4.街の散策と不機嫌な王子の理由がわかりません
グラシス滞在3日目。
昨日の夕方頃、レイディルからの使いの者がやってきて、今日の朝、街へ案内するために迎えに来ると伝えられた。
ミトセリスは客間のテーブルでお茶を飲んでいたが、昨日の伝言のおかげでピリピリとしていた。
「姫様、レイディル様からついにお誘いが来ましてたね」
「わかってるわよ!昨日言われたもの!向こうだって義務でやってるんだから!」
「そうですか?」
「そうなの!」
「がっかりしました?」
「何でよ!」
「今まで姫様に興味を示さない殿方なんて、まずいませんでしたからね」
その言葉には意味がわからずミトセリスは眉を顰めた。
「……、どういう意味よ」
「姫様が魅力的ってことです」
「どうせ、中身は世間知らずの未熟者ですよーだ!」
「一体何の話ですか」
逆に今度はニーナの方が、話を読めずに首を傾げる。
「こっちの話!」
どうやら昨日のレイディルとの会話がミトセリスの中で引っかかっているらしい。
その時丁度扉をノックする音が聞こえた。
「あら、いらっしゃったようね」
ニーナがウキウキとした様子で扉に向かったが、扉を開いたニーナの動きが止まる。
「どうしたの、ニーナ」
不思議に思い声をかけると、ニーナが気まずそうにミトセリスに顔を向ける。
「えーっと……」
「こんにちは」
ひょっこりと顔を出し挨拶をしたのは、ヨートリオだった。
「え、リオくん⁈」
予想外の人物の登場にミトセリスは驚いて目を見開いた。ヨートリオの方は嬉しそうに笑いかけてくる。
「ミトス、あそぼー!」
「リオくん、どうして……」
困惑したミトセリスにヨートリオが応える。
「あのね、お兄様がどうしても行けなくなって、僕が代わりに来たんだ」
「……、そう、なんだ」
なんだ、そうなんだ。来れなくなったんだ。、がっかりしてる?いやいや、そんなわけないし!だって、関係ない、もの……。
って、これだとまるで残念に思ってるみたいじゃない⁈
何も返事を返さないミトセリスに対してヨートリオが寂しそうな顔で見上げてくる。
「僕じゃ、だめ?」
何この天使‼︎
あまりにも可愛すぎる顔と仕草にやられたミトセリスは、即返事をする。
「ううん!むしろ嬉しいよ!」
結局、街の案内をしてくれたのは、レイディルの弟、ヨートリオだった。
二人は街に出ても良いような格好に着替えると、早速城から近い街へ出た。当少し離れたところに護衛やニーナもついて歩いている。
ヨートリオは小さいわりにはしっかりもので、普通に街を案内していく。
「学院があるから、学生向けのお店も多いよ」
そう言われて見ると、ミトセリスと同じぐらいの年齢の若者が同じ制服を着てたくさん歩いている。ただ、ミトセリスは見たことがないような制服で、その服装につい目がいく。
全員が同じ焦茶色のマントをしているのだ。長さは人によってまちまちに見える。
「必ずマントをしているのね」
「大昔からかわらないんだって。なんでも身を守るためだとか?」
「そうなんだ?」
ケルティアにも学校はあるが、緑を基調とした制服で特にマントなどはない。不思議だなと思いながら、通りを歩く学生たちを眺めた。
そして一通り案内が終わる頃には、すっかり日が暮れ始めた。
「ありがとうリオくん、案内してくれて」
「ううん!ミトスと一緒にいれてたのしかったー!」
「私も楽しかった。リオくんは詳しいのね。よく街に行くの?」
「うん、よく行くよ。僕のうちは、基本的にほうにんしゅぎなんだ」
「放任主義……。そうなの?」
「って、先生が言ってた。他の国に比べると自由なんだって。ミトスはあんまり街に出たりしないの?」
ミトセリスは静かに首を横に振った。
「……、お兄様は良く行ってるみたいだけど、私はあまり」
「そうなの?楽しいからいっぱい行ったほうがいいよー。それに、おうぞくはもっと自分の国をしるべきだって、その一番の方法が街に行く事だって、エルダが言ってたー」
「自分の国を知るべき……」
「うん、僕もよくわからないけど。でも、街に行くのは好きだよ」
「……、私は」
ミトセリスが答えに詰まっていると、後ろからリオとは違う低い声が掛かった。
「リオ」
「お兄様!お仕事終わったの?」
後ろを振り返るとそこにはレイディルの姿があった。ヨートリオはその姿にパッと駆け出して、足元にギュッとしがみつく。
無表情だったレイディルの表情が優しいものにかわり、ヨートリオの頭を撫でる。
「あぁ、ありがとう。ちゃんと案内してくれたか?」
「うん!ちゃんとお兄様の言ってた場所を案内したよ!」
あ、今日案内してもらったところって、レイディル王子が決めてたんだ。
てっきりヨートリオが好きなところを案内しているのかと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
ヨートリオの答えを聞いたレイディルは少ししゃがみ込む。
「ありがとう、リオ」
兄の礼を聞いたヨートリオは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ううん!ミトスと入れて楽しかった!」
楽しそうな明るい声に、なぜか一瞬でレイディルの顔からスッと表情が消え、目を細めた。
「……、呼び捨て?」
その言葉にハッとしてヨートリオが慌てて手をバタバタさせる。
「あ、ぅ、だって、ミトスがいいって……!」
その様子を見て慌ててミトセリスも援護に立つ。
「あ、あの、私がそう呼んでほしいとお願いしました……!」
ミトセリスの言葉にヨートリオもこくこくと頷く。
「……そうか。リオ、残念ながら、母上が呼んでいた」
納得したのかしていないのかわからない表情で、レイディルがそうヨートリオにつげる。その言葉にヨートリオの方も目をぱちくりさせる。
「え、お母様が?何だろう?」
「急いで行ったほうがいい」
「うん、そうする」
素直に頷いたヨートリオはレイディルから離れるとミトセリスを振り返る。
「じゃあね、ミトス!」
そう言いながら手を振る可愛らしい様子を見てミトセリスも笑顔が溢れ、同じように手を振り返す。
「えぇ、ありがとう」
あっという間にヨートリオの姿が見えなくなり、その場に残ったのはミトセリスとレイディルだけとなった。
ど、どうしよう、何か話すべき⁈いや、でも、私は約束を破られたんじゃないの?それなのにわざわざ私から話すことも……。
頭の中はどうしていいかわからずぐるぐるといろんな考えが回る。
すると突然レイディルが頭を下げた。その行動にミトセリスは一瞬びくりとしてしまう。
「すまなかった、私から案内すると言っておきながら案内できず」
「い、いえ、リオくん案内してくれて、楽しかったので」
謝罪を受け入れる意味でそう答えたのだが、何故かレイディルはその答えには不満そうで表情が変わる。
え、なんか、不機嫌になった……?
「まだ、時間は?」
「え、えっと、……」
どう答えていいか分からず迷い、少し離れた場所に控えていたニーナに視線を送るが、彼女はいい笑顔を浮かべながら頷いている。
ないとは答えなかったミトセリスに、レイディルはあると判断したらしく、ミトセリスの側に立つ。
「行こう」
それだけ言うと、一人でスタスタと歩き始める。ポカンとしたミトセリスがやや取り残されるが、慌てて歩き始めた。
え、行くってどこへ⁉︎すたすた歩くなー‼︎
ヨートリオ「ねぇ、お兄様。お母様は読んでないって言ってたんだけど」