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人が恋に落ちる瞬間を見たい  作者: 雨足怜


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34球技大会

 一学期の期末テストが終わった。

 解放感に包まれたクラスは、一気に浮足立った空気に代わる。

 それもそのはず。あと二週間を耐えれば夏休みが待っている。夏。高校一年の夏。高校受験から解放され、大学受験もまだ遠い、何の憂いもなく思いっきり遊べる夏。

 ただ、教室を包む熱気は、まだ夏休みを渇望するようなものではない。

「注文したサイズを取るように!」

 委員長の水谷さんが声を張り上げる。時間は帰りのHR。

 教卓の上に大きな段ボール箱をドンと置いた水谷さんの言葉に、クラスのあちこちから歓声が響く。

 段ボールから取り出されるのは、黒色の服。完成したクラスTシャツの配布を前に、クラスには熱気が満ちていた。

 球技大会、体育大会、そして文化祭で着ることになるクラスTシャツ。学年で縦割りに決められた色に、それぞれのクラスで好きにデザインしたそれは世界にこのクラスだけのオリジナルのもの。

 クロスを描く鎖を白黒で表したそれは、シンプルだからこそ好ましいものだった。進級しても普段使いにできるというのはすごくいい。高いお金を払って買ったクラスTシャツが、私生活で使うのをためらうようなデザインというのは嫌だ。他のクラスではサッカーチームや野球チームのユニフォームを模したようなデザインのところもあるみたいだけれど、私のクラスは飯星くんがデザインしたシンプルなシャツになっている。

 飯星くんって、本当に多才だ。運動も勉強もできて、ルックスもよくて、絵もうまいなんて神様は不平等にもほどがあると思う。

 男女にシャツを配布している水谷さんと飯星くんの間には、おかしな空気はない。これから学校行事が目白押しなタイミングで告白した水谷さんは飯星くんにフラれて、けれどそれを一目で見抜かせるような人ではなかった。

 たぶん、水谷さんの告白を知っているのは、当事者である二人以外は私くらいなんじゃないだろうか。水谷さんが北条さんたちとの話題で好きな相手に言及しているのは聞いたことがない。水谷さんたちのグループは駅前のアイスクリーム屋の季節限定メニューだとか、流行の服についてとか、そういう話ばかりで、踏み込んだ話題を耳にすることはなかった。人によっては、あるいはグループによってはあけっぴろげに話すことで逆に牽制するものだけれど、水谷さんのところはそういうグループではないみたいだった。

 ある程度女子の列がはけたところで立ち上がって、前にTシャツを受け取りに行く。こういうところに暗黙の順番のようなものがあるのが面倒なところだ。

「はい、近藤さんはMね」

「ありがとう」

 ビニールのくしゃりとした感触を感じながら、受け取ったそれを手に席へと戻る。まっすぐ向かう先、久徳くんの席の隣には北条さんがいて、笑顔で何かを話していた。

 水谷さんたちが恋愛の話題にならないわけではない。特に、最近では北条さんの恋愛話が聞こえてくることが多い。

 北条さんは、久徳くんが好きだ。もう、このクラスのほとんど全員が知っているんじゃないかと思う。好意を前面に出して久徳くんと話す北条さんは、その時間のすべてがいとおしいというように輝いた笑顔を浮かべている。そんな北条さんを見て「北条ってかわいくないか?」みたいな声が男子から聞こえてくることも多い。ただまあ、告白しようとか、そういう話にはならないみたいだけれど。

 久徳くんは、北条さんの想いに気づいているのだろうか。流石に気付いているよね?どちらかといえば天然かつ鈍感な気がする久徳くんでも、さすがにこんなあからさまな好意に気づけないことはないだろう。

 ……どうだろう。でも、鈍感であってほしいという思いもある。もし久徳くんが鋭ければ、私の想いも、私が抱える秘密も、彼は悟ってしまっているかもしれない。……秘密は、ばれていないと思う。久徳くんへの罪悪感は、彼には伝わっていないはずだ。

 幸せになってほしいと、心からそう思う。これ以上私の身に起こっている超常現象に巻き込まれることなく、平穏な高校生活を送ってほしいと思う。

 今の私は、そう、心から彼にエールを送ることができる。それくらいに、成長していた。

 教室前方、友人と楽し気に会話をする野江の背中へと視線を向ける。彼女は、時々放課後に私を誘って一緒に喫茶店に向かった。その時間は、忘れていた中学時代の平穏な心を思い出させてくれた。

 時間が、すべてを解決していく。このまま、問題なく過ごしていける――そんな願望を胸に、私はクラスTシャツを抱きしめるようにして席に座って、机に顔を伏せた。

 背後から聞こえてくる、二人の楽しそうな会話から自分を隔離するために。


 球技大会。

 それは夏も真っ盛りな七月中旬に行われる一学期の締めくくりともいえる学校行事。

 晴れ渡った青空で太陽はギラギラと輝き、テントの下に入っていても汗が噴き出すのが止まらなかった。

 開会式を目前に、熱気は最高潮に達していた。正直、私は運動がそこまで得意じゃないし、体育大会にはあまり楽しさを見いだせていない。この暑い中、丸一日を冷房の効いていない外で過ごすのだから、憂鬱であってもおかしくないと思う。

 そんな気持ちを抱いているのは私だけじゃないようで、見れば女子クラス委員長の水谷さんもテントの中央でけだるそうに座っていた。

 開会式まであと少し。体育委員と保健委員、生徒会役員と先生が準備に追われてせわしなくあちこちを走り回っている。トラックを取り囲むように並ぶ集会用テントの白布が陽光を反射してまぶしい。テントの下にずらりと並ぶ生徒は、いったいどこにこんな数がいたのかと疑わずにはいられないほど。それぞれのクラスTシャツを身に着けているからひどく目がちかちかする。しばらく視線を固定させていると、動かした際に補色で視界がマーブル模様になって気持ちが悪い。

 トラック脇を、バインダーを片手に野江が走ってくる。保健委員の彼女は今日も委員会の仕事で引っ張り出されている。それでもすごく楽しそうで、私の視線に気づいて手を大きく振ってくれた。

 私も、野江に向かって小さく手を振る。周囲から視線を感じて、すぐに卸してしまったけれど。やっぱり、人の目が集まるのは嫌だ。

 入場、開会式が始まる。宣誓の後に全校生徒で体操をする。生徒の前にこちらを向いてずらりと並ぶ体育委員の中には憂鬱そうに肩を落としている生徒の姿もある。たぶん、体育委員を押し付けられた生徒なんだと思う。体育委員はこうした場面で皆の前に立って体操をするから、私は絶対にお断りだった。院決めのじゃんけんで勝利した時には小さくガッツポーズをしてしまったほどだ。

 ちなみに、その様子を見ていた久徳くんと野江に少しだけからかわれて恥ずかしかった。

 球技大会で私が出場するのはドッジボール。一応チームプレーではあるけれど、他のバレーやバスケットボールに比べれば私一人の行動が勝敗に一番影響しにくいスポーツだ。

 ベースボールとサッカーしか選べない男子は少しだけかわいそうだ。

 ちなみに球技大会で行う種目は投票式で、女子は毎回必ずドッジボールが入っているという。つまり、私のように足を引っ張りたくない子が一定数存在するということだ。

 ……どうして球技大会なんて行事があるんだろう。

「遅刻しないように動けよ」

 どこか気の抜ける声で告げた飯星くんが動き出し、男子の一部がぞろぞろと彼の後についていく。聞こえてくる会話からして、サッカーの選手みたいだ。確か一回戦からだっただろうか。

 私が出場するドッジボールの試合は二試合目の時間。つまり、これからしばらくは時間がある。

 男子のサッカーか、女子のバスケットボールか。少しだけ考えて、それから野江のいるバスケのほうに向かうことにした。決して、体育館に入れて影にいられるからという理由で選んだわけじゃない。

 サッカーに向かう男子の中には久徳くんの姿もあった。そして当然というか、北条さんもそちらについて言っていた。北条さんが出場するバレーも第二試合の時間から。

 躊躇なく男子の応援に向かう北条さんの背中が、少しだけまぶしかった。


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