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17好きだから

北条視点です。

 今日を機にあたし、北条祈は変わる。

 わずかな決意を胸に扉を開き、友人たちとあいさつを交わしながら教室前方へと向かう。机に座ってけだるげにスマホを触っていた女子に声をかける。

「おはよー」

「……おはよう?」

「なんで首をかしげているの?」

「なんでって……ねぇ?」

 わかってるでしょ、と言いたげな目で近藤があたしを見る。まあ、それもそうだ。

 これまで大した関わりのなかったあたしがいきなり、それもわざわざ近づいて行ってあいさつをしたのだから、困惑してもおかしくない。

 どういう意図があるのかと必死に考えているのか、きゅっと眉間にしわが寄る。

「痕がつくでしょ」

「……痛い。もう少し加減して」

 眉間を指でつつけば、慌てて両手で隠した。わずかに涙目でにらまれる。

 爪が突き刺さったのか、単に近藤が弱っちいのか。涙目で震える近藤に注意されたあたしは後頭部を掻きながら頭を下げる。

 顔を上げる際、近藤の後方に座る男子へと視線が向く。心臓が小さく高鳴る。

「っと、久徳もおはよう」

「うん、おはよう。……珍しい組み合わせだね?」

「少し前から友達になったのよ」

 近藤の肩を抱き寄せれば、いやそうに顔をしかめられる。ただまあ、構うものか。近藤はこういう積極に対してそれほど嫌ってはいない。多分、柚木と関わるうちに慣れたのだと思う。

 クラスメイトの柚木野江は相手の距離に踏み込むのが得意なやつだ。時折近藤と柚木が話しているところを見るし、日によっては柚木が抱き着いたり、近藤の髪を触ったりしている。

 意外と小さくて女性らしい柔らかさに満ちた近藤の感触を堪能しつつ、あたしは久徳に近藤との仲をアピールする。

「仲良しだね」

「ああ、怪我を手当てしてもらった相手だもの」

「……別に、気にしなくていいのに」

「恩は返さないといけないだろ。人として当然だ。ただまあ、恩を返しても友達でい続けるくらいの関係にはなりたいところだな」

 そう言いながらも、あたしの最終的なゴールは近藤と友人になることでも親友になることでもなく、近藤経由で久徳と仲良くなることだった。

 久徳千尋。やや眠たげで、背は高め。体は細く、どちらかというと頼りなさげに見える。けれどそれらの雰囲気は、彼の人好きのする笑みと相まって破壊的な代物になる。

 かくいうあたしも、久徳の笑みに落とされた人間だ。

 あんな顔、反則なんだ。あたしを心配してるんだと、なんて、ただの冗談だった。場を和ませようとするあたしのウィットに満ちたトーク術は、けれど久徳に飲まれた。

 一瞬だった。

 「そうだよ」と告げた久徳の顔を見た瞬間、あたしは恋に落ちていた。

 ただ、あたしは久徳ととくに仲良くはなかった。それ以前にも話したことはあったが、互いを知るには遠すぎる。だから、近藤経由で久徳と知り合おうと思った。

 別に、近藤を踏み台にしようと思っているわけじゃない。ただ、近藤の友人という立場のほうが久徳とは仲良くなれる気がした。

「そういえば久徳と直接話したことはほとんどなかったわね。あたしは北条祈。愛をこめて祈って呼んでくださいな」

 冗談めかして告げれば、久徳どこか軽い調子で肩をすくめる。

「知ってるよ。でも愛を込めるってのはちょっと」

「冗談だって。普通に祈って呼んでくれると嬉しいわ」

「んー、そう?じゃあ祈って呼ばせてもらうよ。僕も一応自己紹介しておこうか。久徳千尋だよ。僕のことも名前で呼んでくれてもいいんだよ?」

「よろしく、千尋」

 許可をもらったのならためらわない。むしろ距離を詰める絶好のチャンスだ。

 なんの気負いもなく名前を呼ばれたことが、眼中にはないといわれているようで少しだけいらだった。けれど、名前を呼びあうようになれただけで十分。

 あたしたちの間で近藤が目を白黒させていた。近藤はこういう気やすい距離の詰め方はしないタイプだろうな。偶然関係ができた相手とゆっくり仲を深めていくようなタイプだと思う。

 驚愕に目を見開く近藤が面白くて、軽く頬をつつく。

「おお、ぷにぷにね」

「……太ってないよ」

「誰も太っているなんて言ってないでしょ。千尋だってそう思わない?」

「ん?近藤さんが太っているって?まさか。きれいだよ」

 顔を赤くした近藤が口をパクパクと開閉させる。愛らしく、いじらしい。そして、少しだけ面白くない。

 久徳は、千尋は距離感が狂っている。男子だとか女子だとか、性別で相手への対応を変えない。だから女子は誤解してしまうのだ。千尋が自分に気が合うかもしれないと思ってしまうのだ。

 何より、自分のことをまっすぐ見てくれる千尋の在り方がいとおしくて、恋に落ちてしまうのだ。

 千尋は罪作りな男だ。そして多分、これからもきっと多くの女子が千尋に惚れる。でも、負けるつもりはない。あたしが千尋の特別になってやる。きれいだとか、かわいいだとか、そういう言葉をあたし一人だけに送ってくれるようにして見せる。


 あたしという緩衝材が入ったからか、近藤は千尋とそれなりに話し始める。

 近藤は、よくわからない。最初は、千尋に惚れているように見えた。けれど、それにしては千尋を拒絶するような振る舞いを見せることがある。

 かと思えばかわいいといわれて赤面する。

 意識が、しているのだろう。けれど、その意識を上回る何かを心に秘めている。

 もし、その秘めるものを隠すのを近藤が辞めたら、多分近藤は最大のライバルになる。こうしているだけでも、千尋が視線を向けるのは、より楽しそうに会話をするのは、あたしを相手にする時ではなく近藤を相手にする時だった。

 千尋の思いは、よくわからない。友人以上恋人未満くらいだろうか。少なくとも千尋は近藤を意識している。ただ、惚れているというわけではない。話すだけで楽しいという気持ちが見ていて伝わってくるし、実際に楽しそう。ただ、その笑みがどことなく空虚に見えたのは、作り物のように思えたのは、あたしの勘違いだろうか。

「そういえば千尋って勉強できるのよね?」

「え?んー、まあできなくはないよ。できると胸を張って言えるほどでもないけれど」

「頼む!あたしに教えてほしい。もうすぐ定期テストだけれど、正直できる気が市内の」

 パン、と音を立てて両手を合わせて頼み込む。千尋は以外でもなんでもなく面倒見がいい。頼ってくる相手は突き放せず、そして頼られることをうれしいと思うタイプだ。

 頼られるということは自分が優れているという証明でもある。上に立ったつもりになった相手は心の壁を薄くして、そこに付け込んで関係を強くする。特に教える立場と教わる立場になれば、自然と千尋はあたしにより心を開いてくれるようになるだろう。

「……んー、放課後に図書室で集まる?小声で会話するくらいなら大丈夫だと思うよ?」

「本当!?ありがとう」

 千尋の両手をつかんで、意識して上目遣いで告げる。

 大丈夫、あたしはかわいい。今日という人のために磨いてきた容姿とメイク術を使って、千尋にあたしを意識させる。

 果たして、千尋はやや困ったように目じりを下げながらあたしの頼みを聞いてくれた。

 思ったよりもガードが 固い。それでも、いつか勝利するために少しずつ近づいて行ってやる。

「ねぇ祈って久徳君のことが好きなの?」

 席に戻る途中、友達に話しかけられて少し悩む。話すべきか否か瞬時に選択して。

「うん、好きだけど?」

 率直に告げることにした。下手に隠していると面倒だし、話せば牽制にもなる。あたしが好きな千尋を横からかっさらうような相手と友人付き合うをする気はない。

 ニマニマとした笑みを浮かべた友達が千尋に視線を送る。

 頬杖をついて近藤を話している千尋の顔には、あたしの知らない時間があって、あたしにはないものを持っている。

 あたしの心を溶かした笑顔が、今はただ一人、近藤だけに向いている。

「……望み薄じゃない?近藤(あの子)がひかないと勝てない気がするけど?」

 ぶっちゃけ、今一番リードしているのは近藤だ。それは無視できない事実。昨日、倒れた近藤の体調を知るために、あるいは顔を見るために、わざわざ保健室に足を運ぶくらいなのだから。

 けれど、近藤相手なら勝つことだって不可能じゃない。

 それに、何より。

「好きなんだから、仕方ないでしょ」

「そっか。それは仕方ない」

 そう、仕方ないのだ。好きになってしまった。あの笑みにほれ込んでしまった。あの笑みを自分だけのものにしたいと思ってしまった。

 だからもう、あたしは止まれない。止まるわけにはいかない。


 さぁ、千尋にあたしを好きになってもらうように、今日から頑張ろう。


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