林さんとの出会い
わたしの姿を見た祖父は驚き、戸惑っていた。
なんとなく気まずい。
「おじいちゃん、電話したんだけど・・」
「お~、そうかそうか。ついさっきまで出掛けてたから。ごめんごめん。」
話すと祖父は思ったよりいつもの様子だ。
先ほどの人も家から出てきたので、「え~と・・」とそちらを見る。
「あ~、この人は知り合いのお孫さんで、たまに掃除のお手伝いに来てくれる林さんだよ。」
ようやく誰か判明した。
とりあえず祖父は犯罪に巻き込まれたわけではなさそうだ。
「あ、初めまして。如月杏子です。」
目が合ったので改めて挨拶すると
「私の孫で、杏ちゃん、と呼んでいるよ。」
と、祖父がゆっくり説明し、林さんは「ほうほう」と頷いていた。
母には仕事終わりに迎えに来てもらうことになっているので、それまで祖父の家でゆっくりする予定だったが予定は変わりそうだ。
絶妙に気まずい雰囲気でこのまま帰った方が良いのか悩むが、祖父に促されたのでとりあえず家に入ることにした。
家に入る際、林さんのことは後で説明するからと祖父に言われたので林さん関連の質問は極力しないことにした。
なぜ祖父の家の手伝いをしているのか、いつからなのかなど、疑問はあったが何か事情があるのだろう。デリカシーのないことはあまりしたくない。
祖父は三人分の紅茶の準備をしながら「あ、そうそう」と袋から何かを取り出した。
「買い物ついでに可愛いから林さんに買って来たんじゃ。」
そう言ってレトロな花柄模様のスカーフを林さんに渡す。
スカーフを受け取った林さんは目をキラキラさせると、それまで口元に巻かれていた三角巾を取り、もらったスカーフを新たに巻いてみていた。
とても嬉しそうだ。
祖父が「はい、林さんの紅茶。」とカップを林さんの前にも置く。すると林さんは口元からスカーフをまた取り丁寧に畳むとエプロンのポケットに大事そうにしまっていた。
スカーフを取ったことで林さんの顔がよく見える。
林さんは目を奪われるくらい綺麗で、急に緊張してきた。
林さんはほとんど話さず、紅茶を飲んだりクッキーを食べたりしながらわたしと祖父が話す様子をじーっと見ていた。
「あ~、それで杏ちゃん。林さんのことなんだけど・・。」
祖父が時計で時間を確認すると、話し始めた。
いよいよ林さんの話だ。
しかし何か言いにくいようで「あの~」「その~」を繰り返している。
落ち着かない様子で、飲み物のおかわりをしようと立ち上がろうとしたその時、
「あ!」
祖父の動きが急に止まった。
「腰が・・。」
険しい表情で腰を押さえている。
「どうしたの!?大丈夫!?」
突然のことに焦ってどうしたらいいか分からない。
急いで母に電話すると、すでに職場を出て車でこちらに向かっているとのことで、着いたらそのまま病院へ行こうということになった。
「おじいちゃん大丈夫?ママがもうすぐ着くから待ってね!」
電話を切って祖父に駆け寄る。
「多分ギックリ腰だから・・大丈夫。ただ、杏ちゃん。お願いが・・。ママに林さんのことはまだ内緒にしててほしいんじゃ。」
「・・うん。分かった。」
結局林さんのことは何も分かっていないが、そうすることにした。
祖父は林さんも近くに呼ぶと何かを話し、林さんは奥の部屋へ入って行った。
ほどなくして母が到着したので、慎重に祖父を車に乗せ病院へ向かう。
林さんはもちろん気付かれることなく家の中にいたままだ。
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診察の結果、軽いギックリ腰で明日には帰れるだろうとのことだったので、明日また迎えに来ることになった。
「今日はもう私の家には寄らなくて良いからね。」
病院を発つ前、祖父がわざわざそう言っていた。
家に入らないでほしいのだろうか。
車の助手席に座り一息つくと、林さんのことが頭をよぎった。
(遅い時間になったけど林さんはあの後どうしたのかな。ちゃんと自分の家に帰ったのかな。)
わたしはどうしてもそれが気になってしまった。
そして忘れ物をしたと嘘をつき祖父の家に寄ってもらうと、すぐ戻るからと母には車で待ってもらい一人で家に入って行った。
林さんが家に帰ったことを確認するだけ、と自分に言い聞かせながら。
家に入るとかすかに何かの音が聞こえる。
ほとんど使われなくなった奥の部屋に近付くにつれ音は大きくなる。
「キィー!ギキー!」
聞こえる音は甲高くかすれ、綺麗な音とは言えない。
怖かったが好奇心が勝ち、部屋のドアを少しだけ開けて覗いてみる。
・・カチャ
・・・キ~
薄暗いのでハッキリとは見えない。
立って歩いているようだが人ではなさそうだ。
頭はボサボサの毛に覆われていて犬のように見えるが足元は鳥のように細い。
音はそれの鳴き声かもしれない。
喚き散らしながらウロウロと何かをしている。
格好は長めのワンピースに白いエプロン姿。
口には何かを巻いているようだ。
(林さん?)
人ではなさそうと言いながら林さんを思い浮かべるのは不自然かもしれない。だけどそう考えるのが自然な気がした。
これは林さんだ。
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