していない節があるが、軍人らしい規律正しい態度で接してくれる。


「奇襲作戦の件、我々海軍は決行を了承しました。出撃は四日後、夜明けに艦隊を出します。すでに乗員の訓練や補給はほぼ完了しており、あとは大統領からの最終承認を待つだけです」


カイルは書類を受け取りながら深く頷く。想像よりも早いタイミングで作戦が動き出す。こちらが先に大きく動くことで、王国に打撃を与えられるかもしれない。しかし、その裏には多くのリスクが潜む。


「補給の状況はどうですか? 弾薬や燃料の確保は間に合いそうですか」


「最善を尽くしていますが、戦争が長引けば補給が追いつかなくなる恐れもある。だからこそ早期決着を図りたいんだ。そちらの作戦が鍵になる」


ブラッドフォードの言葉には、軍人らしい覚悟がにじむ。カイルはその視線をまっすぐ受け止め、静かに肯定の意を示す。まだ未熟な自分だが、この国の人々のために一歩でも多く動きたい――その気持ちで彼の心はいっぱいだった。


やがて、作戦準備の打ち合わせを終えたカイルは、再び港の岸壁に出た。潮の香りと、遠く波間に揺れる軍艦の姿が、世界が動いていることをいや応なく知らせてくる。明日にはまた大量の資材が運び込まれ、兵士たちが出征のために集まるだろう。みな、それぞれに守りたい家族や暮らしがあって、この国を支えようとしている。


「俺が、必ず何とかしてみせる」


カイルは誰に向けるでもなく、そう呟いた。十四歳で警護部隊に入り、十五歳で補佐官――周りからすれば異端ともいえる存在。それでも彼が負うべき責任がある。明るい未来を示すためには、失敗は許されない。


その夜、官邸の執務室では大統領エドガー・マリネスが議会関係者との折衝を続けていた。艦隊の出撃に伴う予算確保や、国内の物資配分、そして戦争長期化に備えた非常事態宣言の草案……。山積みの課題をこなしながら、彼はカイルに期待をかける自分を改めて認識する。


「少年にこれほどの重荷を背負わせるのは酷かもしれないが、国を救うには若い力が欠かせない」


エドガーは窓の外を見つめ、星の見えない夜空をじっと見据えた。戦争は国だけでなく、人々の心からも光を奪っていく。だが、そこに一筋の光を差し込む存在を見いだせるなら、この国はまだ滅びないはずだ。


カイルが海軍を動かし、国を守り抜くことができるのか、それとも王国の大陸軍がその圧倒的物量で連邦を飲み込むのか。かつてスラムの少年だったカイルの思いが、少しずつ大きな波となり、人々の運命を巻き込んで動き出そうとしている。


戦火は避けられず、すでに炎が上がり始めている。だが、あきらめるには早い。カイルの提案した奇襲作戦が成否を分けるその瞬間まで、セラフィス諸島連邦はその信念を捨てない――荒れ海を越えた先に、まだ見ぬ希望があることを信じて。


(第5話 完)



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