側近ザインは、魔王様との美しい日々を取り戻したい!「くっくっく。聖女よ、もはやそなたをを祖国には帰さぬ——って魔王様! 本当ですか!」【番外編】
「くっくっく、聖女よ、もはやそなたを祖国には帰さぬ——って魔王様! 本当ですか!」の番外編です。サブキャラだったザインさん目線での話になります。感想をお寄せくださった方々のおかげで、作成することがかないました。この場を借りて、感謝いたします。ありがとうございました。
私、ザインは魔王軍参謀である。クールかつ頭脳明晰であり、人々からは智将と呼ばれる存在。魔王様の側近を務めることも、もう長い。
さて、ある日の昼下がり。私は魔王城の廊下を歩いていた。だが、その時——
はっ! これは魔王様の波動! 瞬間、私は全速力で疾走する。
ここだ! 私は扉を思い切り開け放った。
「魔王様!」
「くっくっく。良いところに来たな、ザイン」
立ち昇る煙の中、魔王様が立っていらっしゃる。傍らのテーブルの上、置かれた数々の器具が鈍く輝く。足元では炎が燃え盛り、部屋の中は熱気を帯びている。そして、漂う独特の臭気。これはまさか——
「ちょうどクッキーが焼けたところだ」
暗黒微笑と共に、魔王様はクッキーを差し出される。多才であられるこのお方は、このようにキッチンに立たれることもしばしばなのだ。
「くっくっく。ザイン、そなたもぜひ食べていくといい」
なんとありがたいお言葉……!
しかしその時、
「くうー! やっぱバターはましましに限るぜ! 動物性脂質、サイコー! このまま私の血液をどろっどろにしてくれえー!」
と、頭のおかしい台詞がその場に響き渡った。
「なぜ貴様までここにいる」
顔を向けると、そこには狂ったようにクッキーを貪っている少女がいた。彼女の名はライザ。半月前に我が魔王軍へと就職した、元エレアール聖女である。
「というか、せっかく魔王様にいただいたものを、そのように卑しく食らいおって! 恥を知れ! 恥を!」
「でも、これ、凄く美味しくて……」
「そもそもこのクッキーは、魔王様自らの手で作られ、我ら臣下の英気を養うため、不定期に振る舞われるもの。『領民が選ぶ! 一度は食べてみたい、伝説級フード!』に連年ランクインするなど、人々の憧れであり、かつ、滅多にお目にかかれない代物なのだ。貴様のような新入りが、簡単に口にして良いものでは……」
「でも、私、捕虜時代にも差し入れてもらいましたよ?」
「な、なんだと……⁉」
あまりのことに私が震えると、
「くっくっく。かわいそうだったから、あげちゃった。ごめん、ザイン」
と、魔王様。
「流石魔王様! なんと慈悲深い! 改めて感謝するのだ、ライザ!」
「は、はい……! その節はお世話になりました。ありがとうございます」
ライザは頭を下げる。
「分かったならいい。だが、貴様のその食べ方はいただけない。私が正しい魔王様クッキーの楽しみ方を指導する」
私は咳払いして、場を仕切りなおす。
「まずはその場でじっくりと見て、指紋の一つまで、魔王様成分を堪能する。部屋に持ち帰った後は、壁に飾り、ここでまた、今度は離れて全体のフォルムを観賞する。その後は、時に一緒にお風呂に入り、ベッドで一緒に眠り……。そして私は、お気に入りの一枚を、今も持ち歩いている」
私は懐から、これは一年前のバージョン——のクッキーを取り出す。どうだ、私のこの情熱。ライザもきっと思い知ったことだろう——
「いや、食えよ!」
しかし、ライザは絶叫した。
「一周回ってクッキーめっちゃ無駄にしてんじゃねえか! やっぱりあんた、バカだ!」
「なっ……! 智将たる私をバカ呼ばわりするだと⁉」
「くっくっく。ザイン、とりあえず今は焼きたてだし、普通に食べてもらって良いのだぞ」
普通に食べる。即ち、魔王様が作ってくださったものを、かみ砕き、唾液と混ぜ、体内に取り込んでしまう、だと……?
「そんな……! 恐れ多くて、私にはできません……!」
「ザインさんって……難儀な人なんですね」
そう言いながら、ライザはまたクッキーをぼりぼり貪った。
「くっくっく。いい食べっぷりだな」
それを魔王様が眺めていらっしゃる。まったく、悩ましい光景だ。
*
魔王様に側近としてお仕えする、私の日々は幸福だった。しかし、目下のところ、悩みが発生している。その原因こそ、この娘、ライザだった。
そもそもは、数か月前。捕虜だったこの娘は、魔王軍に入り、しかも、魔王様の片腕宣言まで成し遂げた。あの時は雰囲気で納得してしまったが、今となれば、なぜ認めてしまったのか。おかげで、魔王様との日々に、この娘が入り込むことになった。
だが、何より問題なのは、この娘、妙に魔王様に気に入られているのでは? ということだ。確かに、ライザは戦力として非常に有能だ。しかし、魔王様は、それにしてもこの娘のことを気にかけすぎていらっしゃる。現在、こいつによって、魔王様の中での私の占める割合が浸食されている、ような気がする。物凄く。
このままではいけない。私は魔王様との美しき日々を取り戻す。
ということで、智将たる私は、完璧な計画を練り、そして実行した。手っ取り早く言えば、魔王様を仕事漬けにした。軍隊の再編成を名目に、朝から会議、視察、と忙しくしていただく。もちろん、私は全てに随行する。これで、ライザとの接触は完全に遮断できた。
さて、夕方になれば、ここからずっと書類仕事だ。ふふふ、ようやくこの時が来た。魔王様の執務室で、二人きりで過ごす、この時が。次々と書類を差し出しながら、私は内心で歓喜に震えていた。
それからしばらく。魔王様は、心なしか、そわそわされている。原因は分かっている。今はちょうどライザが仕事をしている時間で、いつもであれば、魔王様はそれを見守りに行かれるのだ。
しかし現在、仕事は立て込んでいる。ライザを見に行くことはかなわない。当然だ。私の計画にはここまで含まれているのだから。
よって、これは完璧な謀略だった。
「ザイン」
「はい。何でしょうか」
私は笑みが漏れないよう、あくまで冷静な声を作る。
「そなた、ライザを見てきてやってはくれぬか」
「お任せください。ご命令通り、この私がライザを……え?」
*
「ねえ、ライザちゃん。ザイン様が、さっきから凄い顔で見てるよ」
仕事仲間が、隣のライザに耳打ちする。
「ええ、知ってます。頑張って気にしないようにしてるんで」
「でも、ザイン様みたいなトップが、しかも、あの顔……。みんなびびっちゃって、集中できないって。ちょっと行って話つけてきてよ」
そしてやってきたライザに、私はかくかくしかじかの事情を説明した。
「ああ、それでそんな恨めしげな顔を……」
ライザは不憫そうな目で私を見る。
「ご迷惑をおかけしてすみません。私は上手くやれてるので、どうぞお帰りになってください」
「私もそうしたいが、魔王様のご指示なのだ。定められた時間、貴様を見守るしかないだろう」
ああ、恨めしい。恨めしい。再び仕事に戻ったライザを、私はまた見つめることとなる。
「いや、その顔で見られてると、気が散るんだよおおお! もう帰ってくれよお、頼むからあ!」
十分後、ライザはそう絶叫した。
*
そんな折、魔族領の結界の一部更新をすることとなった。しかし、国一番の結界師は出陣させてしまっていて、その帰還は予定より遅れている。それを聞いたライザは、自分が行くと申し出た。
しかし、
「くっくっく。許さぬ。なぜなら、心配だから」
そういえば、魔王様は、ライザが城から出る時は必ず付き添われる。魔王様が手を離せない今、ライザ単独で行かせることはできないというわけか。まったく、過保護でいらっしゃる。
「うーん、どうしましょう。誰か手が空いてる人が付き合ってくれればなー」
「気のせいか? 先ほどから私を見ているだろう? 言っておくが、私は……」
「くっくっく。確かに、ザインならば任せられそうだ。それでは頼んだぞ、ザイン」
「はい、喜んで!」
ああ、なんてことだ。魔王様のご指示とあれば、このザイン、断れるはずがない。
*
そして、私たちは結界付近まで到着した。住民たちが見守る中、ライザは結界に触れる。
しかしその時、
「聖女ライザ! 騙されないぞ!」
一人が飛び出し、ライザに殴りかかる。ライザはよけようとしない。まったく困ったものだ。代わりに私が前に出て、それを身体に受けることとなる。
「ザイン様! も、申し訳ございません!」
「構いませんよ。あなたの言い分も、分からなくはありませんから」
まあ、このような者が一定数存在するのも、予想の範囲内だ。
「で、ではなぜ……?」
「魔王様がこの娘を迎えられたのです。その決定に逆らうことは、このザインが許しません」
「しかし、聖女ライザは危険すぎます! いつ何時裏切るか!」
「裏切り、ですか。まあ、見ていなさい」
私は突っ立っているライザに顔を向ける。
「ライザー、我々を裏切って、エレアールに戻りたいかー?」
「はあっ⁉ 帰るわけないでしょうが、あのくそ祖国! あー、思い出すだけで腹立ってきた! でも、レオンハルトのげぼ顔はちょっと良かったですよねえー! いひひ、今でもちょっと笑える」
「いい子だなー。ライザー、夕飯にはマウントボアの丸焼きを食わせてやるからなー」
「うへへ、本当ですかあ! 丸焼きって丸ごとってことですよね、もちろん! そんなこと言われたら、私、一生ついてっちゃいますぜ! ザインの旦那ぁ!」
「ほら、敵意は完全になさそうでしょう? というか、裏切れるほど頭が良くもなさそうでしょう?」
「確かに、なんか阿呆っぽい気も……。後、意地汚い……」
キャラ崩壊したライザは、妙な説得力を与えたらしい。そして、ライザは無事に結界を更新した。例の村人はライザに謝っていたし、無事、一件落着というわけだ。
*
「いやあ、助かりました。ありがとうございます、ザインさん」
帰り道、ライザはそう言う。
「まあ、今回のことは、それほど気にするな。いきなり聖女がやってきても、全員がすぐに味方だと受け入れられないのは当たり前だ」
魔王様がライザをいつも見守っていたのは、このためだったのだろう。
「こうしてみると、ギル様はよくも私を受け入れてくれましたよねー」
「あの方は特別なのだ。誰よりもお優しく、心が広くいらっしゃる。自分を殺そうと挑んできた者であって、臣下として迎え入れるほどにな」
「でも、ザインさんだって、私のことかばってくれたじゃありませんか」
「私は魔王様に従っているだけだ」
「そうなんですね。私、今のところ、一人では見知らぬ魔族さんとは関わらせてもらえないんです。他の魔族さんと二人きりにもなれません。ザインさんだけですよ。ギル様が、私にこうして一緒にいることを許してくれるのは」
ライザは微笑む。
「きっとギル様は、誰よりもザインさんを信頼しているんでしょうね」
「……当たり前だ。私はあの方に、心底惚れ込んでいるのだからな。私ほど忠実な臣下は、この世界に存在しない」
それから私たちはまた歩く。
「そうだ、思い出した。今は皆外しているが、他幹部共が戻ってきた暁には、かなり厄介なことになるぞ。何と言っても、奴らは私と違って癖が強い……」
「いや、あんたもめっちゃ癖強いだろうが!」
「うるさいぞ、ライザ!」
そう怒鳴った後、
「とにかく、その時は魔王様共々、私が貴様をかばってやるということだ。だから、まあ、それほど心配せずに暮らしていろ」
そう言うと、ライザは一瞬きょとんとしたが、
「ありがとうございます」
と、嬉しそうに笑った。
気に食わないことも多いが、結局、ライザは素直ないい奴なのだろう。先ほどとて、私がかばわなかったら、あの攻撃を身に受けるつもりだった。まったく、敵ながらあっぱれ、といった傑物だ——いや、もう敵でなく、私と同じ、魔王様の片腕だったのだな。
「あ、そういえば、あの攻撃、ザインさんに当たってた気がするんですけど、大丈夫でしたか?」
「ああ、あんなもの、なんということはない」
そう言いながら、ふと打たれた場所を押さえると、嫌な感触がそこにある。私はそれを服の中から取り出した。
「クッキーが……」
今日も今日とて持ち歩いていた魔王様クッキー。どうやらこれが被弾してしまったらしい。ぼろぼろに砕けたそれが、手の平からこぼれ落ちていく。
「……ライザ」
ショックのあまり、私は怒鳴ることすらできなかった。
「やはり私は貴様を認められない。貴様は害悪をもたらす存在だ」
「え……これ、私が悪いんですか……?」
*
その日の夜、魔王様は私をねぎらってくださった。二人で酒瓶を開け、食事を囲む。ひどく久しぶりのことだった。
「くっくっく。今日はご苦労だったな。付け加え、最近はずっとライザの面倒を見てもらった。礼を言うぞ」
「私の苦労などたかが知れています。魔王様はあの娘に、かなり気を配っていらっしゃるようですから」
「くっくっく。まあ、ライザは色々とあるからな。だが、そなたと出会いたての頃も、かなり世話を焼いた気がするぞ」
「それは……別の話です。付け加え、ライザにだけ名前呼びを許すなど、特別扱いがすぎはしませんか?」
「くっくっく。まあ……それにはちょっと個人的な事情があってな……。だとして、そなたには、魔王と呼んでいてほしいのだ。初めて我をそう認め、そして呼んでもらえた時、我は本当に嬉しかったのだからな」
「もちろん、そう呼ばせていただきますよ。そして、私がそうお呼びするのは、生涯かけて、あなた様だけです」
「くっくっく。それにしても、懐かしいな。そなた、出会って間もない頃は、我のことを何と呼んでいたか覚えて……」
「や、やめてください! 恥ずかしい過去の話は!」
その時、
「こんばんは! 丸焼きを一人で食べるのは流石に申し訳なくて、おすそ分けに来ました。ご一緒させてください」
と、巨大な皿を運んで、ライザがやってきた。
そして、あっという間に三人での饗宴が始まった。ライザは早速食べ物できまってるし、騒がしいことこの上ない。せっかくの魔王様との時間を邪魔するなど、やはりこの娘は——
「私が乱入するのって、いつもと逆で、これはこれでいいですね。いやー、来て良かったです。なんだかんだ、お二人とご一緒するのが、一番楽しいですから」
「くっくっく。確かに楽しいな。そうであろう、ザイン?」
「……そうですね」
この娘のいる生活も、案外、私は気に入っているのかもしれない。
「ところでザインさん、恥ずかしい過去って何ですか? 昔、何しちゃったんですか?」
前言を撤回する。
「あまり調子に乗るなよ、このがんぎまりが!」
番外編を書くのは初めてだったので、ご意見、アドバイスをくださると、ありがたいです。