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説明不足


-----


「杏ちゃん。」

リビングのドアを開けて顔を覗かせた林さんが手招きをしている。


「ん?」

鍋の火を止めて林さんの所へ向かう。

「ふふっ。どうしたの林さん。おじいちゃん、やっぱり忘れ物だった?」

そして、いつの間にか林さんの笑い方がうつってしまったな、なんて思いながら話しかける。


「いいや。車じゃなかった。」

想定外の答えが返ってきた。


「・・車?」

「うん。車じゃないの。」


なぜかわたしと同じくらい林さんも不思議そうな顔をしている。

顔を見合わせて二人で首を傾げる。


(なんのことだ?おじいちゃんは車ないけど・・。)


「・・・っあ!」

一気に血の気が引いて急いで玄関へ向かう。


そうだ!

林さんにはその人の()が見えたら隠れてとしか言っていなかった。


---


予想通り。玄関へ行くと立ち尽くしている母と目が合った。

「あっ・・」

わたしの姿を見て少し安心したのか一息ついた。

「・・杏ちゃん、先程の方は?」

どうやら林さんとばっちり会ったようだ。当然だけどいきなり知らない人に出迎えられたらやはりビックリするよな、と改めて思う。


「あ・・。え~と。」

いきなり全てを話したら警戒されるので、近所に住んでて仲良くなった子としてまずは紹介しようか、となんとなく祖父と話したことはあったのだが、詳細はまだ考えていなかった。


「・・林さんっていうの。ママ、お仕事どうしたの?」

名前だけ伝え話題を変える。


「ママは仕事で近くに・・。この前話した、新しくオープンしたパン屋に行って・・。」

歯切れが悪い。話しながら頭をフル回転させているようだ。


「あ、そうなんだ・・。今おじいちゃんもそのパン屋さんに行ってるんだ。ハハッ。かぶっちゃったけどおじいちゃんと会わなかったんだね。」


いつも通りの様子で明るく振る舞うが、母は関係なく一点を見つめ考えたままだ。


*****


父の家から知らない若い女性が出てきた。

格好からして家政婦さんだろうか。しかし家政婦さんに来てもらうことになったなんて話は聞いていない。もしかして父と付き合っている女性?


いや、杏子の友達がたまたま遊びに来ていた、というところだろう。けど仲の良い菜乃花ちゃんではなかった。菜乃花ちゃんには私も会ったことがある。

そして女性が髪につけていたヘアピンと同じような物を最近見た。菜乃花ちゃんに作り方を教えてもらったらしい杏子のお気に入りのヘアピンだ。

菜乃花ちゃんの名前しか出てこなかったが、作った時この女性も一緒だったのかもしれない。


まぁそれは良いのだが、玄関を開けるくらいだから初めましての関係ではないだろうに、父からも娘からも女性の話題が今まで一度も出てきていないのは気になる。

・・もしかして父が何か騙され家に入り込まれたのだろうか。

杏子とも仲良くなり「恥ずかしいからお母さんには内緒ね」なんて言われたら杏子も「わかった」なんて言いそうだ。


*****



「そうね・・。で、先程の方はどなた?」


話題はすぐ戻った。

「え~とね、この近くに引っ越してきて友達になったんだ。林さんっていうんだよ。」


「そうなの。ママ、知らなかったから。学校じゃなくて近所の友達なのね。」

「本当に最近友達になったばかりだからね!とりあえず・・パン食べようよ!」


玄関からリビングに移動し、パンを袋から取り出しテーブルの上に並べていく。

これ以上質問されないようにと、母に背を向け袋をゆっくり漁るが時間をかけるにも限界がある。


そこへ林さんが来て「これパン屋さんかい?」と無邪気な顔で訊いてきた。

母に会わせないように気を付けていたつもりだったが裏目に出た。林さんの中で、車に乗っていない母はもう隠れる対象ではなく、警戒心もなくなっているようだ。


そして予想通り、たくさんのパンに喜んでいる林さんは可愛い。

可愛い。が、今ではない。

一瞬ほのぼのしそうになったが、背後から母の視線を感じ意識を戻す。


「はじめまして。杏子の母です。先程はごめんなさいね。」

「はじめまして?林です。」


「杏子のお友達?」

「うん。友達じゃ。」

林さんの話し方とパンに喜ぶ姿に混乱しているようで母は黙った。



ピンポーン!

そこでまた玄関チャイムが鳴った。


「あ!」

林さんが今度こそと張り切って玄関へ向かう。


「いや~。なかなか早かっただろう。近道があってのぉ。スープはできたかい?」

ご機嫌で帰ってきた祖父だったが、リビングのドアを開けると

「み、美桜!」

と、ドラマのようにパンの入った袋を落として後ずさりした。


「おじいちゃん・・。おかえりなさい。あの、ママもパン買ってきてくれて・・。」

「お父さん。帰って来てすぐで悪いんだけど、こちらの方の紹介をしてもらって良いかしら?」


名前と近所の友達ということはわたしが教えたのにまた一から聞こうとしている。祖父の動揺っぷりで何かあると母は確信したのだ。


こうして大量のパンを目の前に、思いがけず林さんの紹介をすることになった。


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