林さんのこと
祖父がざっくり説明してくれた話によると、
・少し前、道で倒れていた林さんを祖父が助け介抱していた。
・言葉は話せなかったが覚えるのが早く、祖父は挨拶を始め色々な言葉を教えているところだった。(ここ数日で郵便物を受け取ることもできるようになった)
・倒れていた経緯など、記憶はほぼないらしい。
とのことだ。
林さんの口調や仕草がたまにお年寄りのようだと実はずっと思っていたが、祖父の影響をばっちり受けていたからのようだ。今も林さんは顎に手を当て「ほうほう」と頷きながらわたしたちの話を聞いている。
そういえば記憶が全くなく、「ここはどこ?わたしは誰?」状態なら自分の名前も分からなかったはず。『林さん』という名前はどこから出てきたのか疑問を持ち、聞いてみると祖父は目を輝かせて説明を始めた。
どうやら言葉を話せなかった時からずっと「キキー」と鳴いていたから『き』が2つ→『木』が2つ→『林』となったらしい。『キキさん』でも良かったんじゃないかと思うが、祖父は漢字で名前をつけたかったらしく気に入っているようだ。
結構くだらないことを考えるなと思いながらも、祖父のそういうところが好きなのでつい笑ってしまう。
この世界に住んでいて何か実験的な理由で動物の姿になったのか、それとも元々この世界にはいない別の生物なのか。
祖父は、どこかに通報したら可哀想なことをされるんじゃないかと心配で家に匿っていたらしい。たしかに、もしかしたら林さんを探している人がいるのかもしれないが、林さんの記憶がない今、何かから逃げてきた可能性も否定できない。
妄想でもそれを想像したら怖くて林さんが心配になってきた。
名前の話題から一変、少し重い空気になると「あ、そうそう。林さんは紅茶も気に入ってるんだよ。」と祖父が思い出したように話し始め、空気をまた変えてくれた。そして、あと林さんは家事をするのが好きなのだと話の最後に教えてくれた。
昨夜見た時にウロウロしていたのも掃除か何かしていたのかもしれない。
さて、少しは林さんのことが分かったところで急いで決めなくてはいけないのは、まもなく買い物から戻ってくる母に話すかどうかだ。
祖父とわたしが見知らぬ女性を匿っていると知ったら母は警察に相談しようと言うだろう。そして正体が分からない夜の姿を見たらすぐ警察を呼ぶだろう。
「・・・。」
話し合うことなくなくアイコンタクトと頷きで意見は一致した。
しばらくは母に内緒にすることにしよう。
母にこんな大きな隠し事をするなんて。
林さんと友達になっただけでワクワクしているのに、母に対して初めての反抗期のようでドキドキが上乗せされる。
帰ってきた母の車が窓から見えたので林さんには奥の部屋に隠れてもらい、笑顔で母を迎えた。
「おかえり~」
不自然すぎるくらい笑顔の二人に、母は少し不審がっていたが忙しいので気にしないことにしたようだ。奥の部屋に入った林さんは物音をたてることなく気配を完全に消している。さすがだ。
母とわたしは今日はこの家に泊まるのだが、母は用事があり明日の日中は出掛けなくてはいけないとのことだ。わたしは用事もないし祖父の家で待っていることにした。その間林さんとお茶したり話したりするのを想像すると楽しみで仕方ない。
しかし、携帯ゲームをしたり漫画を読んだりしながら「そろそろ日が暮れるな~」となんとなく思っていたらあることに気が付いた。
「あっ!」
そういえば昨夜、林さんを見た時すごく喚き散らしてたがあれはいつもなのだろうか。あの大きな声はさすがに母にバレる気しかしない。
祖父が心配してる様子もとくになかったので大丈夫なのだろうと思ったが、テレビを観ている祖父に駆け寄り、こそっと話しかけた。
「ねぇ、おじいちゃん。林さんっていつもは夜に大声だしてない?」
すると祖父は少し考えると顔色を変えて「あ・・」と小さく呟いた。