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大丈夫


「それで?」

何かあると確信した母は少し強気だ。


「だからさっきも話したじゃん。近所の友達で、林さんだよ。」

口をパクパクさせている祖父の代わりに答えた。


「それは分かったけどなんで今まで黙ってたの?」

「なんでって・・わざわざ言うことじゃないと思ったからだよ。本当に最近だし。いちいち全部言わなきゃいけないの?」

言い返すことが珍しいので母は少し驚いた顔をしている。


どうする。

このまま友達として押し通すか、正直に全てを今話してしまうか、正解はどちらだ。

ただ、こうなると「友達」として信用してもらうには少しハードルが高い気がする。もう少し早く紹介しておくべきだったのか。



*****


さっきは知らない人にビックリしたが、高校生の娘の交友関係なんて全部知らなくて当たり前かもしれない。家族だし何でも話してくれる仲の良い親子だ、と父に対しても娘に対しても思っていたが、全て把握しておきたいというのは私の都合だ。

杏子は今まで大きな反抗期もなかったが、ついに反抗期かもしれない。

性格上どうしても気にはなるが、二人が怪しいことに巻き込まれていなければそれで良いと思うことにして、少し様子を見よう。


*****


「そっか・・。そうよね。ごめんね。林さんもごめんなさい。これからも杏子と仲良くしてね。」


「・・・。」

威勢をなくした母を見て少し心が痛む。

母に話しても相手にしてもらえないというのは、あくまで想像だ。これを機に話してしまった方が良い気がしてきた。


母はそのまま、買ってきたパンを食べずに「仕事が残ってるから」と家を出て行ってしまった。

残されたわたしたちはスープ作りを再開したりお皿を出したり、何事もなかったかのように昼食の準備を続けた。いつもと違うのは会話がないことくらいだ。


「・・・・・。」

沈黙が続く中、祖父の様子を見て、おそらく同じことを考えているだろうというのが分かった。


「・・ねぇ、おじいちゃん。ママに林さんのこと話しても良いかな?」

手を止め、祖父の様子を伺いながら話しかけた。


祖父は悩んでいるようで返事はすぐに返ってこなかった。

しかし小さな声で

「・・うん。そうだね。ママにもちゃんと話そう。杏ちゃん、ありがとう。」

と言うと穏やかな笑顔を見せた。


-----



夕方、仕事を終えた母の車が見えた。

林さんが奥の部屋へ行こうとしたので「もう隠れなくて大丈夫だよ」と伝える。


「ママ、おかえりなさい。」

いつもより疲れてそうな母を出迎える。

「ただいま。晩御飯食べて帰ろっか。」


「ママ・・。あのね、実は林さんのことで話があって・・。」

「そうなの?そういえば林さんの下の名前も聞いてなかったわね。なんていうの?」


「あの・・ね。林さん、本当は近所の人じゃないし普通の人じゃないの。その~。名前も分からなくて。夜になると姿が変わるからママがビックリすると思って今まで言えなかったの。・・声も大きくて少し怖いし。内緒にしててごめんね。」


「・・?どういうこと?よく分からないんだけど。」


母は「えー!?」という反応でもないし、怒ってもいない。ただ呆気にとられている様子だ。意味不明な嘘だと思って呆れているのだろうか。


「え~と。だからね・・。」

話したいことは沢山あるのに、いざ話し始めると説明が難しい。

自分の両手を合わせたり握ったりしながら落ち着いて話そうとするが言葉が出てこない。

祖父の方をちらっと見ると

「・・美桜。今日は泊まっていきなさい。説明は見てからにしよう。ただ、林さんの姿を見ても杏ちゃんを信用すると約束してくれ。」

と、助け船を出してくれた。


祖父の言葉に便乗し「うん。それでお願い」とだけ言い、あとは夜を待つことにした。

母は更に不思議そうな顔をしたが、とりあえず了承してくれた。


-----


夜も更け、寝ようかという時間になった。

ご飯を食べてもやはり帰る様子がない林さんを見て、何も言わないが母は怪訝な面持ちをしている。


それぞれの部屋に移動し布団に入ると、同室の母が口を開いた。

「もしかして林さんは複雑な事情があるの?それで面倒をみてあげてるの?」


林さんのことを心配している様子だ。

父と娘が必死に何かを隠しているのには理由があると考えてくれたのだろう。こんなに気にしてくれるならもっと早く言えば良かった。


今なら話せるかもしれない。

「あのねママ、ビックリすると思うんだけど・・」


「キキィー!!」

そのタイミングで林さんの声が聞こえた。


母が飛び起きる。

「何の音!?杏子、大丈夫!?」


「ママ、大丈夫。林さんなの。説明するから行こ。」

母を連れて林さんのいる部屋へ行くと既に祖父がいた。


祖父はこちらを見ることなく、林さんだけを見つめ口を開いた。

「美桜、これが林さんの夜の姿じゃ。倒れているところを助け、それ以来私の手伝いをしてもらいながら一緒に住んでいる。今のところ害はないが、黙っていたのは悪かった。私が杏ちゃんに口止めしていたんじゃ。」

祖父の声は少し震えているように感じた。

「そうなの!林さんは家事が得意でね!勉強もしてるし!見た目は変わるんだけど全然怖くないから!」

祖父に続いて、林さんは安全で『良い存在』だと必死にアピールする。


目を丸くさせ絶句している母に安心してと言うが、やはりすぐには無理だった。母は視線を林さんからこちらに移すと口を開いた。

「・・お父さんも杏子も何を言っているの?大丈夫な訳ないでしょ。早く警察を呼びましょう。」

淡々としているが怒りが混じっているのが分かる。


強い力で手を引っ張られ部屋から出されそうになったので、母の手を振り払う。

「けど林さんは今の姿でも乱暴なことはしないよ!もっと近付いたことあるけど大丈夫だったもん!」

母は手を振り払われたことに驚いているようだ。

「近付いたの?信じられない!あんな訳の分からないモノに?大丈夫だったのはたまたま運が良かっただけよ!」


林さんを指さされ悪く言われるとさすがに腹が立った。

「もの?ママ、林さんは物じゃないよ。わたしとおじいちゃんの友達っていうのは本当だし。見た目で判断しちゃいけませんってママも言うじゃん。」


母の声は更に大きく甲高くなった。

「屁理屈言わないの!それは人に対してでしょ!あれは違うでしょ!お父さんもよくあんなのを今まで黙ってたわね!早くここを閉めて、閉じ込めておきましょう!」


母が何か武器を持っていたら迷わず林さんを攻撃していただろうというくらいの形相だ。大好きな林さんが酷いことを言われているのに胸がつかえて言い返せない。


母はまだ色々と言ってるが、声を絞り出し一つだけお願いする。

「ママ・・今まで黙っててごめんなさい。だけど林さんには何もしないで。」


しかし母の耳には届かなかったようだ。

「何言ってるの?そんなこと出来るわけないでしょ。」

小声なのにハッキリと聞こえたその声に背筋が凍った。

「けど・・林さんは!」

「杏子!いい加減にしなさい!」

母の大声にビクッとなり何も言えなくなってしまう。


説得するつもりだったが、話したことを早くも後悔した。こうなったらもう何を言っても聞いてもらえない。

母親だから分かってくれる、なんて甘い考えだった。


母はまだ何か言っているが、わたしは自分の不甲斐なさに涙をこぼさないようにするので精一杯だ。


すると、そこで深いため息が聞こえた。

「・・美桜。林さんの今の姿に対して美桜の反応は当然だし、一番悪いのは私じゃ。ただお前は自分が正しいと思い過ぎじゃないか。杏ちゃんを信用して話を聞くぐらい出来んのか。」


祖父がそう言うと母は「だけど状況が・・」と言いながらも黙った。


「杏ちゃん、私も少し話していいかな?」

祖父が優しく声をかけてくれるが、わたしにはそれに対してこくりと頷くことしか出来なかった。


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