2.本命は弟王子⁉︎
そんなこんなで、グラシス滞在二日目。
昨夜は晩餐会の疲労もあり、ミトセリスは熟睡できたようだった。ぼんやりとしながら、ベッドの上で瞼を持ち上げる。映り込んだ景色に違和感を覚えながら目を覚ました。
「何か、いつもと違う天井。壁紙とか張り替えたんだっけ?……、って、そんなわけないし‼︎グラシス王国の客間に泊まったんだった」
ようやく思い出して、がばりと上半身を起こす。するとすぐ側で声をかけられる。
「姫様、ようやくお目覚めになりましたか。もう、いつ起こそうかと思ってたんですよ」
そこには見慣れた侍女がいた。明るい茶色の髪のケルティアでのミトセリスの専属侍女だ。
「……、ニーナ。あれ、何でニーナがいるの」
「何でじゃありませんよ、一緒に来たんじゃないですか」
晩餐会の対応とドタバタで完全に頭から抜けていたらしいミトセリスは、その事実にようやく気がつき、見慣れた人がいることに安堵の色を浮かべた。
「……そうだった。よ、よかったー!あと4日も1人ですごさなきゃいけないのかと思ったー!」
その言葉に歳上の侍女は控えめに微笑む。
「そんな、いくら陛下でも、ミトス様を1人で遠いグラシスに行かせるなんて」
しかし、ミトセリスは音でもなりそうな勢いで首を横に振った。
「お兄様ならやるわよ、やりかねないわ。っていうか、聞いた⁉︎なんかレイディル王子から、婚約がどうのこうのとか聞いたんだけど⁉︎そんな話、一言も聞いてないんだけどどういうこと⁉︎」
そんなミトセリスの訴えに対して、逆にニーナからはきょとんとした顔が返ってくる。
「え?聞いていらっしゃらないんですか?」
「え、って、え?ニーナは知ってたの?」
「ご婚約のために、5日間滞在すると陛下からお伺いしていましたから……、あら?」
その言葉にミトセリスの拳がプルプルと震え始める。
「私だけ聞かされてなかったってわけね。帰ったら覚えておけーー‼︎」
兄に対する怒りで思わず声を上げるとニーナにすぐに注意される。
「姫様、いくらなんでも声が大きいです。さ、顔を洗って来てください。朝食の準備はできましたので」
「あ、はい。って、ニーナ、冷たいわね。私が一体どんなとこへ嫁いでも良いってわけ?」
文句を言いながらベッドから降りたミトセリスの言葉にニーナが笑う。
「陛下がそんな変なところへ姫様を嫁がせるわけないじゃないですか。今までどんなに姫様に晩餐会や夜会のお誘いがあっても、すべて断ってきたあの陛下ですよ」
返ってきた言葉が、思いもよらぬもので逆にミトセリスは聞き返すことになる。
「待って。それも初めて聞いたわ」
「あら」
「晩餐会や夜会の誘いって私にも来てたの?てっきり兄にしか来てないものかと……」
そゆかミトセリスの言葉にニーナがころころと笑う。
「あら、そんなわけないじゃありませんか。ケルティア王国の銀の花と謳われる姫様にお誘いが来ない訳がありませんよ」
「銀の花?そういえば、昨日の晩餐会でもそんなことを言ってる人たちがいたような……」
それが自分を指しているのだろうことは何となくわかっていたが、そんなに広まっているような話だとは知らなかった。自分が知らないことが多いことに頭を捻っていると、再びニーナに声をかけられた。
「さぁ、姫様。今度こそ顔を洗って来てください」
「あ、はい」
着替えて朝食を取るとやることがなくなり、ミトセリスは時間を持て余していた。使用させてもらっている客間のテーブルでお茶を飲みながら、ミトセリスは首を傾げた。
「こういう滞在中って何をしたらいいのかしら」
「デートでも行ってきたらどうですか」
あっり返ってくる侍女の言葉にミトセリスは驚愕の表情を返す。
「デート⁉︎一体誰と!」
「レイディル殿下に決まってるじゃありませんか」
呆れたような顔をされたが、ミトセリスは全力で否定する。
「いやいやいや、無理無理無理!レイディル殿下って何かすごく怖かったんだけど。笑ってもいなかったし。あー、本当に婚約するのかしら。あんな風に怖い表情でいる人と毎日顔を合わせるなんて無理!」
「そうですか?レイディル殿下といえばまるで女性のように美しい殿方だと有名な方ですよ」
ニーナの言葉にミトセリスは思わず顔を顰め昨夜のことを思い出す。
丁度ミトセリスから見るとレイディルの位置は逆光になっていたこともあり、不機嫌な顔が更に不機嫌そうに見えてミトセリスには怖そうな人だという印象しか残っていない。ただ、確かに白金の髪や青い瞳は綺麗だったかもしれない。
そんなことを言っていると、突然扉がノックされた。ミトセリスはびくりと反応し、身を固くするが、ニーナはのんびりとした声を上げる。
「あら、早速デートのお誘いでしょうか」
「えぇえ⁉︎無理無理!断ってよ!」
ニーナが扉の方に行く様子を恐る恐るみていたミトセリスだが、ニーナが扉を開けると目を逸らした。
「あら。姫様」
「だからー!」
断ってって言ったじゃん⁉︎と思いながら目を逸らしたまま首を横に振ると、ニーナの意外な言葉が飛んでくる。
「ヨートリオ王子です」
その言葉に、え?とミトセリスは扉の方を見る。するとそこには昨日出会ったヨートリオの姿があった。
予想外の人物の登場に、ミトセリスは椅子から立ち上がり、扉の方まで慌てて移動する。
「おはようございます」
可愛らしい元気な声でそう挨拶されて、ミトセリスは戸惑いながらも挨拶を返す。
「えっと、おはようございます」
ミトセリスの姿を見ると、ヨートリオは嬉しそうに微笑む。そして、何かを喋ろうと口を開いて、考え込むような顔をする。
「えーっと、本日は晴天に恵まれ……」
誰かに何か言われたのか難しい言葉で話そうとしているのが伝わってきて、その可愛さにミトセリスは思わず笑ってしまう。
「普通にしゃべってくれていいのよ?ヨートリオ王子」
ミトセリスの言葉に、パッとヨートリオの表情が明るくなる。
「ホント?よかったー!ぼくのことは、リオって呼んで!」
元気に笑ったヨートリオにミトセリスの沈んでいた気持ちも少し浮上する。
「じゃあ、私のことはミトスって呼んで?」
「ミトス……、うん、ミトス!ね、一緒にあそぼー!」
「私でよければもちろん!」
そんなにこにことした二人の様子に、ミトセリスの後ろでニーナがボソリと呟く。
「まさかのこちらが本命……」
「そんなわけないでしょ!」
急に声を上げたミトセリスにヨートリオが不思議そうな顔をする。
「ミトス?」
「あ、えっと、そ、外にでも行きましょうか!天気もいいし!」
「お外?……、うん!じゃあ、行こうー!」