スウィート・トムテ
クリスマスの前日は、朝から雪が降っていた。
ゴームは一人、小さな家の中でぬくぬくと過ごしていた。暖炉の中の小さな火で干したタラやソーセージをあぶり、上等なぶどう酒をちびちびと飲んだ。静かで、満ち足りたひとときだ。
ゴームは、今年で七十になる。妻も子もなく、森の中の小さな家や水車小屋に寝泊まりしながら、魚を釣ったり、獣を狩ったり、農夫の手伝いをして生きてきた。彼にはとりたて親しい友人も、恋人もいない。一日の大半を一人で過ごしているが、寂しいと思ったことはなかった。
働いて金を稼ぎたくなったときや、生活に必要な物を買うときは、森のそばの小さな村に来た。村人たちはゴームに親しく話しかけることはなかったが、冷たくあしらうこともない。ひっそりと森からやってきたひげの老人とほどほどのつきあいを続けていた。
クリスマスが近づいて、村の子どもたちは皆浮き立っていた。クッキーや豪華な料理を作り、森でもみの木を切り倒していた。けれど、ゴームには縁のない話だった。彼を夕食に招く者もいない。毎年同じように、家でぶどう酒を一本開け、保存食を少しずつあぶって食べ、聖書を読む。それだけの一日だと思っていた。
だが、ゴームが暖炉のそばで本を読んでいると、おもむろに戸が強く叩かれた。
ゴームは、生返事をしながら、のそのそと戸まで歩いて行った。開けると、そこには村の男たちが三人も、険しい顔をして立っていた。
降りしきる雪を鼻や髪にくっつけた男たちの一人が、ゴームに言った。
「アントンの家のヨーンが、いなくなったんだ。見かけませんでしたか?」
ヨーンは、まだ六歳の、元気の良い少年だ。ゴームも何度か、いたずらをしかけられたことがあった。
ゴームは、まばたきをして、首を振った。
「いや。見とらんね」
「そうですか……」
「いつからいないんだね?」
「朝から外へ遊びに行って、昼食の時間に母親が呼んだが、帰ってこない。それからずっと探し続けている」
「その子の行きそうな場所は?」
「学校も、水車小屋も、子どもたちの秘密の隠れ家とやらも探した。だが、どこにもいない」
男は、いらいらと地団駄を踏んだ。この吹雪の中だ。ヨーンのことが心配で仕方がないのだろう。
「わしも、家の周りを探してみるよ」
「お願いします」
男たちはあいさつもそこそこに、また森の中へ戻っていった。ゴームは上着をはおって、身震いしながら家の外に出た。
雪のつもった木々の向こうに、目をこらす。人一人、獣一匹動く気配もない。家の周りを一周し、少年の影を探した。だが、何も変わったことは見つけられなかった。
少し歩いただけでも、上着は真っ白になった。空から降る雪に加えて、枝につもった雪やつららが落ちてくるのだ。
ゴームは諦めて家の中に逃げ帰った。ヨーンのことは、村の男たちがいずれ見つけるだろう。彼には、少年の無事を祈ることしかできない。
読みかけの本をまた開き、物語の続きに戻った。だがその後も何となく気分が落ち着かず、窓の外に目をやってばかりいた。
夜。ゴームはベッドに入る前に、窓を少しだけ開けた。真っ暗だ。もしヨーンが近くにいても、分からないほど森の夜は深い。
だが、ゴームはたしかに、子どもらしき声を聞いた。
ごくかすかな響きの、遠くからの声だ。はっと息を詰め、耳をすますと、また聞こえる。悲鳴のような、甲高い声。胸の奥が騒いだ。
森には、肉を食べる獣も多い。ゴームは、暖炉の前で乾かした上着をまた着込み、縁なし帽子をかぶり、小さなランプに火を入れて飛び出した。
運良く夜空は晴れていて、白い月が出ていた。月の光にさらされて固まりつつある雪の上を、早足で歩く。風に混じって、子どもの声はまだ聞こえる。
だが、どれほど歩いても、声はちっとも近づかない。そのうちにまた雪が降り始め、ゴームの帽子を白く染め、やがて大吹雪となった。ほぞをかんでももう遅い。あちらこちらと歩き回るうちに、視界は白くかすみ、うっかりすると帰り道も分からないほど荒れていた。
それでも、ゴームは前に進んだ。子どもの声が、ゴームに見つけ出される前にふっつりと途切れないことだけを祈って。そのうちランプの火が冷たさに負けて消えた。わずかな雪明かりだけを頼りに、木の切り株などにつまづきながら、よたよたと歩いた。
不意に強風に襲われ、ゴームは雪の上に転んだ。そして、雪に点々と小さな足跡がついているのを見つけた。ゴームは雪まみれの顔をあげ、目をこらす。くっきりと残った足跡の先に、ちっぽけな光が見えた。
ゴームは足跡を追って慎重に歩いた。ようやく見つけたてがかりを見失わないように、うっかりして消してしまわないように。
足跡の終わりにあるのは、一軒の馬小屋だった。森の中に、こんな馬小屋があっただろうか? ゴームはそういぶかしみながら、中をのぞいた。馬が三頭、囲いの中で飼い葉を食べていた。そして、馬たちの前で、たき火が太陽のように燃えていた。
ゴームはたき火に駆け寄り、無心に手足をあたためた。次第に眠くなり、たき火の前で目を閉じた。
誰かに優しく揺すぶられ、ゴームは目を開けた。慌てて体を起こしたが、そばには誰もいない。
馬小屋の外に出ると、雪はやんでいた。クリームのようになめらかに、雪が分厚くつもっている。そして、クリームの上には、真新しい小さな足跡がついていた。
ゴームはふらつきながらも、また足跡を追いかけた。月明かりに照らし出される足跡は、まっすぐに伸びていた。雪の柔らかいところに何度か足をつっこみ、埋もれてしまいそうになった。
雪が一番高くつもったところで、足跡はふっつりと途切れていた。その辺りの雪が妙に乱れていて、ゴームは何かを理解した。
膝をつき、両手で雪を掘る。肘の上まで入るほど掘ったところで、赤い帽子のふさ飾りが見えた。ゴームは息をのみ、手をいっそう動かした。雪の中にすっかり埋まり、やまねのように丸まっていた子どもをすっかり掘り出した時には、ゴームは汗だくになっていた。
雪の中で青白い顔をして、気絶しているのはやはりヨーンだった。ゴームは気つけのために少年の頬を強く叩き、胸に手を当てた。心臓は動いている。ヨーンを抱き上げ、馬小屋に降りて行った。
馬小屋の中には相変わらずたき火が温かく燃えていて、馬たちは眠っていた。そして、たき火のそばには、湯気をたてる温かいミルクとキャンディーの包みが二つずつ、いつの間にか置かれていた。
ゴームはヨーンをたき火にあたらせ、冷たい手足をことさらにこすってやった。目を覚ましたがぼうっとしたままのヨーンに、ミルクを少しずつ飲ませた。
ヨーンの目の焦点が次第に合ってきた。ヨーンは傍らにいるゴームを見て、ぽつりと言った。
「トムテ」
「何だって?」
「トムテは本当にいるんだね。探しに来てよかった」
ゴームは呆れて、ヨーンの頭を軽く小突いた。
「悪いが、わしはお前さんもよく知っているゴームだ。トムテなんぞを探しに、あんなところにきたのか? もう少しで死ぬところだったんだぞ」
ヨーンは、へへへと力なく笑った。もう一度、ゴームは強い口調で言った。
「馬鹿なことをしたもんだ。家に帰ったら、おっかさんにうんと叱ってもらうんだな」
「ごめんなさい、トムテ」
だからわしはトムテじゃないんだ、と言おうとしたゴームだったが、ふとたき火の前のミルクのコップと、キャンディーが目に入った。誰が用意してくれたのかゴームには分からない。分からないが、
「そうだな。たしかに、トムテはいるのかもしれないな」
少年に向かって、ゴームはそう言って笑った。それから、二人でキャンディーをなめたり、くだらない話をして互いを笑わせたりと朝までの時間をつぶした。
夜が明けると、すっかり石のように固まった雪の上をそろそろと歩き、二人は村に帰った。ヨーンの家族や、村の大人たちが、二人を見るなり喜びの声を上げて走ってきた。
今日は、クリスマスだ。