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1.兄王の策略にまんまとはまった妹姫の悲劇?の幕開け

 突然の話ではあったものの、時間が止まるわけもなく、あっという間に1週間が経ってしまう。


 

 あぁ、来てしまった。グラシス王国晩餐会……。


 兄に言われてしぶしぶ晩餐会にケルティアの代表として来たミトセリス。心の中ではうな垂れているものの、側から見ればピンと背筋を伸ばし、堂々と歩き、顔には優しい微笑みを湛えている。

 薄紫色の波打つようなドレスにまっすぐ長い銀色の髪が映える。



 グラシス王国って近いけどそれほど仲がいいイメージもないのに、なんでお兄様がここの第1王子と仲が良いのかしら。お兄様の交流範囲ってなんかおかしいのよね。一応今日のために、グラシス王国については学んできたけれど……。



 グラシス王国の有名な話と言えば、玉座の名前であった。血のように赤い布地に、金色で縁取られたそれには、独特の呼び名がある。


 

 そういえば、この部屋ではないのよね。当たり前か。やっぱり王座の間とかにあるのかな。あれだけは一度見てみたいなぁと思ったけれど。

 それにしても、本日の主役が遅れるってどう言うこと?



 目的を早く達成して少しでも早く抜け出したいと思っていたのだが、この晩餐会の主役は都合により遅れているらしい。


 主役がいないせいなのか、人の視線を感じる気がするのはきっと気のせいじゃないわよね。


 ケルティア王国独特の色彩である、銀色の髪、明るい緑の瞳というのは、どこへ行っても非常に目立つものであり、それはここでも変わらない。



 みんな私が誰かってわかるのよね。こっちは誰かわからないってのに、あー誰よ、誰なのよ!人のことジロジロみて!これがあるから嫌なのに!



 そうは思いながらもミトセリスは、控えめな笑顔を振り撒き続ける。挨拶をしてくる貴族や、他国の王族に挨拶を返す。殆どが兄であるグラークスのことを知っているようで、ミトセリスは「兄共々よろしくお願い申します」と返すことが多くなる。

 次から次へと挨拶をしていく人々にミトセリスは一気に疲労感が強くなる。



 あと少し我慢しなきゃ……!



 そんな挨拶もなんとか人の列が途切れたところで、ミトセリスは見計らったかのように会場からそっと抜け出した。



「ようやく落ち着ける……」


 ホッとしながら少し薄暗い廊下を歩く。廊下は赤い絨毯が敷かれており、ミトセリスの足音も響かない。規則正しく並んでいる明かりを追いかけるように廊下を進むと次第に主会場の賑やかな音から隔離された気がして、心が徐々に落ち着いてくる。


 さらに歩き続けると、風が吹き抜ける音と水の音が聞こえて、それに誘われるようにミトセリスは足を進める。


 歩いた先には大きなガラス扉があり、外へ続く短い階段が見えた。扉のノブに手をかけると、何の抵抗もなく動いたため、ミトセリスはその扉を大きく外へと開いた。


 そこには、小さな噴水を中心とした庭園が広がっており、月明かりに照らされた庭は、幻想的な景色を作り出していた。


 庭園全体は青白く輝いているように見え、月光を反射した水がきらきらと宝石のように光る。


「……、綺麗な庭園」


 その景色に導かれるように、ミトセリスは短い石畳の階段を下りる。階段を降りたところで、ようやく一息つけた気がしてミトセリスは独り言を漏らす。



「私一体何のために来たのかしら。一日だけとはいえ、早く帰りたいなぁ」

 小さくため息を吐きながらそう呟くと、ふと何かの音が聞こえて、ミトセリスは耳を澄ました。


「ひっく……、っ……」

 それが小さな子供の泣き声のように聞こえて、ミトセリスは声のする方にさらに耳を傾ける。

「……やっぱり、子供の泣き声?」


 ミトセリスは一度止めた足を、泣き声がする方へ動かした。すると噴水の向こうに小さな影があることに気がついた。


 噴水の傍にいたのは、金色の髪をした5、6歳ぐらいの男の子。しゃがんで泣いている姿に思わずミトセリスは膝を折って声をかける。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 ミトセリスが声をかけると、男の子がゆっくりと顔を上げた。

「……、転んで……」

 よく見ると男の子の膝からは血が出ていた。どうやらまだ転んだばかりなのか、鮮血がじわじわと増えていく。

「あら、大丈夫?どこかに水は?できれば傷を洗ったほうがいいのだけれど」

 ミトセリスはここに来たばかりのため、どこに行くのが一番近いのかわからない。噴水からは勢いよく水が出ているが、流石に使うのは躊躇われる。


 すると男の子の方が、別のところを指差した。そこには陶器製の水飲場があった。

「このお水は飲めるよ……」

「そうなの?それなら傷を洗っても大丈夫ね」


 ミトセリスは持っていた薄紫色のレースのハンカチを取り出すと、水飲場の水でハンカチを濡らす。すぐに男の子のところに戻ると、再び膝を折る。


「少ししみるけど、我慢してね」

「大丈夫……」

 ミトセリスが濡れたハンカチで傷口をとんとんと何とが汚れを落とすように優しく触れると、男の子は痛そうにしながらも何とか我慢して耐えて見せた。そんな様子を見て、ミトセリスは微笑ましく思う。

 

「がまんしたのね、偉いわ。今はこれぐらいしかできないけれど、あとで誰かにちゃんと手当てしてもらった方がいいわ」

「……、ありがとう」

 少し鼻を啜りながらお礼を言う男の子に、ミトセリスは嬉しくなり笑顔を返す。

「どういたしまして」


 気持ちが落ち着いたらしく男の子にも少し笑顔が戻る。二人で噴水の端に腰掛けながら、ゆっくりと話を始める。



「お姉さんも晩餐会に?」

「えぇ。でも、少し疲れてしまって。今は休憩中」

 そんな風に答えたミトセリスに、男の子もホッとしたように笑う。

「僕もなんか苦しくなって出てきちゃったんだ。ホントはね、最後までいなきゃダメって言われてたんだけど。でもお兄様もいなかったし。後で怒られるかなぁ」


 あまりに不安げな表情にミトセリスとして、大丈夫だと言ってあげたかったか何の根拠もないことを無責任に言うことはできない。

「どうかしら?……、でも、私もそろそろ帰りたいなぁ」

 思わずそんなことを呟いてしまうと、不意に衣擦れの音と誰かの足音が聞こえて、ミトセリスは振り返った。


 そこに現れたのは白金のさらりと流れる艶やかな髪に、青色の瞳をした青年だった。表情は不機嫌のような無表情に近く、ミトセリスはなんとなく怖いなと感じてしまう。

 明らかに身分の高い人物だと言うことはわかるが、先ほどまで挨拶を交わした人の中にはいなかった。しかし、その後発せられた言葉から、すぐに推測できることとなる。



「晩餐会の主役に挨拶もせずにか?」



 その言葉にミトセリスはようやくハッとした。そして、自分がまだ本日の主役に挨拶できていなかったことに気づく。


「っ……!レイディル、……グラシス王子」


 声をかけてきたのは、まさしく今夜の主役、グラシス王国第1王子、レイディル=グラシスその人だった。

 慌てて立ち上がったミトセリスの隣で、ぴょこんと男の子が跳ねる。そして、そのレイディルに向かい満面の笑みで駆け寄る。

 

「お兄様……!」



 お、お兄様⁈たしかに言われて見れば、白金の髪に、青い瞳!まさしくグラシスの特徴……!しまったー!っていうか、色々まずくない⁈この状況!



 駆け寄って来た弟を抱き止めたレイディルは、彼の膝の様子に気づいたらしく少ししゃがむ。

「怪我をしたのか?」

「うん、でもこの人が助けてくれたの」

「リオ、『この人』は失礼だ。いつも言っているだろう」

「あ、ごめんなさい」

 弟の言葉に軽く頷くと立ち上がり、ミトセリスの方に視線が来た。


「リオ、ご挨拶は?」

 そう促されて男の子はピシッと気をつけをする。

「あ、はい!えっと、ヨートリオ=グラシスです」

 元気よく挨拶するとぺこりと丁寧にお辞儀をする。そんな男の子――ヨートリオの姿にミトセリスは気付かされる。



 しっかりしなさい、ミトセリス!あなたはケルティアの代表として来ているのよ!



「ご挨拶が遅れ大変申し訳ありません。ケルティア王国、ミトセリス=ケルティアと申します。以後お見知りおきを」

 昔から何度も練習している挨拶はミトセリスにとっては朝飯前だ。それまでの内心を隠すような、ゆっくりとした優雅な挨拶に、ヨートリオは頬を紅潮させ、レイディルは少し目を細めた。


「グラークス殿から聞いている。『帰りたい』とのことだが、帰るのか?」

 少し冷たい言葉と表情にミトセリスは息を呑む。



 さっきの言葉聞かれてたんだ……!



 そして咄嗟に出た言葉は否定の言葉だった。

「いえ……」

 そのミトセリスの言葉に、レイディルはとくに表情も変えない。興味なさそうな顔を向けてくる。


「……、そうか。それなら予定通り、5日間の滞在ということでいいんだな?」

 その言葉にミトセリスは、呆けた顔をして固まった。


「え?」


 そんなミトセリスの様子に気づいているのかいないなか、レイディルの表情は変わらない。

「グラークス殿からは、婚約前にお互いを知るために5日間滞在を、と伺っているが?」

「え?……えぇ⁈」

 思わずはしたないなんてことは忘れて声を上げてしまう。そして頭の中は大騒ぎだ。



 聞いてない‼︎っていうか、婚約⁉︎お兄様からは婚約の『こ』の字も聞いてないけれど⁉︎もしかして騙された⁉︎



 流石にそのミトセリスの声と表情にレイディルは察したらしい。

「聞いていなかったのか……。別に、今夜の晩餐会だけで帰ってかまわない。グラークス殿には私の方から書簡を送ろう」

「そうして頂けれ……」

 意外と話のわかる人だと感心しながら、同意する言葉を返そうとしてミトセリスはふと気がつく。


 待って!待って待って‼︎このままもし国に帰ったらお兄様になんて言われるか。っていうか、そもそもお兄様が悪いのになんでそんな心配をしなきゃいけないの?いえ、でも、レイディル殿下は知っていた。ということは、私が滞在する準備をしていたはず?準備をさせておいて結局滞在しないなんていうのはどうなのかしら?やはり良い印象ではないわよね。あくらお兄様が悪いとはいえ、国同士の問題に発展したりなんかしたら……!


 数秒のうちに散々頭の中で葛藤した結果、ミトセリスが導きだした答えは否だ。


「いえ。兄への書簡は結構です。予定通り滞在させて頂きます。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願い致します」

 しっかりとした言葉で回答を口にし、レイディルに頭を下げる。いくら兄のせいでも、こちらの国に迷惑をかけるなど良くない。ミトセリスはそう判断した。

 その言葉を聞いたレイディルの方は、変わらずの感情の読めない顔ではあったものの、小さく頷いた。

「わかった」


 その答えにミトセリスはホッとして、微笑んだ。しかし、頭の中は兄への怒り心頭だ。



 お兄様、覚えてらっしゃい‼︎帰ったら嫌と言うほど文句を言ってやるわ!いつもいつもお兄様の思い通りにはならないんだから!



 優雅に微笑みながらも、心の中でそう誓ったミトセリスだった。

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