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更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
また、本作はしばらくこうして不定期更新が続くかと思います。
気長にお待ちください。
北条さんが久徳くんに恋をして。
そして、時が巻き戻る――ことはなかった。まるで、この恋は神か悪魔が捻じ曲げたものではないと、そういうように。
久徳くんの恋は消え続ける。
北条さんの恋は消えない。
その差は、なんだろうか。思いを寄せる相手が、私かどうか?それとも、異常なのは私ではなく久徳くん……ではないか。ひょっとしたら、北条さんは久徳くんを好きになったわけではなく、ただ意識しただけなのではないだろうか。
対照条件が少ないせいで答えは出ないけれど、この日私は例外を経験したのだ。
それが暗中模索の状況に差した一筋の光であるのかどうかは、まだわからない。
スマホの上で踊っていた指が止まる。自分の中にある衝動が、ふっと消失したのを感じた。
椅子に深くもたれ、天井で輝く電球を隠すようにスマホを掲げる。液晶の中、つづられるのは私の赤裸々な思い。
不安、恐怖、困惑。少し不思議な体験をした私本人の物語が、そこにあった。
告白された瞬間、回帰する少女。何度も何度も告白され、けれどそれに対する返事をすることもできずに時間が巻き戻り、告白はなかったことになる。
罪悪感が募る。せめてきちんと返事をしたい。私を好きになってくれた人に、真摯に向き合いたい。
ここまで来てようやく、私は久徳くんの告白にまっすぐ向き合いたいと思うようになっていた。罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、私は確かに前に歩むことができていた。その確信が、少しだけ私の肩に乗っていたものを軽くしてくれた。
悩みながら、ゆっくりと小説の内容を推敲していく。ただの日記から物語へ、私から主人公へ。
綴られるは物語。不思議な経験をした少女が、少しずつ恋愛と向きあうようになる話。
って、こうして自分の経験をつまびらかに小説として不特定多数の目にさらしておいて、きちんと向き合っているとは言えないかもしれない。
けれどこれは、私の中の儀式なのだ。自身の中で暴れる思いを文字にしてかき出すことで吐き出す。
そうしなければ、私はくるっていた。この鳥かごの中、発狂して己の羽を折り、羽毛を自らの嘴でついばみ、間抜けな禿鳥となって死に絶えただろう。
狂っているのは私か、この家か。今の私にはもう、その答えはわからない。
書き上げた小説をサイトに投稿する。
気づけば三桁に上る短編が並ぶホームページ。けれど、読んでくれている人はあまり多くない。内容が悪いというのが一つ。短編ばかりで読みごたえがないというのがたぶん一つ。あとは、小説があふれているせいで私の三文小説が完全に埋没してしまっていることが、読者が一向に増えない理由だろうか。
以前一度、長編の小説を書いたことがある。けれど力尽きた。一応大枠とはいえプロットを作って書き始めた。登場人物を詳細に描き、山場を考え、始まりと終わりで対比できる主人公らしい話を考えた。そうしていろいろと積み上げていって、いざ書き進めたら、途中で筆が動かなくなった。
気力がなくなったというわけではなく、ただ書いていて、これではだめだと思った。話が進むほどに、登場人物たちが皆同じ存在のようになっていってしまっていた。あれだけ念入りに考えたプロフィールは意味をなさず、のっぺりとした気持ち悪い集団が出来上がっていた。
登場人物たちが経験を積むたびに、その経験が私の中で一つになって、すべての登場人物に積み重ねられていた、とでもいえばいいのだろうか。
まあ、駄作だったのだ。あの小説は結局、途中まで書いて投稿することもなく電子の海に沈んでいる。それを思えば、少数とはいえ読者がいる短編たちはまだ救われている。
一作品を書き上げた達成感とけだるさの中、私は投稿小説をさかのぼって、目的の小説を探す。
ここ最近、立て続けに久徳くんに告白された。そのシナリオに似た小説をあさる。
「……あった」
血を見ると途端に心臓がきゅっとなって、息苦しさに倒れそうになる少女が、けれど親友のために頑張る。そんな健気(?)な姿に惚れた少年が少女に告白をするという内容。読み返してみると、何やら無駄にドラマティックで、読んでいて寒々しさが伝わってくるようだった。
席替えの時の告白も、姉らしさを見せる少女に惚れる少年の話も、そこにあった。それらはすべて、私の妄想。私が、主人公に彼女を当てて書いたもの。
「……はぁ」
こみ上げる吐き気を飲み込んで、私はそっと目を閉じる。耳の奥、彼女の声がした。いつだって私の先を言っていた彼女はひどく遠い。
「……何をやっているんだろう」
急に冷めて、私は勢いよく椅子から立ち上がって、ベッドへとその身を投げ出した。明日の時間割は何だったかと、そんなことを思い出しながらスマホへと視線を戻した、その時。
投稿したばかりの小説に、感想がついていた。まだ一時間もたっていない。私の小説は、それほど読者が多いわけでもないし、ましてや感想がついた短編なんて数えるほどだ。感想欄が無駄に荒れたことはあったけれど。
心臓が激しく鼓動を刻む。今回の小説は、即座に感想が飛んでくるほど誰かの琴線に触れたのだろうか。だとしたら、すごくうれしい。
震える指を伸ばし、感想ページへと移る。わずかな読み込み時間がもどかしくて、緊張感が跳ね上がる。
ページが開く――
〈告白され続けて満足か?〉
「……え?」
目をこする。たった一文。それだけの感想。けれどそこには、ひどく濃密な悪意が見えた。「私」へとむけられた、侮蔑の視線を感じた気がした。
恐怖に、スマホが手の中から零れ落ちる。枕の上に乗ったスマホから、視線が離れない。画面上の文字が、踊りだす。ゆっくりと、溶けるようにその文字が消えていく。
慌てて、目をこする。不思議な現象は変わらない。
差出人の登録名を見る。だが、少し遅かった。
登録名も、文面も、すべてが文字化けしていた。
その感想は、私の心に言いようのない爪痕を刻んだ。
目をこする。更新ボタンを押す。一度、二度、変わらない、三度――
その瞬間、再び文字が動いた。文字化けしていた文字の羅列が集まり、真っ黒な団子状になる。上に角のようなものが生え、口のようにぱっくりと三日月がのぞいて。
それは、私に笑いかけた。
「……っ!?」
どっと冷や汗が噴出した。画面の向こう、黒い何かが笑う。私を笑う。その輪郭が、溶ける。
顔面が切り替わる。更新が終わる。
画面の中、そこには、感想はなかった。先ほど見た文字化けの感想は消えていて。けれど、エラー表示があるわけではなかった。
投稿ボタンに伸ばしていた手を止める。
背もたれから体を離す。いつの間にか、私は勉強机に備え付けた椅子に座り、上を向いてスマホを触っていた。
その姿勢は、つい数分前に取っていたもの。先ほど投稿したばかりの小説はまだ未投稿。それが意味するところは。
「……時間が、巻き戻った?」
時計を見る。19:35。私がベッドに転がったのは……いつだったか。
投稿後に見ていた自分の小説を探す。そこには、履歴がついて色が変わった文字はなく、閲覧していなかったことになった自作小説の作品管理ページへと続く文字が存在した。
「……ははっ」
ああ、私は疲れているんだ。夢でも見ていたんだ。じゃなきゃ説明がつかない。回帰の条件は、今のところ久徳くんが私を好きになり、告白が終わること。それがトリガー。けれど今の一瞬、そんなものはなかった。
気のせいだ。きっと、気のせいに違いない。
そう言い聞かせる私の瞼の裏に、先ほど目にした文字が躍る。
〈告白され続けて満足か?〉
……あの感想送信者は、私の状況を何か知っているのだろうか。ひょっとして、その存在が、私をこんな状況に陥らせている相手なのだろうか。