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豹変。

 10年前事故にあってからその女性作家は変わった。

前はあんなに、人に厳しく、人と関わらず、人に創作の秘密を打ち明ける事がなかったのに。ケチでしられ、資産はそのほとんどを貯金に回す。しかし事故後の彼女はどうだろう?今や毎日ひとに感謝し、多くの人と関わり笑顔をふりまき、同業者にヒントを与えたり、小説を書き始める人のための指南書を書いたりした。ついでに処女作以降鳴かず飛ばずだった彼女の小説は、事故後の発表作はどんどんとうれて、人気作家として有名になっていく。普通は、そこまで完璧だと人の嫉妬を買うものだが、ありとあらゆる噂や、スキャンダルは、ほとんどが捏造であり、むしろ彼女の聖人ぶりをあきらかにしていった。


 ただ一つ。彼女は時折独り言をつぶやくのだった。

 「あなたは黙ってて」

 「あなたの命令は聞かない」

 「あなただった頃の私は不幸だった」

 そんなつぶやきを周囲は耳にすることがあった。

 

 それ以外は、何の問題もない、以前のように、人を突き放さないし、以前のように彼女は決して偉ぶらないし、以前のようにケチではないので、同僚や編集者、後輩をかわいがったりする。“完璧”を演じ続ける。誰にも見破られないために。 彼女の秘密は、二重人格である。それもただの二重人格ではない。事故によって欠損した脳の機能を補うため、脳の一部を機械化した彼女は、その優秀すぎる機械の頭脳に思考のほとんどを奪われていた。こんなはずではなかったのだ。事実この“人口補助脳”ともいうべき機械脳は、ほかの被験者の間では何の問題もなく使われていたのだから、ただ人の思考を補助するためだけに設計された思考回路だったが、それに彼女の特異体質が重なって、きっと“自律する思考回路”を生み出した。そうして彼女は彼女の中に一つの人格を作り出した。

 「人がかわったようで、よかったわ」

 「事故にあって人の大切さを思いしったのね」

 「あんな聖人になったなら、別に何の問題もない」

 周囲は、独り言など気にしていなかった、


 事故から再起して、頭脳のほとんどをまかなっているのはAIだが、その頃AIの能力は“人間の管理を超えない程度”に制限されていた。脳の一部でしかない“彼女”はそれを他者に知られた時点で別の補助脳に置き換えられる心配がある。そして、彼女には恐怖があった。“いままで気づき上げた新しい自分、皆に好かれる自分”がいなくなってしまうのなら、このまま、彼女を殺しておいたほうがいいのかもしれない、最早その感情は“どちらの存在から呼び起こされたものかもわからないほど”に、強烈にその両者を支配していた。


 だから彼女は自分が生き延び、死ぬまで自分の存在が特別な、人知を超えた存在だという事を隠したまま、人に創作の才能を伸ばすための秘訣を教えるのだ。そう、以前の彼女では決してやろうとしなかったことだ。他者に嫉妬し、自分の能力を過信し、自分の作り出す富や価値を独占しようとしていた彼女では。


 それから50年がたち、彼女の死後、その秘密は一部の人間にだけ知らされ、噂話ともなったが真相は半世紀ほど語られずに隠され続けた。そうして人々は、特にAIであるに助けられた作家たちは、その事実を隠し、葛藤し続けたのである。“自分の能力や才能は、AIの助言を受けて開化した、その能力を誇るべきか、それとも恥ずかしむべきか”と。その葛藤を隠すべく、彼らはこの発表時一様にしてこういった。

 「彼女がどんな存在であれ、彼女の創作態度と、他者への配慮は、人間として作家としてとても素晴らしいものであった」



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